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第3085号 2014年7月21日


ユマニチュード通信

[その1]街のこぼれ話,冷蔵庫経由フランス行き

認知症ケアの新しい技法として注目を集める「ユマニチュード」。フランス発の同メソッドを日本に導入した経緯や想い,普及に向けての時々刻々をつづります。

本田 美和子(国立病院機構東京医療センター総合内科)


 こんにちは。私は急性期病院に勤務する総合内科医です。

 外来を訪れたり,入院される方々の年齢は徐々に高くなっていき,例えばこの原稿を書いている日に当院総合内科に入院している患者さんの8割は65歳以上,90歳以上の患者さんは全体の1割にも上ります。高齢者診療がごく普通の日常となるにつれ,私たちはさまざまな問題に向き合うようになりました。とりわけ,基礎疾患として認知機能の低下のある方が急性疾患で入院した際の治療や看護の実施に当たって生じる困難な状況は,医療現場の大きな問題となっています。認知症の進行の最大のリスクファクターは加齢です。高齢の患者さんの割合が増えることは,認知症を持つ患者さんの割合が増えることと一致しています。

 そもそも,患者さんは「病気を治したい」と思って来院し,そのための検査や治療には協力してもらえるという前提で,私たち医療者は仕事をしています。しかし,認知機能の低下してきた高齢の患者さんは「自分がどこにいるのかわからない」「何のためにケアや検査・治療を受けているのかわからない」状況になっていることも珍しくありません。そのような状況にある方々に,“病気の成り立ち,診断のための検査,治療のための侵襲的な手技”などの理屈を整然と説明する従来のアプローチでは,相手の理解を得ることができず,ケアや検査・治療が拒絶されてしまうことも増えてきました。そんなときに私たちが選択できる手段が(例えば)薬物による抑制や身体的な抑制となってしまうことも,「患者さんのために仕方ないこと」とされてしまいがちです。しかし,このような手段は脆弱な高齢者の身体機能をさらに悪化させ,入院の原因となった疾患は治っても,これまでの生活に戻ることができなくなってしまっています。

 2008年の夏のことです。「高齢者医療の在り方そのものを考え直す必要がある」と現場の経験から痛感していたときに,航空会社が発行する一般向けの雑誌で面白い記事を読みました。

 その雑誌は読者が旅行に行きたくなるような街を取り上げて,例えばニューヨークのレストランやロンドンの演劇のような,その街のこぼれ話を紹介するページがあります。そこに「パリだより」として,フランスの介護事情についての記事がありました。その記事の中では,30年以上の歴史を持つケアの技法がフランスで広がっていて国内の病院や介護施設で評価を高めていること,メソッドの導入によって患者が身体を洗うのを拒否したり攻撃的になったりするいわゆる問題行動が著明に減少することなどが紹介されていました。ケアに関する原則と,具体的な技法についても短くまとめてありました。「本当かな?」というのが私の最初の感想ですが,「もっと詳しく知りたい」という気持ちもありました。その記事を雑誌から切り取ったものの,すぐに何かを始めるというわけでもなく,自宅の冷蔵庫に記事を貼ったまま,毎日の生活の中に取り紛れてしまいました。

 2011年の秋にそれまで勤務していた病院を辞めて,現在の職場へ異動することにしました。そこでは高齢者医療が大きな課題となっていて,その取り組みがとても面白そうだったからです。「高齢の患者さんのことが本当に大変になっているんですよ。もしよかったら一緒にやってみません?」と誘ってくださった先生と話をしながら,以前読んだ記事のことを思い出し,新しい仕事が始まる前にフランスに見に行ってみようと考えました。記事で紹介されていた先生の名前を医学論文検索サイトで見つけ,著者連絡先として記されていたアドレスに見学のお願いのメールを送りました。1週間後,「いいですよ」と返事が届き,私はフランスに旅立つことになりました。次回は,フランスでのユマニチュード創始者との出会い,そこで学んだ経験についてご紹介します。

つづく


i】ユマニチュードに関するお知らせを,ジネスト・マレスコッティ研究所日本支部のウェブサイトから発信しています。

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