医学界新聞

連載

2011.11.14

在宅医療モノ語り

第20話
語り手:あなたのための擦り込みです 手指消毒薬さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「手指消毒薬」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


手指消毒液の兄弟たち
往診車に住むビックな兄の定位置は,前列シートの間,ハンドブレーキの後ろです。いつも往診鞄にいる手の平サイズの弟が久しぶりに出てきて感動の再会。銀行のおまけだったウエットティッシュさんもほほ笑んでいます。
 急に世間の脚光を浴びた時期が私にもありました。新型インフルエンザが流行したときです。公共施設の自動ドアの近くに門番のように並んだものです。私の主体はエタノールで速乾性があり,水もタオルも必要ありません。優れた消毒効果をウリにしており,プシュッとジェルや霧状の消毒液を手に出して擦り込んでいただきます。

 はい,病院では以前からよく使われていました。病棟で医師が診察や処置を終え廊下に出たらプシュッ,外来で次の患者さんを呼び入れている間にもプシュッ。医療従事者にとってはもう条件反射のようになっているし,その行動を見る患者さんも違和感を持ちません。見舞い客も病室に入るときにはプシュッと協力していました。

 在宅業界ですか? ええ,自分ではかなり活躍しているつもりですよ。昔の映画やドラマに出てくる,医師が洗面器の液体に手を浸し,タオルで拭きながら,「今晩が峠ですな……」のあのシーン。絵になるし,風情はありますが,現実的には準備も後片づけも大変で,消毒効果も私のほうがありそうです。私は手軽さが自慢で往診鞄にはもちろん常備されていますし,車の中にも大きめのボトルがあってすぐにプシュッとできるようになっています。

 在宅医によっては,患者さんのお宅で洗面所を使わせてもらうことも多いようですね。褥瘡の処置をしたり,オムツ換えを手伝ったりしたときは,患者さんのご家族のほうから洗面所に案内してくれます。しかし,洗面所というのはかなりのプライベート空間で,貸すほうも借りるほうも緊張します。洗濯機が回っていることもあるし,家族の歯ブラシから整髪料,コンタクトの小物まで並んでいます。在宅医は生活感たっぷりの小道具はまったく目に入らないふりをして,さっさと石鹸と水道水で手を洗います。手を拭く際は,タオルはお宅のものは使わず,持参したタオルかハンカチを使うのが原則です。

 実際に患者さんは,主治医が診察の直後にそそくさと手を洗いに行く姿をどう感じるのでしょうか? 「汚いものを触ったから,慌てて手を洗いに行った」と思われないように在宅医は気を付けなくてはいけません。その点では,手洗いより私をプシュッとやるほうがハンドクリーム感覚で気が楽です。感染予防的には診察の直後の手洗いや消毒が一番よいのでしょうが,これがなかなか難しい。診察を終え,処方箋を作成しハンコを押して,往診鞄を持って自分の車に戻り,ようやくプシュッと消毒,という医師も多いようです。

 病院であれば,診察の合間に手を消毒する医師を見て,「自分の診察の前にも手をきれいにしてくれるんだ」と患者さんは安心されるかもしれません。しかし,在宅医療の場合は,医師が先に別の患者さんを診察してからウチに来た,次の患者さんも待っている,ということを想像しにくいのではないでしょうか。この手の消毒は,次の患者さんのためでも,医療者のためでもあるのだけど,あなたの身を守るためでもあるのです。と,わかっていただけるように努力しながら,私は毎日プシュッと出され,擦り込まれています。

つづく


鶴岡優子氏
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。

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