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第3044号 2013年9月23日


【寄稿】

看護倫理の視点で議論された日本の原子力災害
第14回国際看護倫理センター年次大会に参加して

小西 惠美子(鹿児島大学医学部 客員研究員)


 国際看護倫理センター(International Center for Nursing Ethics;ICNE)の第14回年次大会が,5月17-18日,オーストラリア(以下,豪)のメルボルンにて開催された。ICNEは1999年に英国サリー大に設立され,初代センター長はAnne J Davis博士(カリフォルニア大・長野県看護大名誉教授)が務め,現センター長はVerena Tschudin博士が担っている。世界唯一の看護倫理専門国際誌『Nursing Ethics』は,ICNEから発行されているものである。豪初開催となった今大会のメインテーマは,「Ethical issues at the end of life(終末期の倫理)」。大会長は日本でも著名なMegan-Jane Johnstone教授(Deakin大)が務めた(写真1)。

写真1 一部参加者と撮影。前列中央が筆者。後列右から3人目がMegan-Jane Johnstone教授,同4人目が『Nursing Ethics』誌編集長・Ann Gallagher博士。

 今大会に際し,筆者は「放射線緊急時における看護職の倫理的責任」と題した論文を一般演題に応募した。すると後日,大会長からメールがあり,「あなたには間もなく演題採択通知が届きますが,その前に,大会企画委員会はあなたの論文に最も強い感銘を受けていることをお伝えします。ついては特別企画として,時間を延長して全体会場で講演することは可能ですか?」と尋ねられた。

 私は大変驚き,言葉の不安も一瞬よぎったが,日本の放射線看護を発信すべき大事な機会ととらえ,お受けすることとした。本稿では,その特別講演の概要と,Johnstone会長のメッセージやメディアの反応を報告したい。

事例から放射線緊急時における看護職の倫理的責任を考察

 災害等の緊急時,「目の前の個人の善」と「他の多数の人々の善」という難しい局面に看護職は立たされる。さらに,放射線がかかわる状況においては,「被ばくした人の安全と尊厳」を保ちつつ,「周囲の汚染を防止」することも要求される。いずれも専門職としての重要な責務だ。特別講演では,これらについて,(1)広島・長崎の原爆被災 (1945年),(2)東海村核燃料工場臨界事故 (1999年),(3)福島第一原発事故(2011年)の3つのケーススタディを提示しながら論じた。

 看護師は伝統的に,「他の多数の人々の善」よりも「目の前の個人の善」に価値を置く教育を受け,実践してきた。しかし,災害状況である上述の(1)と(3)は,「目の前の個人の善」から「他の多数の人々の善」へと価値観の転換を迫り,これらにかかわった看護師たちに苦しい葛藤と,その後の人生に長く尾を引く罪悪感を経験させた。

 また,(2)では,事故によって大量の放射線を受けて命の危機に瀕した患者が,全身をビニールに包まれて搬送され,状態がさらに悪化する事態が起こった。この,個人の命・安全・尊厳よりも,今後起こるかもしれない周囲の汚染の防止を優先した現場の措置に対し,患者を擁護するための看護師の働きかけは見られなかった。だが,もしそこに看護師としての専門的なかかわりがあったなら,被ばくした人の安全と尊厳のために最大限のケアを施し,同時に環境や人々に対する汚染の防止もなし得たはずであろう。

 緊急時に求められる「個人の善」と「最大多数の善」とのバランスをめざす実践は,1対1のケアを大切にしてきた看護職の目と心と手があってこそ可能であり,それが看護における「トリアージの倫理」である。特別講演の前半では,こうした点を訴えた。

放射線教育を求める保健師たち

 講演の後半では,福島第一原発事故以降の日本の現状に視点を移した。事故の影響は,産業,環境,経済,倫理を含む生活のあらゆる面に及び,人々の心に大きな傷をつくった。その傷に対し,これまで放射線とはほとんど無縁であった保健師たちが真摯に向き合っている現状がある。彼らは,人間的なぬくもりと保健指導によって,地域住民の心の傷をいやそうと苦闘しているのだ。

 しかし,そうした思いだけでできることには限界があり,専門職として自信をもった実践をすることができないと自覚し,筆者らの放射線教育12)を受けに来る者が少なくない。看護界ではこれまで放射線に関する教育に力を注いでこなかったが,保健師たちは内発的に,放射線の知識を求めていると実感する。原発事故の影響が今後も長期に続くと考えられるなか,放射線教育が看護の倫理的な責務となっていることを指摘し,特別講演を結んだ。

終末期倫理の視点で原子力災害を受け止める

 大会査読委員会は,「終末期における最も喫緊の倫理的課題は何か」「それを誰が決めるのか」「道徳的・倫理的にわれわれは何を達成するべく努力すべきか」について特に関心を持っているかを見る。その上で,「支配的な見解にチャレンジしているか」「当たり前とされてきた見方・考え方に疑問を投げかけているか」の2点に着目し,評価を行ったという。本講演について,Johnstone大会長からは,「数多い応募のなかで,ひとつ異質の輝きを放っているものがあった。それが小西氏の論文だ。その洞察と焦点・内容のユニークさに感銘した。委員会は原子力災害を終末期倫理の視点から受け止め,これを全体セッションに推挙した」とメッセージをいただいた。

 また,今回の講演内容に関しては,豪の各種メディアからの反応も見られた。特別講演のもようは,豪看護協会の公式誌『Australian Nursing Journal』20巻11号に掲載され(写真2),さらに豪放送協会ABCラジオが,5月16日夜8時のゴールデンタイムに,「Johnstone・小西共同インタビュー」を30分間ライブで放送した。放射線被災者をケアする日本の看護師の苦悩が,この番組のハイライトであった。

写真2 『Australian Nursing Journal』20巻11号で,特別講演の内容がダイジェストで紹介された。

 災害大国日本は,放射線・原子力災害や被ばく事故も経験してきた。日本の看護はこれにどのように対峙するのか,世界が注視していることを痛感した学会であった。今後も長期に続く原発事故の影響下,保健師が放射線教育を受けられる制度が一刻も早くできることを祈っている。


1)小西惠美子(研究代表者),他.災害時下の看護職に対する放射線教育のアクションリサーチ.平成23年度ファイザーヘルスリサーチ振興財団国内共同研究.
2)麻原きよみ(主任研究者),他.保健師による実際的な放射線防護文化のモデル開発・普及と検証:放射線防護専門家との協働によるアクションリサーチ.平成24・25年度環境省原子力災害影響調査等事業(放射線の健康影響に係る研究調査事業)


小西惠美子氏
東大医学部衛生看護学科卒(同大にて医学博士号取得)。長野県立看護大教授,大分県立看護科学大教授,佐久大看護学部教授等を経て,2013年より現職。日本放射線看護学会理事長,日本看護研究学会理事,日本看護倫理学会副理事長,日本生命倫理学会評議員を務める。