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第2976号 2012年5月7日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第221回

医療制度改革法違憲訴訟

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2974号よりつづく

 無保険社会解消をめざして2010年に制定された医療制度改革法(通称「オバマケア」)に対し,フロリダ等26の州が原告となった違憲訴訟が起こされていることは以前にも述べた通りである(第29512953号)。ここまで,連邦地方裁・控訴審レベルにおける判断は,「合憲」と「違憲」がほぼ同数に分かれてきた。

医療保険加入義務化条項に疑義を呈する最高裁判事

 3月26-28日,同訴訟に決着をつけるべく,最高裁における審理が行われた。最高裁では,審理時間は1案件当たり「1時間」とするのが慣例であるが,オバマケア違憲訴訟については,その重要性に鑑み,「のべ6時間」という異例に長い審理時間が割り当てられた。

 最高裁における審理の実際は,通常の「裁判」とは大きく異なり,「口頭試問」の形式に酷似する。証拠調べや証人尋問が行われることはなく,9人の判事が「試験官」となって,原告・被告双方の弁護士(=「受験者」)に代わる代わる法律上の議論を挑むのであるが,意地の悪い質問をされて弁護士が答弁に詰まったり,答えに窮した弁護士に心優しい判事が助け船を出したり,といった光景が展開されるのである。

 オバマケア違憲訴訟における最大の争点は,「医療保険加入義務化条項(インディビデュアル・マンデート)」である。病気になってから医療保険に加入する,いわゆる「逆選択」を防止するための処置であるが,「政府は,国民に対し,ある商品を購入しろと強制することができるのか?」という問いに対する憲法判断が求められているのである。

 米国では,最高裁判事任命のプロセスが極めて政治的であるため,判事9人の構成も政治的にほぼ色分けされている。民主党政権下で任命されたリベラル派判事4人が「合憲」と裁定することはほぼ確実視されており,オバマケアの命運は,共和党政権下で任命された保守派の5人の判事の中から「合憲」と裁定する判事が現れるかどうかにかかっているといってよい。

 しかし,今回の審理では,保守派の中でも「中間派・穏健派」とされる判事たちが,保険加入義務化条項に疑義を呈する厳しい質問を連発,政府側弁護士が答弁に窮する場面が繰り返された。法律上の疑義をただすためにわざと手厳しい質問をすることもあるので,個々の判事の審理での発言がそのまま最終的裁定を反映するわけではない。とはいえ,「違憲」判断が下される可能性を目の当たりにさせられただけに,オバマケア支持者の間には苦労して成立させた法律が無効化されることについての不安が募っている。

 さらに,今回の審理では,保険加入義務化条項が「違憲」である場合,オバマケアを全面的に無効とすべきか,あるいは,部分的無効にとどめるべきかについても議論が戦わされた。議論の過程で保守派のアントニン・スカリア判事は「保険加入義務化条項はオバマケアの心臓部分。心臓を切り取れば法律全体が死ぬのは当然」とする趣旨の発言を繰り返し,オバマケア支持者を震え上がらせた。

オバマケア全否定の裁定ならば米国医療の大混乱は必至

 そもそも,保険加入義務化条項は,以前にも説明した通り,民間保険業界を保護した上で皆保険制を実現する「本籍保守」の政策であった。大統領に当選するまでは,「公的保険の拡大」を主張してきたオバマとしては,保険業界の支持を取り付けて医療改革を実現するために受け容れた「妥協」の産物であったのだが,最高裁の判断次第では,妥協したことが命取りの結果を招くことになりかねないのだから,皮肉な状況となってしまった。

 オバマケアは全約1000頁に及ぶ大部の法律であり,その条項は,部分的・段階的に施行される段取りとなっている。保険加入義務化条項が発効するのが2014年であるのに対し,すでに,扶養子女の加入年齢上限引き上げ,高齢者外来処方薬給付増,既存疾患を理由とした未成年者保険加入の拒否禁止等,多くの国民が恩恵を被る施策が実施されてきた。

 さらに,オバマケアにおいては,質とコストの両面に責任を持つ新たな統合的医療サービス提供組織,「アカウンタブル・ケア・オーガニゼーション(ACO)」の創設が定められていたが,2012年初めに,32のACOが発足,新制度の「先行」運用が始まっている。「違憲」の判断が下され,オバマケアが全否定された場合,上述した恩恵や新たな医療供給体制の試みがすべてご破算となるのだから,米国医療が大混乱に陥ることは火を見るよりも明らかである。

 最高裁の裁定は,遅くとも6月末までに下される予定となっている。「合憲」と「違憲」,どちらの裁定が下されるのか? そして,「違憲」とされた場合,オバマケアは「全否定」されるのか,それとも「部分否定」にとどまるのか?

 最高裁がどのような判断を下すかは誰にも予測できないため,いま,米国医療界には,将来に対する大きな不安が,暗雲となって立ちこめているのである。

つづく

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