医学界新聞

寄稿

2013.11.18

【寄稿】

日豪での経験から見えた,助産師の役割

斉藤 美穂(豪・ポートオーガスタホスピタル 看護師/助産師)


 日本で助産師として病院勤務を経験した後,2006年からオーストラリア(以下,豪)で看護師・助産師として働いています。豪人と日本人,体格の違いを除けば,メカニズムそのものは同じなわけですから,妊娠出産のケアという点は日本での勉強や経験で培った助産スキルで十分に対応することができました。ただ,当初はそれがわかっていながらも,「必死になっている自分」がいました。英語によるコミュニケーションという理由もあると思いますが,それを差し引いても,とにかく必死な自分がいたのです。

 本稿では,豪と日本の助産師の,何が異なる故に私は必死にならざるを得なかったのかを考察し,そこから助産師の役割をとらえ直したいと思います。

日本と異なる南豪州の周産期・産科医療

 まず,私の働く病院の職場環境について紹介します。私が現在勤務するのは,南豪州(SA)の州都アデレードから,北へ約300キロ離れたRural area,いわゆるへき地にある「ポートオーガスタ」という小さな市内の州政府管轄の病院です。人口約1万3000人のうち約30%はアボリジニが占めており,アボリジニの患者さんも多く訪れます。へき地にある病院のため,常に産科患者で病棟が溢れているわけではなく,産科病棟も産婦人科,新生児室,小児科,一般女性内科・外科から成る混合病棟です。ですから当院の病棟助産師には,お産の介助,妊婦褥婦のケア,あるいは新生児室での新生児のケアも課せられています。

 SAの周産期・産科医療にはいくつかの特徴があります。まず,州政府が監修した「South Australian Perinatal Practice Guidelines」という指針です1)。これがSAで周産期,産科医療に従事する者にとっての治療・マネジメントのガイドラインとなっています。また,こうしたガイドラインを共有する他,SAの周産期に携わる医療機関は,母体・新生児に提供できる医療の水準に応じ,州政府によって6段階にレベル分けがなされています2)。医療の必要度・緊急度に応じて,高度な周産期ケアを提供するためにレベルの低い医療機関からレベルの高い医療機関への搬送(Transfer up)や,フォローアップケアをするためにレベルの高い医療機関からレベルの低い医療機関への搬送(Transfer down)が,地域内で日々行われているのです。

 当院は産婦人科医・小児科医がともに常勤であることから,「レベル4()」に設定されています2)。ですから,母体・新生児搬送を受ける側であるだけでなく,より高い水準の医療を提供するレベル5-6の病院への搬送を行う側でもあるわけです。当院では夜間・休日はオンコール体制を敷いているため,何か異変が起こった際には,自宅にいる医師が駆けつけるまでの間,助産師たち自身で乗り越えなければならない状況もしばしば立ち会います。

「今」の私が考える助産師の役割

 豪と日本,さらに「国際助産師連盟(International Confederation of Midwives ; ICM)」の3者がそれぞれ設定する助産師のコア・コンピテンシーを比較してみても大差はないようです3-5)。3者の「助産師の役割」に関する見解についても,女性を中心としたサポート(Woman centered care)や包括的かつ継続的サポート(Holistic care,Continuity of care),そしてそのサポートを提供できるような助産師としての知識・技術の維持向上というもので,基本的な部分は類似しています。

 にもかかわらず,今の私が描く「助産師」という職業に対する価値観そのものは,日本にいたころと比べて“明確になった”あるいは“変化した”と感じています。助産スキルもコア・コンピテンシーも類似している一方で,働き始めた私が必死にならなければならなかった理由もこのあたりと関係していそうです。つまり,「助産師」としての私を取り巻く環境が変化し,求められる役割も変化した。それによって,私の中にある「助産師」という職業に対する価値観が“揺さぶられた”結果として,必死にならざるを得なかったのだと思うのです。

 下記の(1)-(3)に,豪での助産活動を通して再認識した,あるいは変化した「助産師に求められる役割」について言及します。

(1)自分の価値観を,受け持つ女性の価値観に変幻自在に対応させること
 豪で女性を中心としたケアをするとき,私の“日本的なジェンダー観”や妊娠・出産の価値観が必要とされないことも多々ありました。逆に言えば,日本で女性中心のケアをする以上は,豪で触れた価値観や考え方も必要とされないことを意味するのかもしれませんが……。

 豪では,女性の選択が日本以上に尊重されている印象を持ちます。例えば,出産方法や産後の退院について等,産科・助産ケアを進める上では,患者の女性だけでなく,パートナーを交えてその方向性を決定することがあります。しかしパートナーが親身になった結果として,提案された選択肢からパートナーが一つの案を選んだところ,「彼はDominant(支配的)」と地域の助産師に評されてしまうことがありました。一方で,「君の身体のことなんだから,君が選べばいい。僕は君の選んだ方法でいい」と,日本人の感覚だと「突き放すような態度」とも思える対応が,この地域の助産師には「素敵」と言われるケースにも遭遇したことがあります。あらためて,その文化・地域・時代によって,女性の意思決定の在り方やジェンダー観が異なることを感じたのです。

 こうした経験を経た現在,女性の自分らしい妊娠・出産・育児を支援するためには,一人ひとりの異なる価値観・考え方に対し,サポートする私たち側が先入観をなくす,つまり自分自身を一度「無」にして向き合う必要があるのではないかと考えています。その状態から,相手の女性の価値観や考え方に,自分自身を変幻自在に形作っていく必要があると思うのです。

(2)問題の本質を見極めること
 当院はアボリジニの患者さんが多いのは先述したとおりです。こうした状況を考慮し,私の働く病院では,Anangu Bibi Birthing Program (ABBP)というアボリジニの女性を対象とした妊娠・出産・産後の包括的サポートプログラムがあります。ABBPの助産師たちとAboriginal Maternal and Infant Care (AMIC)workerと呼ばれるアボリジニ女性スタッフがグループとなって,クライアントのアボリジニ女性を身体的だけでなく,社会的・文化的にもサポートするものです。

 こうしたプログラムが生まれた背景には,アボリジニの女性は白人豪女性と比較してハイリスク妊娠・出産の傾向がある6)だけでなく,彼女らの経済水準の低さがハイリスク要因になっていること7)が理由として挙げられます。

 私たち助産師も,つい医学的な問題に対するケアに目を奪われがちです。しかし,根源が産科医療の外にあっては,身体的な異常をいくら治療しても,その問題は必ずまた表面化してしまいます。真の意味で,母子の,そして女性の健康促進につなげるには,問題の所在を見極め,その部分に介入していかねばなりません。助産師として女性を包括的にサポートするために,目の前にいる女性の医学的問題だけでなく,病院の外,医療の外にも目を向ける必要があると,さまざまな生活背景を持つアボリジニの女性とかかわり,強く認識しました。

(3)女性の声を代弁し,チームの潤滑油となること
 病棟助産師として,受け入れ・搬送のどちらにも携わる職場を経験して強く感じるのが,多職種チーム医療における助産師の重要性です。

 医療の必要度や緊急度によって母子の状況は変わり,医療チームの職種構成や各専門職の役割も変わります。助産師も「病棟助産師」「地域助産師」と働く場の違いはありますが,女性のそばで声を聴き,女性を中心とした包括的・継続的ケアが提供されるように,チーム内でその声を代弁することが何より重要な役割である点は一貫しています。「母子の健康促進」「女性の健康促進」という視点から,チーム活動がスムーズに行われるよう,女性の声を代弁する助産師こそが,チームの潤滑油として,関係各所との連携・連絡を密にとる役割を意識的に担っていかなければなりません。

 さらに女性の置かれている状況によっては,助産師自身がリーダーシップを発揮しなければならない場面もあることを忘れてはいけません。チームメートの他職種,受け入れ先・搬送先医療機関の信頼を得るに足る知識とスキルの維持・向上に取り組んでいかねばならないのです。

 以上,日豪での助産師活動から助産師に求められる役割を考察してみました。「必死」な時期を支えてくれた,患者さん,チームメートである他職種スタッフに感謝しています。


レベル4の新生児ケアには34週以降の新生児,酸素濃度40%以下の酸素療法,経鼻チューブによる授乳栄養,静脈ラインによる治療などが含まれます2)

参考文献
1)Government of south Australia ; SA Health. South Australian Perinatal Practice Guidelines.
2)Government of south Australia ; SA Health. Standards for Maternal and Neonatal Services in SA 2010.
3)保健師助産師看護師法(昭和23年7月30日法律第203号).
4)Nursing and Midwifery Board of Australia. National competency standards for the midwife.
5)International Confederation of Midwives (ICM). Essential competencies for basic midwifery practice 2010 (Revised 2013).
6)Aboriginal Health Division, Department of Health, South Australia. Our Culture, Our Babies, Our future.
7)Campbell S, et al. Maternity care with the Women's Business Service at the Mildura Aboriginal Health Service. Aust N Z J Public Health. 2004 ; 28(4) : 376-82.


斉藤美穂氏
1998年埼玉県立衛生短大助産学専攻卒。99年看護学位,2010年助産学位取得。12年Master of Health and International Development修了。周産期センター,老人保健施設,産婦人科病院勤務を経て,05年に渡豪し,同国看護師・助産師資格を取得。06年より現職。12年には国境なき医師団に参加し,ナイジェリアのJahun地域で,助産師として産科救急・フィスチュラプログラムに携わった。

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