医学界新聞

寄稿

2015.03.23



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
摂食嚥下障害のケア

【今回の回答者】野原 幹司(大阪大学歯学部附属病院顎口腔機能治療部助教兼医長)


 摂食嚥下リハビリテーション(以下,リハ)の重要性が認識されるようになってきました。超高齢社会となった日本では,診療科を問わずに「食事を食べてくれない」「食事をしたらムセる」など,さまざまな摂食嚥下障害が問題になります。今回は,摂食嚥下リハの考え方を概説します。


■FAQ1

尿路感染で入院してきた84歳の女性患者さん。5年前の2回目の脳卒中以降,食事でムセるようになったとのことです。嚥下訓練をしていますが,ムセが減りません。訓練の仕方が悪いのでしょうか?

◎摂食嚥下障害の原因となっている疾患・病態から訓練予後を判断する。

 摂食嚥下障害と聞くとすぐに嚥下訓練が思い浮かぶ方もおられるかもしれません。確かに嚥下訓練は重要であり,実際に訓練でよくなる患者さんも多くおられます。しかし,よくならない患者さんがいるのも事実です。

 訓練で改善するかどうかは,摂食嚥下障害の原因となった疾患・病態によって決まります。訓練で改善する最たるものは脳卒中の回復期です。スムーズにいかなくなった嚥下動作を再獲得するために訓練は有効です。しかしながら,同じ脳卒中でも,慢性期の患者さんでは目立った改善が期待できません。慢性期は,極論を言えば回復する時期を過ぎた「慢性に経過する期」です。

 今回質問のあった患者さんは,脳卒中後5年が経過しており,「訓練で改善しない」摂食嚥下障害だったのでしょう。したがって,ムセが減らないというのは訓練の仕方の問題ではないと考えられます。

 ただし,脳卒中慢性期であっても過度の安静や経口摂取制限があった患者さんでは,廃用による機能低下も合併しているため,慢性期であっても,廃用に起因するところは訓練で改善が期待できます。改善する/しないの割合を推察することが治療効果の予後予測のポイントです。

Answer…脳卒中慢性期の摂食嚥下障害を訓練で改善させるのは非常に困難である。ただし,廃用を併発している場合は,廃用の部分は訓練での改善が期待できる。

■FAQ2

最近,誤嚥性肺炎で入院される高齢患者さんが増えてきました。嚥下訓練をしようと思いますが,認知症の方が多く,訓練指示に従ってもらえません。どうすればいいでしょうか?

◎訓練指示が通らなくてもできる訓練を選択する。それも難しい場合は「支援」を考える。

 これまでの嚥下訓練は,脳卒中回復期の意思疎通が可能な患者さんに対して行われてきました。そのため,患者さんの協力がなくてはできない訓練が多くあります。意思疎通が難しい患者さんでは,介助者が施せる訓練を選びましょう。具体的には,(1)口腔や頸部のマッサージを行う,(2)簡単な呼吸理学療法(胸部可動域訓練:シルベスター法,体軸捻転,肋骨の捻転,肩甲骨の内転)を行う,といった訓練が実用的です。

 認知症高齢者では訓練以外も考えなくてはなりません。認知症の多くは進行性の神経変性疾患ですので,FAQ1の脳卒中慢性期と同様,いったん生じた摂食嚥下障害は(廃用の部分を除いて)改善しません。訓練は効果がなくても,今ある機能を生かした「支援」は可能です。適切な支援を行えば,機能は改善しなくても,より良い生活を送れるようになります。

 この考え方は認知症だけでなく,他の神経筋疾患や脳卒中慢性期にも共通します。具体的にはに示すような種々の支援方法があります。ここでは紙面の都合上,項目の紹介のみになりますので,詳細は成書1)を参照してください。「摂食嚥下リハ=訓練」だけではありません。特に認知症高齢者においては,「支援」もリハの大きな柱なのです。

 摂食嚥下障害への具体的なアプローチ法1)

Answer…訓練指示が通らない場合は,介助者が施せる訓練を適用する。また,「訓練」だけを考えるのではなく,今ある機能を生かした「支援」も考慮する。

■FAQ3

大腿骨頸部骨折術後の82歳の女性患者さんが「食事中にムセる」ということで嚥下内視鏡が行われました。その結果,水分,ペースト食ともに誤嚥があったとのことで,禁食・胃瘻となりました。もう口から食べるのは難しいのでしょうか……?

◎「誤嚥=肺炎,禁食」ではない2)。侵襲と抵抗のバランスで考える。

 診療報酬との兼ね合いもあり,嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査を実施できる施設も増えてきました。しかし,重要なのは「検査を施行すること」ではなく,「検査結果をどう臨床に生かすか」です。「誤嚥していれば禁食」という短絡的な解釈は大きな間違いです。

 誤嚥は誤嚥性肺炎の原因の一つですが,誤嚥に引き続き肺炎が生じるかどうかは侵襲と抵抗のバランスで決まります()。

 侵襲と抵抗のバランス
侵襲が重くなるか抵抗が軽くなると,バランスが左に傾き肺炎を発症する。

 侵襲が小さい,すなわち誤嚥されたものが清潔で為害性がなければ肺炎は生じません。しかし,誤嚥の量が多い,口腔衛生状態が不良など侵襲が大きい場合には肺炎のリスクが高くなります。

 一方,抵抗が大きい,すなわち誤嚥をしても,喀出が可能で免疫機能が保たれていれば肺炎は生じません。しかし,喫煙者,COPD(慢性閉塞性肺疾患),低栄養,ステロイド服用中の患者さんなどでは,喀出力が弱く免疫機能が低下しているため抵抗が小さく,少量の誤嚥であっても肺炎になります。

 質問の患者さんは誤嚥があったようですが,それ以外の因子を考えることで肺炎にならずに食べ続けられるかもしれません。具体的には,侵襲を減らすには,(1)経口摂取は少量にする,(2)口腔ケアをする,(3)胃食道逆流に対応する,などです。抵抗を増やすには,(1)栄養状態を改善する,(2)肺炎球菌等のワクチンを考慮する,(3)呼吸理学療法を行う,などです。

Answer…「誤嚥=肺炎,禁食」ではない。肺に対して「誤嚥」という侵襲があったとしても,それに勝る「抵抗」があれば肺炎にはならずに経口摂取を続けることが可能である。

■もう一言

 摂食嚥下障害へのアプローチは嚥下訓練だけではありません。疾患・病態を把握して支援を考えることが,今後さらに求められてくるでしょう。患者さんの「口から食べる」という権利を守れるのは,そこに気付いた医療者だと思います。

参考文献
1)野原幹司編.認知症患者の摂食・嚥下リハビリテーション.南山堂;2011.
2)Butler SG, et al. Computed tomography pulmonary findings in healthy older adult aspirators versus nonaspirators. Laryngoscope. 2014 ; 124(2) : 494-7.


野原 幹司
歯科医。1997年阪大歯学部卒。2001年同大大学院にて博士号取得(歯学)。同年より同大歯学部附属病院顎口腔機能治療部医員,02年より助手(07年より助教)兼医長を務め,現在に至る。日本老年歯科医学会専門医。専門は摂食嚥下障害,栄養障害,音声言語障害,睡眠時無呼吸症,口腔乾燥症。

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