医学界新聞

寄稿

2014.11.24



【寄稿】

塗抹持続陽性肺結核患者の退院基準を再考する

森野 英里子(国立国際医療研究センター呼吸器内科)


 結核は,結核菌による感染症である。日本では毎年約2万人の新規結核患者が登録され,罹患率は10万人当たり16.1人(2013年)。適切な治療が行えれば基本的に治る疾患であるが,空気感染によって伝播するため他者への感染性がある患者は隔離を要する。日本では,喀痰の抗酸菌塗抹検査が陽性の場合は感染性ありと判断し,都道府県からの勧告のもと,隔離を目的とした入院治療が行われる。その後感染性が消失したと考えられる時点で隔離解除(退院)となり,一般に計6-9か月の治療を行う。結核による入院期間の平均は67.6日(2011年)である。

塗抹持続陽性肺結核患者の退院基準とその課題

 感染性の消失を定義するのは難題である。それを反映し,退院(隔離解除)基準は時代とともに変化してきた。従来は慣習的に喀痰の培養陰性化が基準とされていたが,2005年に日本結核病学会から退院基準に関する見解1)が示され,その後2007年の厚生労働省通知2)により,適切な治療が2週間以上行われた後の「異なった日の喀痰の塗抹検査または培養検査が連続して3回陰性」が患者を「退院させることができる基準」の細菌学的検査における要件となった。耐性結核など特殊な状況でなければ,塗抹検査が連続3回陰性なら隔離解除とする対応は他国でも一般的であり,塗抹陰性化の定義はほぼ共通認識となっている。その一方で,培養陰性化は,「塗抹陽性でも培養陰性なら死菌と考え感染性はない」と判断するもので,考え自体は受け入れられているものの,具体的な定義についてはあまり議論されてこなかった。

 塗抹検査は即日結果が得られるのに対し,培養検査は一般に液体培地で6週間,小川培地で8週間という長い時間を要する。治療中,喀痰塗抹検査が持続陽性となる患者はもともと重症であることが多く,入院が長くなる傾向にあるのはごく自然なことであるが,これらの患者の入院期間には培養陰性という結果を待つ時間も含まれ,入院がさらに長期化している。後方視的にみれば,これらの患者は退院の6-8週間前から死菌しか排菌していない状態(他者への感染性がない状態)で入院を継続しているともいえ,隔離解除に必要な結果を待つための時間は,患者のQOLや医療経済・社会・倫理的観点から,短縮することが望まれる。

 筆者らは,塗抹検査が持続陽性となる結核患者を安全かつ効率的に隔離解除する「培養陰性化」の定義を探す目的で,現行の基準(液体培地で6週間培養陰性・連続3回:6週3回)の代替となる基準がないか,またその基準が与える影響について後方視的な検討を行ったので概略を紹介する3)

4週培養陰性・連続2回なら隔離解除が妥当

 対象は2007年から2011年に入院した塗抹陽性培養陽性肺結核患者で,以下について検討した。

1)退院基準の適応状況と退院基準別の患者背景と入院日数の比較
 全301例のうち,塗抹陰性で退院したのは224例(74.4%),培養陰性で退院した症例が77例(25.6%)であった。入院日数の中央値は全体で68日,退院基準別ではそれぞれ56日(最短17日,最長231日),107日(最短48日,最長197日)であった。培養陰性退院例では,塗抹陰性退院例よりも有意に排菌量が多く,両側性病変を有し,病変が広範囲であった。

2)培養陰性で退院した症例において,培養陰性化を現行(6週3回)とは別の3つの定義(4週間培養陰性・連続3回:4週3回,6週間培養陰性・連続2回:6週2回,4週間培養陰性・連続2回:4週2回)で比較
 それぞれの定義を満たした連続痰の最初の痰の提出日を「培養陰性化日」,治療開始日から培養陰性化日までの日数を「培養陰性化に要する治療期間」と定義し,痰検査は2週間ごとに連続する2日間行った。

(1)各定義における培養陰性化に要する治療期間
 6週3回となった時期が明確な76例を対象に検討した。培養陰性化を6週3回,4週3回,6週2回,4週2回で定義した場合,培養陰性化に要した治療期間はそれぞれ平均±標準偏差で73.1日±33.4日,71.5日±32.3日,71.2日±34.3日,70.1日±33.2日で,累積培養陰性化率はに示した。新定義における培養陰性化に要した治療期間はそれぞれ76例中69例(90.8%),69例(90.8%),64例(84.2%)で6週3回の治療期間と同一であった。また,1例の例外を除きいずれの新定義でも培養陰性の結果が得られた時点(検体提出後4または6週間)の喀痰は6週3回を満たした()。

 塗抹持続陽性肺結核患者における定義別累積培養陰性化率(文献3より)

 各定義による培養陰性化の報告があった時点で提出された痰が6週3回を満たす確率(文献3より)

(2)現行の基準に照らして新定義で感染管理上問題となる症例があるか
 感染管理上問題となり得る症例として,この例外的な1例(1.3%)を6週2回と4週2回の場合に認めた。しかしこの症例は,治療開始初期(2週間後)に偶発的に連続して塗抹陰性痰(不良検体)が提出され,以後塗抹持続陽性となった症例であり,臨床経過を踏まえ塗抹陽性検体を判断基準とすれば,問題にならないと考えられた。よって,今回の検討範囲内で隔離解除の基準の細菌学的検査の要件として最も効率のよい基準は,「4週2回」の確認であった。

(3)最も効率的な新定義にした場合の入院日数と入院費の変化
 培養陰性化の定義を「6週3回」から「4週2回」とした場合,76人の塗抹陽性患者の延べ入院日数は2360日短縮し,1人あたり平均31日,医療費は入院費だけで378万8794点節減され,1人あたりで4万9852点節減されると試算された。

 本研究では,塗抹持続陽性肺結核患者を効率的に隔離解除する「培養陰性化」の定義を現行の退院基準をもとにして探した。実際はもっと早い段階で臨床的な感染性は消失しているかもしれないが,少なくとも液体培地で「6週3回」は「4週2回」で代替可能であることが示された。同様の結果は喀痰の提出頻度を2週に2日連続から週に1回提出する方法に変更した前向き観察研究でも得られており4),良好な治療経過の塗抹持続陽性肺結核患者の隔離解除は,塗抹陽性検体で「液体培地による4週培養陰性連続2回」を確認した時点で行うことは妥当だろう。

 本研究の制限として多剤耐性結核やHIV合併患者を含んでいない点,液体培地に限定した検討である点が挙げられる。しかしこの基準は,退院の可否の判断にだけでなく,不特定多数の人に接する職業に就く患者の就業制限解除や免疫不全者が家庭にいる患者の退院,結核病棟から一般病棟へ移床する際の目安としても利用できるため,臨床上有用性が高いと考えられる。

 結核患者の入院と退院は,隔離の必要性だけではなく,患者教育,服薬コンプライアンスの確保,合併症に対する対応,副作用への対応,退院先の環境と同居者の状況など,総合的に決定されるべきものである。進展した結核で入院する患者には複雑な背景があることも少なくなく,適切な入院期間の設定にはより多角的な評価を要する。本研究は細菌学的検査の観点のみから検討した。

文献
1)日本結核病学会治療・予防・社会保険合同委員会.結核の入院と退院の基準に関する見解.結核.2005;80(4):389-90.
2)「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」における結核患者の入退院及び就業制限の取扱いについて(厚生労働省健康局結核感染症課長通知)
3)森野英里子,他.塗抹持続陽性肺結核患者の培養陰性化の判定時期に関する検討――培養陰性による退院基準の見直しに関する提言.結核.2014;89(8):697-702.
4)森野英里子,他.塗抹陽性肺結核患者の退院基準として排菌の陰性化の定義に関する検討.第88回日本感染症学会学術講演会抄録集.2014.102.


森野英里子氏
2002年横市大卒。同年から国立国際医療センターにて臨床研修。同院呼吸器内科を経て07年から自治医大感染症科で研修を積み,10年より現職。

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