医学界新聞

連載

2015.02.02



在宅医療モノ語り

第58話
語り手:才能が無限に広がる小窓です
スマートフォンさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりだ。往診鞄の中,往診車の中,患者さんの家の中,部屋の中……在宅医療にかかわる道具(モノ)を見つめていると,道具も何かを語っているようだ。

 今回の主役は「スマートフォン」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


往診鞄に余裕を作ります
ひと昔前まで往診鞄に入れていた薬剤の書籍1100gは,今や私の130gの中に1冊まるごと入っています。地図や電卓,予定表に住所録……私がどれだけ往診鞄の中にスペースを作り,軽量化に貢献したのか。それは計り知れません。
 電車の中でも,レストランの中でも,寸暇を惜しんで小窓を覗く人をよく見掛けるようになりました。指の激しい動き,そのスピード感から頭の中の回転もすごいのだろうと推測して目が回ります。ブルーライトがいけないとか,依存症が多くて心配とか言われますが,確かにその便利さから私に熱狂的になる人は多いようですね。

 私はある在宅医にやっと使われるようになったスマートフォンです。一応,携帯電話として位置付けられていますが,どちらかといえば小さなコンピューターに電話機能も付いているくらいに考えていただいたほうがリアルです。インターネットにつながり,私の小窓から多くの情報を引っ張ってくることができます。お薬の適応,用法,副作用の情報から,近隣病院の外来担当医表,介護保険の事業所や検査会社の電話番号まで,全て一瞬にしてこの小窓に表示できるのです。

 往診の最中でも,柔らかいアラーム音でお知らせがきます。「そろそろ介護認定審査会のために役場へ行かなくてはいけない時間ですよ」。はいはいと,主治医は時計代わりの私を見て,患者さんの家を出ます。栃木では車での移動がほとんどですので車のナビが使われていますが,都会だったら私の地図アプリとGPS機能を使ったナビも重宝されるのかもしれませんね。ちなみに今回の役場への道のりは主人にとっては“いつもの道”なので,私から音楽なんかを流しながらの楽しいドライブです。

 会場に到着すると,開始まであと数分あることがわかりました。さて,皆さんはどうやって過ごすのかな? と周囲を見渡すと,やはり一斉にそれぞれの小窓を覗いていらっしゃいます。私の主人もメールのチェックに入りました。朝出したメールの返事が来ていました。添付ファイルも見ることができます。うーんと,お返事はどうなるのかな? 診療所に帰ってからパソコンで返事を書いたほうがよさそう,と判断されたようで保留となり,他のメールのチェックに入ります。

 おっと,地域医療連携で使うソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)にもメッセージが来ていました。まずは訪問看護師から「Sさん,発熱38.3度。呼吸器症状はなく,バックの中の尿は混濁しています。1週間早いですが,尿カテの交換をしてよいですか? 手持ちの抗生剤はどうしましょう?」。そんな内容だったので,主人は手短に返事しました。別の看護師からもメッセージが入ります。「Tさん,発熱。お孫さんがインフルエンザだそうです」。これに主人は会議の帰りがけに訪問すると書き込みました。うれしい報告も入ってきます。「Hさん,念願の入浴ができました。極楽極楽との言葉をもらいました」。了解とにっこりマークを入れると,自然と主人も笑顔になります。さらに別件。「がん末期の患者,近々退院なのですが……」と,在宅医療開始の相談です。これは電話で話したほうがよさそうと判断され,今日中に病院へ電話しますと返事を書いたようです。

 在宅医療の現場では,1人の患者に1つのチームができています。登場人物が本人と主治医だけというほうが少なく,家族,訪問看護師,ケアマネジャー,ヘルパー,介護事業所職員,行政職員など,状況に合わせたチーム編成になっているのです。かつては患者さんのお宅に1冊の連絡用ノートを作り,それぞれが書き込みましたが,これが大変役に立ちました。それが今ではSNSという形となって私の中に入り込み,皆がそのノートを持ち歩いて,リアルタイムに読んで書き込む時代になってきたようです。おや,もう会議が始まるみたいなので,いったん小窓を閉めますね。

つづく

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