医学界新聞

2014.12.15



Medical Library 書評・新刊案内


実践 がんサバイバーシップ
患者の人生を共に考えるがん医療をめざして

日野原 重明 監修
山内 英子,松岡 順治 編

《評 者》小松 浩子(慶大教授・がん看護学)

すぐに実践に活用できるがんサバイバーへの理解が深まる1冊

 「がんサバイバーシップ」という言葉を日本語として理解するのは難しい。「がんサバイバーシップ」の考え方が生まれたのは,1990年代後半の米国である。

 私は,ちょうどその頃に,米国のDana Farber Cancer Instituteの関連機関でがんサバイバー(がん体験者)の方にインタビューする機会を得,「がんサバイバーシップ」について,彼の次のような言葉からようやくその意味を理解することができた。「がんになったことは自分にとって大きな衝撃であったが,がんになってからの全ての体験(苦痛や苦悩も含め)が自分にとって意味のある生き方や充実した日々の生活につながることを,医療者のみならず,周りの人々とのかかわりの中で感じられるようになった。そう思えるようになるには,自分のがんをよくわかること,医療者に遠慮せずに治療やケアについて相談し,社会に自分のがんをわかってもらうことが必要であった」。がんサバイバーシップは,がんの診断を受けてから,がんとともに生き続けていく過程が,その人にとって意味のある生き方や日常の充実した生活につながることをめざすものといえる。

 本書は,「がんサバイバーシップ」の考え方を実際に実践や研究として実行している医療従事者,専門家によって書かれたものである。あるべき論ではなく,著者自身の卓越した実践力,それを支える研究文献や理論に基づく具体的実践が示されているのですぐに実践に活用できると思える。

 最初の編の米国および日本における「がんサバイバーシップの歴史と発展」は必見である。がんサバイバーシップを理解するには,その概念の発展した背景を知ることが近道である。また,ケアの展開に必要なサバイバーの医学的リスク層,ケアモデルなどがわかりやすく解説されており,曖昧な概念であるがんサバイバーシップを理論的に理解する上で,大いに役立つ。

 2編の「がんサバイバーシップの実践」では,がんサバイバーシップの4つの側面;身体的,精神的,社会的,スピリチュアル的側面から,がんサバイバーが直面する課題とそれに対する対応・対策がきめ細やかにわかりやすく解説されている。すぐにでも活用したい。

 3編の「各職種に求められるがんサバイバーへの関わり」では,がんサバイバーが体験する多様な状況を想定して,その状況で必要とされる医療従事者による専門的な実践が解説されている。実践の醍醐味がわかる。

 最後に,「患者,家族とともに発展するサバイバーシップ」が記されている。この編があることで,はじめて本書は完結する。がんサバイバーの方々の内なる声を聴くことで,「がんサバイバーシップ」の本当の意味がわかる。そして,未来への道も指し示されている。

 「がんサバイバーシップ」に対する医療やケアは,わが国では,まだ端緒に就いたばかりである。

 本書は,わが国のがんサバイバーシップの発展に大きな原動力となるだろう。

A5・頁256 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01939-2


誰も教えてくれなかった スピリチュアルケア

岡本 拓也 著

《評 者》藤井 美和(関西学院大教授・人間科学/死生学・スピリチュアリティ研究センターセンター長)

ツールを見るのではなく人間として向き合うために

 本書を読んで最も深く心を打たれたのは,この書の根底に一貫して流れる「人はどんな状態であっても肯定される存在である」という著者・岡本拓也氏の人間観である。人は生きることそのものや自己存在について,意味や価値を見いだせないことで苦しみ,見いだすことで自己存在を肯定していく。つまり人にとって個別の「意味や価値」は,存在そのものに大きな影響を与えるものなのである。本書は,苦しむ人がその「意味や価値」に向き合うこと,また傍らにある人がその「意味や価値」に関心を寄せてかかわること-つまりスピリチュアルペイン,スピリチュアルケア,そしてスピリチュアリティについて,「スピリチュアルな経験」を軸に論じたものである。そして著者は,スピリチュアルケアは何か特別な技術によるものでなく,この「意味や価値」への関心であり,その根底にあるのは「愛」であるという。

 医療現場でスピリチュアルケアへの関心が高まるにつれ,ある問題が生じている。それは,「専門職者が一人の人間として,病む人の前にどのようにあるのか」というかかわる側の課題より,「病む人の苦しみをどうアセスメントするか」という対象者の評価に重きが置かれている点である。確かにアセスメントツールはスピリチュアルペインを分析し評価する一定の指標を与えてくれる。そしてツールを使う側は,それを根拠にかかわりの妥当性を主張することができる。しかし,本来スピリチュアルペインは,客観的指標によって完全に理解することのできないものである。この「わからない」という保留が,実は人とのかかわりを豊かにしてくれる。だからこそ著者は,スピリチュアルケアは「スピリチュアルペイン」に対するケアではなく,「スピリチュアルペインをもっている人」に対するケアであると述べるのである。そしてまた病む人が求めるのも,アセスメントしようとして近づいてくる医療者でなく,共にあろうとする人間なのである。

 人の苦しみに触れるとき,形而上学的(哲学的・宗教的)視点は欠かせない。本書が,人間の本質的部分からスピリチュアリティやスピリチュアルケアを論じることができたのは,おそらく著者自身の生き方と経験(宗教との出会い,少年院法務教官としての働き,家族との関係,医師としての尊い出会いの数々など)の故であろう。著者岡本氏と初めて会ったとき,評者は彼の人間への深い関心,大いなるものの前での謙虚さ,そしてホスピスケアへの情熱に心を動かされた。本書は,岡本拓也氏そのものを表す書であり,現在のスピリチュアルケアに一石を投じるものである。医療関係者だけでなく,全ての人に一読を薦めたい一冊である。

A5・頁208 定価:本体2,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02010-7


マタニティ診断にもとづく
母性看護過程の授業設計

青木 康子 監修

《評 者》竹内 美恵子(徳島大名誉教授)

母性看護の思考過程の強化と実践力の向上をめざした書

 本書の主題である看護過程はあらゆる看護場面で活用され,看護を支える重要な要素である。看護過程は,情報収集から計画・実践まで一貫した方向性を与える理論の活用が重要視されるとともに,看護診断分類の導入がされている現在,学生にとって理解は難しいといわれている。

 本書は,それらの課題に挑戦したものである。母性看護を担当する教員が,母性看護の方法論として,同時に母性看護観そのものを教授する工夫として,母性看護過程の授業設計を立案したものである。内容は,母性看護を提供する看護者としての思考過程の強化と併せて,実践力を高めることを意図して,全部で6章から講成されている。

 授業設計は,看護の教育課程における母性看護の位置付けを概観した後,母性看護の対象者を妊婦と産婦,褥婦と新生児,周産期のハイリスク時にある人々に分けて看護過程を編成している。さらに臨床実習の場面における看護過程の授業設計を計画し,最後に,学生の達成度を成績評価として示すと同時に,教員自らの授業の成果を確認できる編成となっている。

 具体的な看護過程の授業設計は,診断過程と実践過程に分けて解説されている。まず,「診断過程」は,情報収集や診断名を付けることを目的とする部分である。学生たちにどのような情報が必要であり,対象者に有用な情報を分析・統合して何が看護問題なのかを教えるに当たり,日本で使いやすい形に開発されたウエルネス型看護診断(疾患を持つ場合は実在型)を用いて,学生たちになじみやすい授業内容が具体的に詳細に解説されている(マタニティ診断ガイドブック第4版.編著:日本助産診断・実践研究会.医学書院;2013年参照)。

 「実践過程」は,(妊娠,分娩,産褥,新生児期の)母性看護実践に求められる技術的側面と実施するための基本姿勢や態度などを,1年次から2年次の教科目の中に組み込み,母性看護を実施する上で求められる対象者の情報収集から計画・実践まで一貫した方向性を与える理論の授業が展開されている。看護診断については,診断名だけでなく,マタニティ診断に必要なデータも収載され,診断の根拠が示され,実践への活用を容易にしている。

 現在の医療機関では電子カルテシステムが普及し,看護診断は,わが国の看護のスタンダードになっている。本授業設計は,学生がマタニティ診断を実践に応用できるように具体的な例が示されている。よりよい看護計画と実践に応用され,妊産婦の持つ看護上の問題や課題を解決・達成することを可能とする良書である。

 なお,本書の背景には,日頃の周産期の看護-助産ケアのさまざまな事柄を日々の実践に活用し,自らの業務を常に切り拓いていく姿勢を持つ助産師や母性看護者たちが,17年間,「マタニティ診断」として築き上げたものが基盤となり導かれていることを追記し,著者たちの地道な活動に敬意を表したい。

B5・頁116 定価:本体3,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01934-7

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