医療における「サンシャイン法」(李啓充)
連載
2013.07.01
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第248回
医療における「サンシャイン法」
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(3031号よりつづく)
「サンシャイン法」と聞いたとき,日本の読者はどんな内容の法律を思い浮かべるのだろうか? 「日照権がらみの法律」を想像される方もいらっしゃるかもしれないが,「サンシャイン法」は,通常,「(政治家などが)これまで密室で行っていた行為を白日の下に曝す」ことを目的とする法律である。
米国で「医療におけるサンシャイン法」がオバマケア(医療制度改革法)の一部として制定されたのは2010年3月のことだった。制定の目的が「働き過ぎで日の光を浴びる時間が短い医師たちの健康を考えて日の光に当たらせる」ことでなかったのは上記の説明で明らかだろう。では,密室で行われるどんな行為を白日の下に曝すことをめざしたのかというと,それは,「製薬会社や医療機器メーカー等が医師・教育病院に対して金品を供与する行為」であった。
密室で行われる利益相反行為を白日の下に曝す
米国医学界において,医療者・研究者がconflict of interest(利益相反,以下COI)に巻き込まれる危険に対する意識・警戒心が強いことについては,以前から本連載で何度も述べてきた(例:第2538号)。ちょっと前まで,COIというと,高名な研究者・臨床家に対するコンサルト料の支払いや証券の譲渡等,ややもすると金額のかさむ行為に注意が集中する傾向があったが,最近は,臨床医に対する酒食のもてなし等金額の小さな「贈与」もCOIを生じさせる危険があるとして,注意の目が向けられるようになってきた。製薬企業等から会合への出席・出張に便宜を図ってもらったり,酒食の饗応を受けたりするうちに,患者についての医師の臨床判断が影響を受ける危険が懸念されるようになったのである。
そういった意味で,COIに対する米国医学界の意識は着々と進化してきたのであるが,特に,米科学アカデミー医学研究所(IOM)が,2009年に「医療関連企業が医師・研究施設に対して行った金品の供与を全米レベルで報告・公開する仕組みを作るべし」とする報告書を作成して議会に提言したことの意義は大きかった。
科学アカデミーの提言を受け,2010年3月に法案が成立する運びとなったのだが,医療におけるサンシャイン法の施行規則が最終決定されたのは,2013年2月のことだった。以下,決定された施行規則に準拠して同法の内容を概略する。
*報告義務を負うのは製薬企業・医療機器メーカー等の「支払い側」。
*報告対象となる「受け取り側」は医師・教育病院。
*報告対象となる行為は10ドル以上(あるいは1年間の総計が100ドル以上)の金品の供与。
*2013年8月1日以降の供与について報告を開始,2013年分のデータについては2014年9月30日に公開する。
*公開データには,供与を受けた医師・施設名,金額,供与の種類(講演謝礼・コンサルト料・食事・旅費・寄付・特許料・配当等の別)が明記される。
ますます厳しくなる米国それとは対照的な日本
実は,連邦法の制定に先立って,医療におけるサンシャイン法は,ここまでマサチューセッツ州はじめ7つの州で独自に制定・施行されてきた。連邦法の施行によってどのようなデータが一般に公開されることになるのかをご理解いただくために,以下に,2009年7月以降のデータについて公開しているマサチューセッツ州の実例を示す(ただし,報告金額の下限は同州の場合50ドル)。
*2011年12月までの30か月の間に医師数延べ1万1734人に対し3万2227件の金品の供与が行われ,総額7670万ドル(約77億円)に達した(2011年に限ると医師数5921人,総額2930万ドル,医師一人当たり4944ドル)。
*供与の種類で最も多かったのは「食事」であった。
*30か月の間に,州の医師免許を持つ医師のうち4人に1人が何らかの供与を受けていた。
*供与を受ける割合がもっとも少なかったのはプライマリ・ケア医(20%未満)であり,高かったのは泌尿器科医(61%),消化器専門医(57%),循環器専門医(46%)等だった。
*一人当たりの平均供与額が最高だったのは整形外科医(1万8446ドル)だった。
*個人としての最高額はニュージャージー州の整形外科医アルフレッド・トリアの94万857ドルだった。某機器メーカーからの「謝礼」が高額であったために首位の栄冠に輝いたのだが,たまたまマサチューセッツ州の医師免許も有していたため,情報公開の対象となった。
以上,今回は,サンシャイン法について紹介することで,COIをめぐるルールが米国で一層厳格になっている事情を説明した。一方,ルールがますます厳しくなっている米国とは対照的に,日本では,COIに対する認識がいまだに遅れている実態が,複数の施設を巻き込んだ降圧薬論文のデータ操作疑惑に関連して明らかとなった。製薬企業の社員が統計処理担当として論文作成にかかわるという明瞭なCOIが存在したにもかかわらず,いずれの研究施設も,同社員の身分を隠したまま(=COIをめぐる情報を開示しないまま)論文を投稿したという。
さらに,日本製薬工業協会が,米国のサンシャイン法施行に追随する形で医療側への資金提供に関する情報を公開しようとしたところ,医療側から異論が噴出したため,公開される情報が当初の予定よりも制限されたと聞いている。降圧薬論文スキャンダルで社会の医療に対する信頼が揺らいでいるいまこそ,信頼を回復するためには,包み隠さず,自ら積極的に情報を公開することが求められていると思うのだがどうだろうか。
(つづく)
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