医学界新聞

連載

2013.03.11

外来診療
次の一手

第12回】「2か月前から咳が続いています……」

前野哲博(筑波大学附属病院 総合診療科教授)=監修
小曽根早知子(筑波大学附属病院 総合診療科)=執筆


3014号よりつづく

 本連載では,「情報を集めながら考える」外来特有の思考ロジックを体験してもらうため,病歴のオープニングに当たる短い情報のみを提示します。限られた情報からどこまで診断に迫れるか,そして最も効率的な「次の一手」は何か,ぜひ皆さんも考えてみてください。


【症例】Aさん 31歳女性

肥満体型。飲酒,喫煙なし。特にアレルギーや既往はない。咳嗽を主訴に来院した。

Aさん 「2か月前から咳だけが出始めました。他のクリニックでは,胸のレントゲンも撮りましたし,風邪や喘息だろうと言われ治療を受けましたが,良くなりません」
Dr. M 「咳が出やすい時間帯はありますか?」
Aさん 「夜に多く出ます。昼はほとんど出ません」
Dr. M 「熱はありましたか?」
Aさん 「いいえ,ありません」

バイタルサイン:体温36.5℃,血圧110/65 mmHg,脈拍80回/分(整),SpO2 98%(RA),呼吸数18回/分。

⇒次の一手は?

■読み取る

この病歴から言えることは?

若年女性の慢性咳嗽の症例である。注目すべき病歴は,他院で気管支喘息の治療をしても病状が好転しなかったこと,夜間に増悪すること,感染症を疑わせるような発熱がなかったことである。慢性咳嗽の非感染性疾患の代表としては,咳喘息,アトピー咳嗽,逆流性食道炎をまず考える。他院での治療内容を確認する必要はあるが,治療に反応しなかったことから咳喘息は考えづらい。

 感染症としては,百日咳,マイコプラズマ感染症,慢性副鼻腔炎,肺結核も鑑別に挙がるが,本症例の場合には咳嗽以外の感冒症状がなく,夜間にのみ症状が出ているので,その可能性は低い。その他,喫煙による慢性気管支炎,肺がん,ACE阻害薬内服も慢性咳嗽の原因に挙げられるが,いずれも病歴からは考えにくい。また,間質性肺炎も同様の症状を呈することがあるが,通常は発熱や胸部X線ですりガラス陰影が認められる。

■考える

鑑別診断:「本命」と「対抗」に何を挙げる?

「本命=逆流性食道炎」。喘息以外で夜間に増悪する慢性咳嗽としてまず挙がる。この患者は肥満体型であり腹圧上昇による発症リスクは高く,就寝時の臥位によって胃食道逆流を容易に起こしやすい状態が予想される。

 「対抗=アトピー咳嗽,百日咳」。アトピー咳嗽と,成人では咳嗽以外の感冒症状がはっきりしない場合もある百日咳は鑑別に挙がるだろう。

 「大穴」としては,典型的な症状を伴わない間質性肺炎,肺結核,肺がん,びまん性汎細気管支炎,気管支拡張症を挙げる。

■作戦

ズバッと診断に迫るために,次の一手は?

「胸焼けはありますか?」

 逆流性食道炎の診断には,胃食道逆流の症状の有無を確認する必要がある。特に臥位など姿勢の変化や,高脂肪食の摂取後の胸焼け症状の確認が重要である。

その後

 患者には胸焼け症状があることが判明し,逆流性食道炎による慢性咳嗽を疑ってPPIを処方した。また,就寝時の頭部挙上,高脂肪食の制限,減量を指示したところ,胸焼け症状が少なくなるとともに咳嗽も減少した。

■POINT

夜間に増悪する慢性咳嗽は喘息だけではない。

つづく

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook