医学界新聞

連載

2014.03.10

モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第3回 認知症患者への胃ろうは必要か?

川口 篤也(勤医協中央病院 総合診療センター副センター長)


前回からつづく

 前回カンファレンスした肺がん患者Sさんは,念願だった墓参りを済ませ,化学療法はせずに穏やかな顔で息を引き取った。モヤ先生のモヤモヤも晴れたはずが……。

大徳(司会) あれ,なんかまたモヤモヤした顔をしてるね。

モヤ ……今,消化器科をローテートしているのですけど,認知症の患者さんに,家族が胃ろうを作ってほしいと強く希望しているケースがあって……。

大徳 本人の意向が不明なまま,胃ろうのように侵襲のある処置を行っていいかどうか,悩んでいるってことだね。解決には家族の語り(ナラティブ)をしっかり聞く必要があると思う。情報収集も兼ね,カンファレンスをしてみようか。


(1)医学的適応

モヤ Kさんはアルツハイマー型認知症で,今回は胆嚢炎で入院し保存的治療で軽快しています。ただ,毎食少量しか食べてくれないんです。

言語聴覚士 嚥下機能自体の低下よりも,食べること自体を忘れているような印象ですね。

看護師 食べ始めて数口で拒否してしまいます。自宅から持ってきたものでも同じです。

大徳 胃ろうを作った場合,予後がよくなる可能性はあるのでしょうか?

消化器科指導医 胃ろう造設の予後が比較的よいという論文は,海外よりも日本からのほうがより多く出ているようです1)。でも,認知症末期の人に胃ろうを造設しても予後は延長しないという論文もあり2),医学的に見るとこれから胃ろうを作るメリットは乏しいでしょう。アルツハイマー病と診断されてから7年経っていますし,その点でも予後はあまり長くなく3),適応があるとは考えにくいです(ポイント(1))。

ポイント(1)……なぜそのような医学的判断をしたのか,エビデンスとなる論文などもきちんと示せるように準備しましょう。

(2)患者の意向

大徳 本人との意思疎通は,どのくらい可能なのですか?

モヤ 「食事食べてますか?」と質問すると必ず「食べてます」とは答えますが,それ以上の受け答えはあまり……。

看護師 機嫌がいい時は歌を歌っていますが,何かしたいなどの意思表示はないですね。

大徳 認知症になる前に,最期の迎え方や延命処置の有無について,家族が希望を聞いていたりしないかな?

モヤ 特に聞いてないと思います……。

大徳 当事者が元気なうちに「どんな治療やケアを受けて最期まで過ごしたいか」を家族など意思決定代理人と話し合い,共有しておくことを“Advance care planning”4)と言うんだけど,それはないということか。今は,家族の希望しかわからない状態なんだね。

(3)周囲の状況

モヤ 面談では主に息子さんが話すのですが「とにかく何とか食べられるようにしてほしい,食べられないなら胃ろうを作ってほしい」の一点張りなんです。

大徳 夫は逆に「食べるようになってほしいけれど,自然のままがいい」と,かみ合わないね。

看護師 もともと,夫と息子さんはあまり仲が良くないようで,今も面談時以外,二人では話し合っていないみたいです。でも息子さんは母親(患者)のことがとても好きで,できれば1分1秒でも長生きしてほしいと話していました。

モヤ (息子さんにはそんな思いがあったのか。でも,患者さんもそう思っているかどうか……)(ポイント(2)

理学療法士 リハビリの際,付き添っていた夫は「この状態じゃ家では無理だな。俺も病気持ってるしな」と言っていました。しかしADLは,これ以上劇的に改善する見込みはあまりないと思います。

ポイント(2)……本人の意向がわからないとき,家族は少しでも長く生きていてもらいたいと思うあまり,自分の希望を優先して話してしまいがちです。でも,「今本人が意思表示できたらなんと答えると思うか」を考えてもらうことが重要です。

(4)QOL

モヤ 僕は……本人の意向がわからないのと,一緒に暮らしている夫のことを考慮すると,胃ろうは勧めたくない気がします。でも,息子さんは納得してくれるかが心配です。

看護師長 一度,外出してみてはどうでしょうか? 自宅に帰ると元気になる人もいますし,少しでも,食べることができるかもしれません。

大徳 在宅介護は無理でも,付き添いありの外出なら,可能かもしれませんね。そのときには息子さんにも来てもらうのがいいでしょう。患者さんが食べている姿を見れば息子さんもうれしいだろうし,もし自宅でも食べられなければ,腹を割って父子で今後を話し合ってもらう。それでどうでしょう。

モヤ 気まずくなっちゃわないでしょうか?

看護師長 介助も兼ねて看護師による付き添いも検討しますよ。第三者がいるほうが,話がスムーズに進む場合もありますからね。

Next Step

モヤ まずは,家族と面談の日程を決めたいと思います。そして面談のときには「患者本人だったら何を希望するか」をよく考えてもらいたいです。

看護師 元気なときはどんな人だったのか,夫や息子さんにもっと聞いてみたいですね。

消化器科指導医 ただ,アルツハイマー型認知症の末期であり,一般的には予後が長いわけではないこと,さらに胃ろうを造設しても延命は難しいかもしれないことも,よく説明する必要がありますね。

モヤ はい。その上で家族同伴の外出を勧め,リラックスできる状態で,患者さんがどういう最期を迎えるのがいいのか,話し合ってもらいたいです。

看護師長 在院日数も長くなってきたので,ベッド状況ではリハビリ病棟への転棟も検討します。

大徳 転棟しても,モヤ先生には引き続き関わっていただきましょう。

***

 今回の症例,実は「患者の自律的な意思決定の尊重」(自律性尊重の原則)と「患者に利益をもたらし,危害を与えない」(善行・無危害の原則)という,倫理原則にかかわる問題でした。医師は,自分の行う医療行為が,患者の意思に沿うものか,患者に利益をもたらすものかを,常に考える必要があるのです。無意識にこれらの倫理原則に沿った考え方ができていたモヤ先生,なかなか有望ですよ。

モヤ先生のつぶやき

 「胃ろうを作ってほしい」とばかり言う息子さんに,正直マイナスの感情を持ってしまっていたんだけど……大切な母親に,少しでも長く生きてほしいのは当たり前だよね。でも,だからこそ「大切な人(患者本人)がどう思うか」を考えてもらうことが重要になる。僕も今日,帰ったら家族と「どんな最期を迎えたいか」話し合ってみよう。

つづく

◆参考文献
1)Suzuki Y. et al. World J Gastroenterol. 2010 ; 16 (40): 5084-91.
2)Sanders DS. et al. Am J Gastroenterol. 2000 ; 95 (6): 1472-5.
3)Larson EB, et al. Ann Intern Med. 2004; 140 (7): 501-9.
4)大蔵暢.老年医学のエッセンス第3回.週刊医学界新聞.第2920号:2011年3月14日.

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