医学界新聞

インタビュー

2014.12.08



【interview】

「なぜ?」が高める理学療法の臨床力

工藤 慎太郎氏(森ノ宮医療大学保健医療学部理学療法学科講師)に聞く


 理学療法士にとって解剖学は,臨床・研究・教育とあらゆる場面でベースとなる。ところが,理学療法士は実際に人体を解剖して内部を観察する機会は少なく,主に解剖学書を元に,頭の中に人体の構造や機能を思い描き臨床に活かしていく。では,どのような視点で解剖学を学べば臨床力の向上につながるのか。解剖学を専門とし,『運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学』『運動療法の「なぜ?」がわかる超音波解剖』(いずれも医学書院)を執筆した理学療法士の工藤慎太郎氏に,理学療法士が解剖学を学ぶ上で必要な視点,学習を助ける超音波画像利用への期待について聞いた。


――専門の「運動器疾患の応用解剖学」にはいつから関心を持ったのでしょう。

工藤 入学した岐阜県の平成医療専門学院で,『機能解剖学的触診技術』(メジカルビュー社)の著者である林典雄先生(現・中部学院大)やスポーツ領域の理学療法を専門とする鵜飼建志先生(現・中部学院大)に学んでからです。運動器疾患を見る上で解剖学や運動学の知識,触診の技術が重要と知りました。

 もともと,学生時代のスポーツでのけがをきっかけに理学療法士を志したという経緯もあり,臨床に出てからはスポーツ選手を中心に診ていました。その過程で,もっと解剖学的な研究をしたいと思い,医科大学の研究員として7年間,研究に取り組みました。

「臨床力」=「実践」×「知識」

――研究では,どのようなことを意識されてきたのでしょうか。

工藤 「解剖学を,理学療法の臨床にどう活かすか」です。患部に症状が現れている理由を解剖学的に説明するのは,実は難しいものがあります。たとえ解剖学書で人体の構造を知ることができても,どう動くかという機能については推察に頼らざるを得ません。例えば,肘を曲げれば上腕二頭筋が収縮してどのような力が出るか推測できますが,それを確かめるのは肉眼解剖学の範疇ではありません。臨床に活かすには,解剖学に限らず,運動学や生理学の知識などと組み合わせて研究する複合的な視点が重要ではないでしょうか。

――理学療法士が解剖学の理解を深める上で重要なポイントは何ですか。

工藤 理学療法士は解剖を行う機会が少ないですから,多くの図譜や文献を見ることです。触診をしていると,患部に「硬いところがある」とわかります。ですが,それは本当に筋なのか? 解剖学書で筋について記載されている図譜の多くは軟部組織を包んでいる筋膜や脂肪などが描かれていません。そのため,本当は存在する筋膜や脂肪がどういう厚みでどのような状況なのかはわからない。一つの部位を見るにしてもできるだけたくさんの図譜を見て,論文など文章での理解と照らし合わせていくことが,臨床力の向上に必要になると思います。

――先生の考える「臨床力」とは具体的にどのようなものですか。

工藤 理学療法士はセラピストですから,臨床力とは患者さんを治す力のことだと思っています。私は,臨床力を高める方程式は「実践」×「知識」だと考えています。「実践」とは,患部を正確に触診するスキルを持ち,それによる治療を積み重ねていることで,この「実践」を裏付けるのが教科書や論文から得た「知識」です。

――知識が不十分なままでは,経験則に偏った治療になってしまいますね。

工藤 ただ,必ずしも「経験則はダメ」というわけではありません。経験則がなかったら科学は進まないと私は思っています。学生にもよく「経験したことのないことは証明できないでしょ」と話しています。経験で得た何らかの疑問から仮説が生まれ,それを証明しようと研究する。患者さんが治ったという経験が,治すための研究の原動力になると思うのです。

――研究も臨床力を高める大きな要素ですか。

工藤 はい。「臨床力」を下支えするのは臨床・研究・教育の三本柱だと思っています。臨床とは現場での経験です。研究は,得た知識や技術を他の人に伝えるために必要となります。そして教育は,後輩を指導し,同じような臨床力を持った人を育てていくことです。これらがバランスよく備わってこそ,患者さんを治す力となります。

「なぜ?」を積極的に問い,問題解決能力を伸ばす

――理学療法における,解剖学の卒前教育の現状についてお話しください。

工藤 ほとんどの養成校では,解剖学は入学してすぐ,解剖学専門の医師に教わります。しかし,覚えることがたくさんあり,テスト前に一気に覚えて,終わったら忘れてしまう学生も多い。1年次は,覚える意味を理解できぬまま授業が進んでしまうという状況さえあると思います。もちろん解剖学の基礎を専門の医師に系統的に教えてもらうことは欠かせません。理学療法教員としては,学んだ知識を臨床に活かせるよう導くのが役目だと思っています。

――先生は,どのような点に留意して教えていますか。

工藤 なぜ解剖学を学ぶのか,その意義が学生に伝わるよう努めています。学年が進み,実習や臨床的な内容の科目が増えてくると,学生は徐々に「解剖学は重要だ」と気付き始めます。そこで,「なぜ,この症状が出るの?」「解剖学的にはどういう理由?」と「なぜ?」を積極的に問い,学生が自ら考えるように促しています。学ぶ理由が意味付けされると,実践能力へもつながりやすくなりますから。

――卒前教育では,どうしても時間に限りがあると思います。臨床に出てから力を伸ばすために,若手理学療法士自身が心掛けることはありますか。

工藤 自分自身で「なぜ?」に気付き,その答えを求めて考えることです。日々の忙しい現場では,どうしてもじっくり研究に向き合えないこともあります。そのような中でも,いかに「なぜ?」に気が付けるか。そのためには卒後にもう一度,解剖学や運動学などの基礎を学び直すことも重要だと思っていますし,われわれ教員も,卒前教育と卒後教育をもっとシームレスにする方策を考えないといけません。

超音波画像で広がる人体の理解

――卒後教育について具体的にはどのようなことを考えていますか。

工藤 超音波画像を利用した勉強会です。卒前教育ではほとんど学びませんが,臨床に出たら重宝するので,使い方や見方を教えたいと思っています。

――理学療法士が利用するメリットはどこにありますか。

工藤 解剖の理解が「三次元空間」から「四次元時空」へと広がることです。

――四次元時空というのは。

工藤 器官系の三次元空間に「時間軸」が加わります。時間の流れとともに筋肉がどう動いているか,変化が見えるようになる。それも非侵襲的にです。動画を撮り,「身体をこの方向に動かしてみたらどうなるか」を試すと,それまで「なんとなく」知っていた主観的な知識が確かめられ,触診技術などのさらなる向上に役立ちます。

――治療の可能性が広がりますね。

工藤 ええ。超音波を用いることで,動きとともに他の部位との関連がわかってきます。投球動作で肘を傷めた患者さんを例にすると,まずは損傷部位の肘の治療が優先されます。しかし,肘は治ってきているのに症状が改善しない場合,超音波画像を見ることで,手首や前腕,あるいは背中の筋肉に問題があり,その影響でフォームが崩れて痛みが続いているのではないかなど,その他の原因に目を向けることができます。さまざまな角度から治療をする,理学療法の助けになるのです。

 卒前教育ではカバーできないことを卒後の研修や勉強会で支援していきたいと考えています。

――執筆された2点の書籍はどのように使ってほしいとお考えですか。

工藤 臨床の理学療法士,特に若い方が,現場で「どうしたらいいんだろう」と思ったときに『運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学』を開いてもらいたいです。疑問に対するヒントが得られるはずですから。「なぜ?」の答えに気付いたら『運動療法の「なぜ?」がわかる超音波解剖』を読んで,実際の対処について確認してほしいですね。

――本書を執筆して,新たな発見や課題はありましたか。

工藤 人体の構造をきっちりと伝えるというのは,解剖学に携わった人の使命だとあらためて思いました。

 超音波画像に関してはまだまだ発展途上なので,基盤となる研究を進め,臨床で活用できる方法論をしっかり構築したいと考えています。そして何より,患者さんをしっかり治し,研究によって理学療法を発展させ,教育を通じて後進に伝えられる,このような臨床力の高いセラピストの育成にさらに力を入れていきたいと思います。

(了)


工藤慎太郎氏
2003年平成医療専門学院理学療法学科卒。井戸田整形外科リハビリテーション科を経て05年より愛知医大医学部研究員として解剖学の研究に取り組む。国際医学技術専門学校理学療法学科教員を経て14年より現職。13年に鈴鹿医療科学大大学院医療科学研究科修士課程を修了し,現在同大大学院博士後期課程に在籍中。専門は足部のバイオメカニクス,運動器疾患の応用解剖学,客観的動作分析に基づく運動療法の開発。編著に『運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学』『運動療法の「なぜ?」がわかる超音波解剖』(いずれも医学書院)がある。

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