医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第3124号 2015年05月11日



第3124号 2015年5月11日


【interview】

呼吸器診療の最適解は,悩み,見つけていく
倉原 優氏(国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科)に聞く


 このほど上梓された『呼吸器診療 ここが「分かれ道」』(医学書院)の著者・倉原優氏。同氏には“人気ブロガー”としての一面もある。ブログ「呼吸器内科医」は,高い頻度で最新論文のサマリーやエッセイが更新され,それらの臨床現場に根差したトピック選びに共感する医療者は多い。本紙では,「いつも悩みながら診療してきた」と語る倉原氏に,臨床に生きる医学論文の選び方・読み方や,今回,執筆された書籍に託した思いを聞いた。


論文1日1本のノルマがブログのきっかけ

――倉原先生といえば,ブログ「呼吸器内科医」を連想される方が多いのではないでしょうか。まず,同ブログを始めたきっかけを教えてください。

倉原 実は,一つの先行例が基になっています。「内科開業医のお勉強日記」という論文の和訳や解釈をまとめた個人ブログです。医師間で最新の知識をシェアし,ひいては患者さんにより良い医療が提供されることにまでつながる。その点に魅力を感じていました。医師になってからずっと,そうしたブログの呼吸器内科に特化したものを作りたいと考えていたんです。

 研修医2年目のとき,「1日に3本の原著論文を読むこと」を実践している後輩(金井病院総合診療科・高岸勝繁氏)がいました。「先輩としてコイツには負けられないな」と。その後輩の存在が後押しになり,自分に1日1本を課し,ブログのかたちで勉強の足跡を残そうと決めた。それが「呼吸器内科医」となったわけです。……ノルマは後輩より少ないのですが(笑)。

――それから数年間にわたり,呼吸器内科に関する研究から珍しい症例報告まで,あらゆる論文を継続的に紹介してこられており,驚きます。

倉原 医学の知識は日々更新されていくわけですから,臨床医として知識をアップデートし続けていく必要があります。その点は医師になるときから覚悟していたので,継続的に論文に当たること自体は苦になりません。

 ただ振り返ってみると,ブログという他者から見られる機会を設けたことも,論文を読む強制力として働いていた面は否めません。始めたからには続けようと,“意地”で継続してきたところも大きいのでしょうね。

「論文を読む」の習慣化には,時間をかけない工夫も大事

――EBMの実践のためにも知識のアップデートは大切ですが,多忙な日常業務の合間を縫って論文を選び,読む時間を設けるのはなかなか簡単なことではありません。倉原先生は普段,論文をどのようにして選び,読み進めているのでしょうか。

倉原 呼吸器内科は,市中肺炎や肺血栓塞栓症などの急性疾患から,慢性閉塞性肺疾患や肺がんといった慢性疾患まで,幅広い疾患を扱います。ですから,呼吸器内科医として読むべき論文の数は膨大です。その中,私が目を通しているのは『NEJM』『BMJ』『JAMA』といった内科系医学雑誌の他,『AJRCCM』『Thorax』『ERJ』など呼吸器系医学雑誌の約30冊。これらをウェブで読むようにしています。

 といっても,全ての雑誌の論文を精読しているわけではありません。一連の雑誌のサイトをウェブ上で「お気に入り」に登録しておき,最新号の出る月初と15日前後に,パソコンやスマートフォンで最新の論文タイトル一覧をざっと見ていく。その中で「臨床に生かせそう」とか,単純に「面白そう」と興味を惹かれた論文をピックアップしておいて,後で1本ずつ読んでいくという感じです。

 個別の論文を読む段階では,最初に「Abstract」に目を通します。この項目で論文の全体像を把握できる。そして次に読むのが「Discussion」。著者の最も主張したいことが書かれている部分であり,現在のEBMが整理されているので勉強になるんです。ここまで読んでさらに惹かれるものがあれば,全文を読むようにしていますね。

――AbstractとDiscussionを軸にして読んでいくわけですか。両者に目を通すまで,時間にしてどのぐらいかけているのでしょう。

倉原 10分程度です。それから5分で原稿にまとめ,ブログにアップする。ですから計15分ほどで,毎日の論文チェックの一連の作業を終えていることになります。

――抜粋して読むとはいえ,10分というのも速いように思いますが……。

倉原 習慣化するのであれば,負担が大きくなりすぎないよう時間をかけないことも大切です。私は論文を読むことに充てる時間は「10分」と決め,それを超えそうならその論文から離れることもあります。

 なお,「現在は10分で読めるようになった」という話であって,読み始めた当初はもっと時間がかかっていましたよ。でも,次第に慣れるもので誰でも速くなる。特に医学論文は使われる言葉も単調で,文章の構造もわかりやすい。慣れさえすれば,医学雑誌は効率よく情報収集できるツールになり得ます。

楽しくなければ続かない,読む理由がなければ意味がない

――学び続けるためには,短時間で効率的に読むといった工夫も考えねばならないわけですね。

倉原 ただ,強調しておきたいのは,そうした「勉強のために」という義務感が先立つようになっては,続けるのがつらくなるということです。私自身,今や医学雑誌を読むことは娯楽の一つにすぎず,一般週刊誌を読むのと何ら変わりはありません。「面白いから読んでいる」という感覚なんです。

 また,「勉強になるから読もう」という漠然とした動機ではなく,自分にとって論文を読むことの意味を明確にしておくのも,継続する上では大事ではないかと思います。研修医からよく聞かれる「どうすれば毎日,論文を読めるようになりますか」という質問に対しても,「無理に読まなくていい,必要だと思ったら読めばいい」。そう答えています。

――論文を読むことの意味,ですか。

倉原 日本語で書かれた雑誌・書籍でも,良い情報源はいくらでもあるわけですよね。ですから,誰もが原著論文にまで当たらなくてもいいのではないか,というのが私の考えです。

 しかし,そんな環境下であっても,なぜ論文まで読み,最新の知識を持とうと志すのか。私なら「より良い医療を提供したい」という思いが根底にあります。そうした自分にとっての読む意味を認識しないままに,「読めと言われるから」と論文に当たるのでは,モチベーションを維持するのが大変ですし,知識も身につきにくい。将来自分はどのような医師になり,どんな医療を患者さんに届けたいのか。そこで描く将来像に近づくために「必要」と思えるのであれば読む。それがちょうどいいスタンスだと考えているんです。

臨床現場は「分かれ道」ばかり

――論文を通して得られた知識も,臨床に落とし込んでいく段階ではまた難しさに直面する部分ですよね。

倉原 そこは確かに難しいところです。体温を持つ生身の人間を相手にしているわけで,1例というデータを見ているわけではない。必ずしもガイドラインやエキスパートオピニオンにあてがうことがベストではないですし,「この論文があるからこうだ」とクリアカットに考えることもできません。

 一人ひとりに異なる背景・検査結果・希望があり,治療の選択肢も多岐にわたる。さまざまな情報を統合し,個々の患者さんへの最適解を導き出さなければいけません。私もいつも悩みながら診療していますし,自分の提供する医療に少しだけ自信が持てるようになってきたのだって最近のことです。

――今回,刊行された『呼吸器診療 ここが「分かれ道」』や,過去の著作『「寄り道」呼吸器診療』(シーニュ)でも,そうした「こういうエビデンスはあるが,結局のところ指導医・専門医はどうしているのか?」という疑問を起点にしてまとめていらっしゃいます。

倉原 いずれの書籍においても,ベースとなっているのは,自分が悩ましく思ったことです。臨床現場に身を置くとさまざまな疑問に直面しますが,その「こういうとき,どうすればいいのだろう」と考えたことは,日々,メモしておくようにしているのですね。それらは本当に素朴な疑問だったりするのですが,一つひとつ調べ,まとめていったものが書籍になっています。

 今回,刊行となった『呼吸器診療 ここが「分かれ道」』でも,かつて私が経験したような,呼吸器臨床でのありふれた疑問についての見解をまとめました。そのぶん,誰しも一度は考えたことがあるような問いもあるはずで,「かゆいところに手の届く一冊」になったのではないかと思っています。臨床現場はどちらが正解とも言えない「分かれ道」の連続です。そこで戸惑う方々の一助になればうれしいですね。

(了)


倉原優氏
2006年滋賀医大卒。洛和会音羽病院での初期研修を修了後,08年より現職。日本呼吸器学会呼吸器専門医,日本感染症学会感染症専門医,インフェクションコントロールドクター。自身のブログ「呼吸器内科医」で論文のサマリーやエッセイを執筆。近刊には,『呼吸器診療 ここが「分かれ道」』(医学書院),『本当にあった医学論文2』(中外医学社),『ポケット呼吸器診療2015』(シーニュ)がある。