医学界新聞

寄稿

2014.03.24

【特集】

「訪問看護の現場で育てたい!」を叶える,三位一体の千葉県方式
“新卒”訪問看護師を現場で育てる


 「訪問看護師になりたいなら,まずは病院で臨床経験を積んでから」――。こうした主張は看護教員,訪問看護の現場のスタッフから根強く聞かれる。その「主張」に反して現在,病院勤務経験のない新卒看護師を訪問看護の現場で育成する試みが各地で行われている。

 千葉県で2012年から取り組まれている「新卒訪問看護師育成プログラム」もその一つだ。新卒者を受け入れた訪問看護ステーションを,県看護協会訪問看護実践センターと千葉大がバックアップすることで,学習支援体制を整え,現場での育成に成功しているという。一体,どのように新卒訪問看護師を育成しているのだろうか。本紙がその実情に迫った。

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権平くみ子氏に聞く


 雪がちらつき始めた町を,訪問看護ステーションから車で飛ばすこと15分。一軒目の訪問先に到着した。出迎えた利用者は,車いすで日常生活を送る70代の女性。シャワー浴介助が今日の訪問目的だ。訪問看護師の田中智美氏は手洗いを済ますと,近況や体調を尋ねながらバイタルサインのチェックを開始した。

 「この間,病院へ行って薬をもらってきてね」。世間話の中で通院のエピソードが聞かれると,「ちなみにお薬について書かれた紙って,まだお持ちですか」と素早く反応。処方箋の記載内容を確認し,カルテへの転記を済ませると,再び世間話に花を咲かせる。「じゃあ,そろそろ行きましょうか」。そう声を掛け,風呂場へと利用者を促した――。

 一連のケアを手際よくこなす田中氏は,看護協会ちば訪問看護ステーションに勤務する新卒2年目の訪問看護師だ。「きっかけは在宅看護実習。家族介護者を支援する訪問看護師の姿に憧れた」。そう語る彼女は,大学院卒業後,病院勤務を経ずして訪問看護の世界へ飛び込んだ,いわゆる“新卒訪問看護師”である。現在では,6-80歳台の5人の利用者を担当する他,19人の単独訪問を実施。呼吸器・循環器疾患,脳血管疾患看護の他,難病(要介護度4-5,自立度A1-C2が中心)の利用者を中心に,1日3-4件を回っているという。

教育体制の未整備が,「新卒訪問看護師」の誕生を阻んできた

プログラムの運営・作成に携わる千葉大学教員
左から長江弘子氏(エンド・オブ・ライフケア看護学),辻村真由子氏(訪問看護学),吉本照子氏(地域看護システム管理学)。
 急速な高齢化をたどることが予測される日本では,現在,在宅医療体制の充実が叫ばれている。こうした中,利用者・家族と密にかかわる訪問看護師の増員は喫緊の課題だ。2001年の日本看護系大学協議会「看護系大学学生の卒業後の進路希望に関する調査」では,「訪問看護事業所等」への就業を希望する学生は19.6%に及ぶと報告している。しかし,田中氏のように,新卒で訪問看護ステーションに入職する人材は決して多くない現状がある。

 長江弘子氏(千葉大大学院)は,その一因に「訪問看護ステーションの教育体制の不備」を挙げる。2009年の日本訪問看護振興財団「新卒看護師等の訪問看護ステーション受入れおよび定着化に関する調査研究事業」の報告によれば,全国で新卒採用を募集した訪問看護ステーションは43か所(4.4%)で,実際に採用に至った事業所は18か所(1.4%),その中で教育プログラムを持つ事業所はわずか6か所という結果が示されており,確かに多くの事業所において十分な教育体制が備わっていない実態が明らかになっている。こうした状況にあっては,「訪問看護事業所等」への就職を希望する学生がいたとしても,看護教員としては「まずは病院で臨床経験を積んでから……」と,教育体制が整った大学病院等,大規模な医療機関への就職を勧めざるを得ないのだという。

 訪問看護ステーション等に教育体制が備わることで,こうした状況は変わるかもしれない。しかし,個々の訪問看護ステーションに対し,教育体制の整備を要求することが難しいのも事実である。小規模な訪問看護ステーションが新卒者を採用し,十分な教育を実施するために人的,金銭的,時間的負担を捻出するのは決して容易なことではない。

組織間連携によるバックアップのもと,「現場」で新人育成

 こうした中,千葉県では,訪問看護ステーションでの新卒看護師育成をサポートする取り組みを進めている。2012年から,県の「地域医療再生計画」の一環として,千葉県看護協会が「訪問看護実践センター事業」を開始。そこで,千葉大大学院看護学研究科教員と協働して開発されたのが「新卒訪問看護師育成プログラム」である。

 同プログラムの大きな特徴は,千葉県・同県看護協会を基盤とする訪問看護実践センター室(以下,センター)の担当者,千葉大の教員,訪問看護ステーションの管理者・指導者という,同医療圏内の異なる組織の学習支援者が協働しながら育成に取り組む点だ(図1)。

図1 プログラムを支える組織間連携
千葉県看護協会(訪問看護実践センター室),大学,訪問看護ステーションが一体となって,新卒訪問看護師の育成に取り組んでいる。

 事業の中心部署であるセンターは,県内の全ステーションを対象に新卒者の受け入れ促進と,新卒者を受け入れたステーションの教育力を向上させるための指導者・管理者研修等の役割を担う。千葉大は教育の専門機関として,センターの教育機能をより効果的なものにするための企画・教育方法の提案,学習過程のモニタリングと助言を行う。こうした組織的なバックアップのもと,訪問看護ステーションの管理者・指導者は,ステーションの指導方針に基づいて,新卒者を日常業務の中で育てていく。2014年3月現在,本プログラムにより県内2か所のステーションで,2人(12年度入所1人,13年度入所1人)の新卒訪問看護師を育成しているという。

「今,必要な知識・技術」を優先するプログラム

 同プログラムでは2年間で,訪問看護師として主体的に学習する姿勢とスキル,訪問看護を実践できる知識・技術を修得し,「単独で24時間緊急対応ができる」レベルに達することをめざしている(図2)。主軸となる学習方法は,病院での研修を先行させず,先輩看護師との「同行訪問」から学ぶOJTだ。新卒者の力量を考慮した上で利用者を受け持たせ,その利用者を看るに当たり“今,必要な知識・技術”から優先的に身につけていく。

図2 プログラムの概要(拡大した図はこちら
プログラムの内容は一定の目安であり,個々の新卒者の学習課題と達成度に応じて,柔軟に計画し,進めていくことが基本となっている。
・本プログラムは2年間で終了する
・「同行訪問」から学ぶことが基本。育成プログラムが終了するまでには単独24時間緊急対応ができることをめざす
・訪問看護実践研修・基礎看護技術研修等を受講し,知識・技術を補強する
・実務研修として,勤務先以外の訪問看護ステーションや病院等で研修を行い,地域包括ケアシステムを理解する
・振り返りカンファレンス・面接等で自己の課題を明確にする

 新卒者の成長度合いに応じて,同行訪問の形を変えていく点も特徴的だろう(図3)。就職後初期はステーションの利用者と家族の特徴を知るために先輩看護師の動きを見学する「見本型同行訪問」。次の段階は,指導者・スタッフのサポートのもと,新卒者が実践する「伴走型同行訪問」。さらに次の段階では,新卒者が単独で行い,訪問時間のラスト5-10分に指導者が合流し,利用者・家族状態のアセスメント,ケアや説明内容を確認する「時間差同行訪問」。単独訪問を行える実践力の習得をめざして,ステップアップしていく。

図3 単独訪問に向けた同行訪問のステップアップ概念図
同行訪問の形は,新卒者の成長度合いに合わせて変化させる。独り立ちに向けて,徐々にステップアップするイメージだ。
*手順書…利用者の訪問看護実践の個別的なケア方法の手順と根拠を示したもの。一般的な処置やケアを,各利用者の個別性に合った方法へと転換させていくツールとして用いる。

 ただ,訪問先での機会のみで基本的な看護技術を網羅し,習得することは難しい。吸引,採血や摘便等の技術は,病院勤務であれば繰り返しできる環境にあるが,在宅医療の場ではどうしても機会が限られ,経験数は少なくなるからだ。こうした現場でカバーしきれない知識や技術については,センター担当者が後方支援を担う。シミュレーターを用いて,個別に技術の手順や細かなポイントを指導する等,さまざまなかたちで補強するという。その他にも,外部の集合研修,eラーニングの受講,勤務先以外の訪問看護ステーションや地域の連携医療機関での研修等を新卒者の到達度に応じて利用することで,所属ステーションのみでは指導しきれない知識・技術・経験の補強を行っている。

第三者がかかわることで,緊張感が生まれる

 人材育成の上では,学習者側・指導者側の両者が現在の学習到達度とともに,学習課題と目標を明確化し,共有することが欠かせない。

 そこで使用されているのが,同プログラムにかかわる大学教員が作成した「自己評価支援ツール」()だ。訪問看護師に求められる知識・技術・態度と学習スキルに関する課題が設定されており,自らの実践を振り返って力量を自己評価することができる。

 「自己評価支援ツール」の項目例(一部抜粋して掲載  拡大した図はこちら
<評価尺度>4. そう思う 3.どちらかといえばそう思う 2.どちらかといえばそう思わない 1. そう思わない
新卒者は指導者の支援を活用しながら,自己評価支援ツールを用いて自らの実践を振り返り,力量を自己評価する。指導者は新卒者と面接を行い,自己評価支援ツールを元に学習のスキルの習得状況を評価しながら,新卒者と共に課題を整理し,より現実的な計画を作成・実施できるよう助言。ステーション管理者は,それに応じて業務調整や指導者への助言を行う。

 さらに,課題の明確化の起点となるのが,定期的に開催される「振り返りカンファレンス」と「学習支援者会議」(写真)だ。振り返りカンファレンスは,新卒者と指導者の他,管理者,センター担当者,大学教員が集まって行われる。狙いは,新卒者の学習の進捗状況を共有するとともに,新卒者自身が実践の過程を振り返り,現時点の課題を明確化していくことにある。「最近,訪問先で困ったケースはあったか」「どんな知識・技術を身につけることでそれは解決するか」等の話し合いを通し,新卒者が習得すべき知識や技術を把握し,その後の実践に具体的な目的意識を持って取り組めるよう支援する。

【写真左】 看護協会ちば訪問看護ステーションの様子。常勤看護職員6.8人。医療依存度が高い利用者が多いことが特徴。
【写真右】 学習支援者会議の様子。訪問看護実践センター室の担当者,ステーションの管理者・指導者,大学教員が集まり,プログラムで育成中の訪問看護師の学習課題を話し合い,指導方針の修正・共有を図る。

 後者の学習支援者会議は,新卒者を除いたメンバーで開催されるもの。指導者・管理者の視点から見た新卒者の様子を元に,ステーションの指導体制や教育方針などの実情に照らしながら学習課題を洗い出し,学習スケジュールの立案・修正を行っていく。

 こうしたカンファレンスや会議に割かれる時間,日程調整の手間等,確かに負担は大きいが,「多忙な業務の中で,教育の形骸化を防ぐことにつながる」とセンター担当者の保坂和子氏は話す。「大学教員,センター担当者等の第三者がかかわる場を設定することで,いい意味で教育に対する緊張感が生まれている」と管理者・権平くみ子氏もこれに同調する。

試行錯誤を経て,組織間連携の成果を実感

 各組織が一体となった体系的なプログラムである印象を受けるが,「当初は試行錯誤の連続だった」と関係者は異口同音に語る。

 プログラムを開始したころ,現場の指導者からは「業務と教育を両立させるには時間が足りない」「新卒者に何からやらせていいのかがわからない」と不安や戸惑いの声が上がった。

 議論を積み重ねていく中で,まず現場の負担感を解消するため,管理者・権平氏はステーション内の業務改善を提案。指導者を含めたスタッフ全員が訪問記録や業務整理の時間として,週半日を当てることにした。また,大学教員は,新卒者に必要な学習支援を明確にするため,先述の「自己評価支援ツール」を作成。センター担当者・管理者・指導者全員に使い方を指導し,プログラムの目標の再確認を図った。さらに,センター担当者はこの時期,毎日ステーションへ出向き,新卒者のフォローに加え,指導者・管理者からの戸惑いや不安,技術指導のニーズを吸い上げた。軌道に乗ったと実感したのは3か月経ったころだ。互いの役割が見え始め,現在のように忌憚なく考えや提案を言い合える関係になったという。

 ステーションの在籍スタッフに負担を求めた新卒者の受け入れだったが,結果的にはスタッフにもよい影響をもたらした。指導者として指導することが自身の看護実践を見直す機会になり,レベルアップが図られるようになったのだ。また,管理者・権平氏は,スタッフ間に“学び合い”の意識が芽生え,「ステーション内に教育的な雰囲気ができた」と振り返る。組織的なバックアップ体制に基づくプログラムは,「本当に新卒者を育てることはできるのか」という,当初スタッフの間にあった疑念を見事に払拭した。

 こうした一定の成果を挙げている一方,「プログラムの完成度は100点中60-70点」と関係者たちはさらなる高みをめざす。「現在は,県内の独自の体制で行われている取り組みでしかない。各地域やステーションの実情に合わせて応用し,どこでも実践できるようなプログラムにしていかねばならない」と,大学教員たちは口をそろえる。

 2年間のプログラムが終わりに差し掛かった本年2月,田中氏は時間外の緊急対応を初めて単独で行ったという。そのことについて尋ねると,「以前に2回,同様の依頼で先輩とともに伺ったこともありましたから」と謙虚に笑った。プログラムの目標である「単独で24時間緊急対応ができるレベル」への到達は,そう遠くないことを感じさせる。

 訪問看護師の増員が求められる今,一定の“量”を担保する策として,新卒者にも訪問看護のキャリアを積むための間口が開かれることが望まれる。その中では,“質”を担保する現場の教育体制の整備も図っていかねばならない。今回紹介した訪問看護ステーションと地域の組織が一体となった千葉県の取り組みは,質と量を両立する方策として,ヒントになり得るのではないだろうか。

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