医学界新聞

寄稿

2013.08.05

【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
心不全診療におけるBNP/NT-proBNPの役割

【今回の回答者】佐藤 幸人(兵庫県立尼崎病院循環器内科部長)


 心不全患者でBNP(Brain Natriuretic Peptide;脳性ナトリウム利尿ペプチド)またはNT-proBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)を測定する有用性については多くの報告がありますが,あまりに多くの基準値が報告されたために整合性を取ることが困難な状態が続いていました。

 このため欧米では,(1)診断,(2)リスク評価,(3)治療効果判定の観点からガイドラインとして整理する試みがなされるようになってきました。本邦においても今年5月,日本心不全学会から「BNPに関する学会ステートメント」が発表されました。本稿では,その内容に沿って解説します。


■FAQ1

 BNPとNT-proBNPの違いは何でしょうか? なぜ,心不全の診断に有用なのでしょうか?

 BNPとNT-proBNPは,いずれも同じBNP遺伝子に由来します。1988年にBNPがブタの脳から分離され,その後,心臓(主に心室)がBNPの産生臓器であることが判明しました。

 心室に圧負荷がかかるとproBNPの合成が直ちに開始され,血中に流出する際にBNPとNT-proBNPとに分かれます(図1)。生理活性のないNTproBNPに対して,BNPでは生理活性を認めるという違いがあります。また,体内での半減期はBNPが約20分,NT-proBNPが約120分です。

図1 BNPとNT-proBNP構造の模式図(日本心不全学会ステートメント1)より)

 BNP/NT-proBNPは心筋への壁応力を反映するため,壁応力が増大する心不全ではその重症度に応じて血中濃度が上昇します。数値を修飾する因子として,肥満は値を低下させ,心房細動や加齢,女性,腎機能低下は値を上昇させます(特にNT-proBNPは腎代謝のため,軽度の腎機能低下でも影響を受けます)。

Answer…BNPとNT-proBNPは分子量や生理活性の有無,半減期などの違いがあります。心不全の重症度に応じて血中濃度が高くなるため,両者とも診断やリスク評価において重要なバイオマーカーとなっています。なお,実臨床においては腎機能低下例におけるNT-proBNP値の解釈に注意が必要です。

■FAQ2

 BNP/NT-proBNPの心不全診断へのカットオフ値をどのように考えたらよいのでしょうか?

 一般住民,慢性心不全患者,急性心不全患者においてそれぞれ診断とリスク評価の論文が多数報告されており,論文にもガイドラインにも無数のカットオフ値が報告されています。しかしそれでは実臨床において使いにくいので,このたび日本心不全学会が「BNPに関するステートメント(血中BNPやNT-proBNP値を用いた心不全診療の留意点について)」1)を発表しました(図2)。日本循環器学会の急性心不全治療ガイドラインと慢性心不全治療ガイドライン2),さらに欧州心臓病学会の急性および慢性心不全治療ガイドライン3)とも矛盾しない形を取っています。

図2 BNP,NT-proBNP値の心不全診断へのカットオフ値(日本心不全学会ステートメント1)より)

 BNPの正常値は 18.4 pg/mLを用いました。これまで健康人の上限として使われていた数字で,これ以下だと「心不全の可能性は極めて低い」,18.4-40 pg/mLでは「心不全の可能性は低いが,可能ならば経過観察」,40-100 pg/mLは「軽度の心不全の可能性があるので精査,経過観察」,100-200 pg/mLでは,「治療対象となる心不全の可能性があるので精査あるいは専門医に紹介」としました。200 pg/mLを超えると「治療対象となる心不全の可能性が高いので精査あるいは専門医へ紹介」ということで注意を促しています。また前述の理由から,NT-proBNPに関しては「特に推算糸球体濾過量(eGFR)が30 mL/分/1.73 m2未満の症例では,NT-proBNP値が想定以上に高くなる」と補足されています。

 BNP/NT-proBNPは心不全の診断やリスク評価に用いることが多くのガイドラインで推奨されています。ただ,これらバイオマーカーだけで判断するのではなく,臨床症状や従来の画像所見などと組み合わせて総合判断することが極めて重要です。今回のステートメントにおいても,「BNPやNT-proBNPのみに基づいた心不全診療や疾病管理はありえない」と強調しています。

Answer…BNP 100pg/mL以上の場合は治療対象となる心不全の可能性があり,早期に原因探索を行ってください。ただし,数字だけで判断するのではなく,臨床症状や他の検査と組み合わせて総合判断することが重要です。詳しくは心不全学会のステートメントを参照してください。

■FAQ3

 BNP/NT-proBNPを治療効果の判定に用いてもよいでしょうか?

 BNP,NT-proBNPの値については個人差が大きく,診断やリスク評価に用いることはできても,ガイドラインに治療指標の基準値を明確に示すことは不可能です。慢性心不全と既に診断が確定している症例で,BNPやNT-proBNPガイド下治療が,心不全の再入院の減少につながるとの報告はありますが,死亡率の減少に有効であったというエビデンスはいまだにありません4)

 実臨床では「過去の数値と比較して数値が2倍以上に上昇する」といった変化が見られたときは,速やかに原因を探索し,早期に介入することが望ましいと思われます。

Answer…BNP/NT-proBNPの治療目標値は個人差が大きく,ガイドラインでは設定不可能です。実臨床では過去の数値との比較に着目するとよいでしょう。

■もう一言

 今回は心不全の診断におけるBNP/NT-proBNPについて述べました。「この数字以上なら心不全で,この数字以下なら心不全ではない」といったような検査でないことに注意してください。またリスク評価においては,BNP/NT-proBNPのわずかな数値の上昇が予後を分けることがわかっており,現在心不全症状がなくても将来再検査するなどの配慮が必要です。

参考文献
1)日本心不全学会「BNPに関する学会ステートメント」(予防委員会委員=斎藤能彦,吉村道博,福田恵一,錦見俊男,佐藤幸人)
2)日本循環器学会「急性心不全治療ガイドライン(2011年改訂版)」「慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版)
3)McMurray JJ,et al. ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure 2012 : The Task Force for the Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure 2012 of the European Society of Cardiology. Developed in collaboration with the Heart Failure Association (HFA) of the ESC. Eur Heart J. 2012 ; 33(14) : 1787-847. doi : 10. 1093/eurheartj/ehs104.
4)Pfisterer M, et al. BNP-guided vs symptom-guided heart failure therapy : the Trial of Intensified vs Standard Medical Therapy in Elderly Patients With Congestive Heart Failure (TIME-CHF) randomized trial. JAMA 2009 ; 301(4) : 383-92.


佐藤 幸人
1987年京大医学部卒。京大大学院修了後,兵庫県立尼崎病院循環器内科医長,京大循環器内科助手などを経て,2007年より現職。日本心不全学会予防委員会(委員長=奈良県立医大・斎藤能彦氏)の委員の一人として「BNPに関する学会ステートメント」作成に携わる。

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