医学界新聞

連載

2015.02.16



クロストーク 日英地域医療

■第4回 プライマリ・ケアが24時間無休で地域を支える仕組み

川越正平(あおぞら診療所院長/理事長)
澤 憲明(英国・スチュアートロード診療所General Practitioner)
企画協力:労働政策研究・研修機構 堀田聰子


前回からつづく

日本在宅医と英国家庭医──異なる国,異なるかたちで地域の医療に身を投じる2人。現場視点で互いの国の医療を見つめ直し,“地域に根差す医療の在り方”を,対話[クロストーク]で浮き彫りにしていきます。


川越 今回は診療所の“外”の仕組みに目を向けたいと思います。そこでまず,24時間無休という,英国のプライマリ・ケアの仕組みから話を進めていきましょう。

地域を担う,時間外専門サービスの存在

川越 英国では24時間無休で,地域住民をGPが診療する体制が整っていると聞きます。ただ,「24時間体制」とはいえ,澤先生の診療所も18時前には外来を終えますし,隔週の土曜日の午前中を除いた週末は休診されるようですから,いち診療所のみで24時間の診療体制を完結しているわけではないのですよね。

 はい。1つの診療所で24時間体制を敷くケースもありますが,それは少数派です。90%を占める大多数は,地域にある時間外専門(Out of Hours)サービスとの連携で,24時間365日対応の一次医療を提供しています。

川越 なるほど。それは個々の診療所がそのサービスへ業務委託しているイメージで良いですか?

 その通りです。例えば,私の働く圏域の人口は約35万人で約40箇所の診療所があり,その地域内では一つの時間外専門サービスが全ての地域住民に対応しています。診療所同様,時間外専門サービスにおいても外来,電話相談,在宅医療を提供しているんです。

継続性は電子カルテで確保

川越 患者さんたちはどのような手続きを経て,その時間外専門サービスへとアクセスできるのでしょう。

 英国内の各国で同様の時間外専門サービスは存在するのですが,仕組み・機能がやや異なるので,ここでは混乱を避けるためにイングランドのみを例に取り上げますね。

 イングランドの時間外専門サービスは「NHS 111」と呼ばれるものです。「111」の番号に電話すれば,どこからでも自動的に各地域の時間外専門サービスにアクセス可能です。通話料も無料で,NHSの他のサービス同様,国民または海外からの合法的な滞在者であれば誰でも原則自己負担なしで利用できます。これ以外に救急センターを利用する,「999」に電話して救急車を要請するという手段もありますが,それらは緊急性の高い問題に対応するサービスという位置付け。NHS 111は「急を要するが,緊急ではない問題」に対応しているところが特徴と言えます。NHS 111は夜間に限らず,24時間いつでも利用できるシステムですが,診療所が閉まっている時間帯にこそ,効果を発揮していると感じています。

 例えば,夜間に電話をするとまずオペレーターが患者さんのトリアージを行う。そして相談内容に応じて看護師,GPへと対応する人が変わっていくという流れです。もし電話で解決が難しい場合には,近隣で時間外の外来や在宅医療を提供しているGPに紹介され,対応が引き継がれます。

 なお,患者さんが,NHS 111ではなく,時間外にかかりつけ診療所へ電話してきた場合も,自動的に地域の時間外専門サービスに転送される仕組みになっています。だから日中働く家庭医も安心して診療所を空けられるんです。

川越 時間外であってもワンストップで医療相談・受診希望の電話を受けるサービスがあるということですよね。適切に機能することで,医療全体の効率化にもつながると想像できます。

 しかし,時間外診療を代理の医師が補完するというのも簡単なことではありません。例えば,患者情報・診療記録の共有は不可欠になりますよね。

 その点は,各診療所と時間外専門サービスの間で電子カルテを介し,患者情報や診療記録を共有することで対応しています。

 そもそも英国ではほぼ全ての診療所に電子カルテが導入されているのですね。さらに2種類のソフトウェア――最近は「EMIS」「SystmOne」と呼ばれる互換性のあるソフトウェアが主流ですが――で,国の人口の95%がカバーしている。ともにクラウド型の電子カルテで,コールセンターや外来診察室はもちろん,例えば,往診の移動中の車内でもノートパソコンから情報を閲覧・入力できます。

 また,患者情報は,診療所に初めて登録する際に各個人に与えられる特定の「NHSナンバー」によって管理され,その番号とひも付けされる形で診療情報は電子カルテに蓄積されています。

 ですから,時間外専門サービスの医療従事者も,診療時に患者さんの同意を得れば,電子カルテ上から必要な情報を得ることができる。既往歴,内服歴,アレルギー情報,検査結果の他,診療所の複数のGPや看護師,そして地域に散らばる訪問看護師や作業療法士など多職種から成るプライマリ・ケア・チームが記録した情報や,病院から診療所に送られる退院サマリー,外来記録など,幅広い情報を把握した上での診療が可能になるわけです。

 当然,時間外診療の情報も電子カルテに反映されるため,当該の患者さんを診るかかりつけの診療所も,次回以降の診療に生かすことができます。

責任性・個別性への対応は国を超えた難題

川越 日本の現状からすると想像できないものです。ただ,私としては悩ましく思える部分もあって,仮に電子カルテによって診療情報の共有が図れたとしても,非常勤医師に患者を委ねることを進んで行う気になれません。その理由の一つは,単純に能力が不均一だからということですが,それ以上に重要なポイントとして挙げたいのが「責任性」と「個別性への対応」という点です。

 現状の日本に即して言うと,夜間診療を担当する医師は「非常勤」という位置付けで,「担当医としての責任のない状態で一時的に医療を担当する立場」という見解も否定しきれません。継続的に診てきたかかりつけ医と同等の熱意で適切な医療を考え,提供することが可能だろうか,と不安に思うのです。

 また,多様な病態,家族背景,社会的事情といった個別性にまで配慮できるのかも心配です。こうしたカルテの記載だけでは伝えきれない微妙なニュアンスが確実に存在する中,どんな医師でも適切な対応ができるとは限らないのではないか。つまり,提供される医療の質が保たれないのではないかと考えてしまいます。これらにはどのような対処がなされていますか。

 まず,「コンピテンシー(能力)」について言えば,英国はGPとしての後期研修を修了し,専門医試験にも合格した者だけが地域医療を担うことが許される「ライセンス制度」を施行しています1,2)。この制度が前提としてあるので,ある程度の信頼を持って,自分の担当患者さんを受け渡すことができると言えます。

 ただ,後者の「責任性」「個別性への対応」に関する指摘はとても興味深いですね。というのも,実は英国においてもそれらが悩ましい問題として存在しているんです。

 かつて英国では伝統的に1人のGPが特定の患者リストを担当するシステムでした。その状況が変わったのが,ブレア政権による医療改革の真っただ中であった2000年代。住民は1人のGPではなく,1つの診療所に登録する制度へと変わり,患者に対する責任も「家庭医単独」から「チーム全体」へと移行することになりました。歴史的に「個人的なケアの継続性」を重視してきた英国では,当時,この流れには批判が沸き起こったと聞いています。

 この変革は,「住民に医師選択の自由を与え,アクセスを改善する」という名目とともに,GP一人ひとりの労働環境の改善,そしてGPを増員・確保することでプライマリ・ケアを建て直したいという政策上の狙いがあったのだと思います。しかし,同時に失われたものも確かにあったのでしょう。最近の英国では,「チームケアであっても,家庭医に与えられた,かつてのような明確な個人的責任性を取り戻そう」という指摘もあるのです。

 実際,高齢になると健康問題の数は増える傾向にあり,ヘルスケア,ソーシャルケアの中で“迷子”になるリスクも高まるため,本年から75歳以上の患者さんには,医師選択の自由はそのままに,従来の“暗黙のルール”から,特定のかかりつけ医をパートナーとして明確化することになりました。

 また,「個別性への対応」,こちらも難題であり,より良い道を模索しているところです。チームケアを提供しつつも,個々の継続性がより担保できるようにシステムを整備したり,サービス提供者間での情報共有を改善したりと,やるべきことはたくさんあります。

 最近では,「DNR Form」と呼ばれる心停止時の蘇生処置を望まない事前指示書のコピーを電子カルテにスキャンした後,さらにそれを診療所から時間外診療サービスにFAXで送ることが求められるようになりました。よりきめ細かな情報を共有する姿勢が強まっているように感じますね。

川越 いかなるシステムにおいても,あるいは異国であっても,同じ疑問や不安が共有されている点は興味深いものがありますね。

つづく

参考文献
1)澤憲明.英国の新しい家庭医療専門医制度 その研修と選抜(前編).週刊医学界新聞第3010号,2013年.
2)澤憲明.英国の新しい家庭医療専門医制度 その研修と選抜(後編).週刊医学界新聞第3014号,2013年.

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