医学界新聞

連載

2011.07.25

看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて

【第4回】
組織ルーティンの学習(2)

武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)


前回よりつづく

 多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。


 前回,新人,経験者を問わず,新しく病棟に配属された看護師は最初に,「組織ルーティンの学習」を経験すると述べた。この変化によって,看護師はその病棟で通常起こる出来事に対応する力,効率よくタスクを遂行する力を獲得できる。では,どのような要素が「組織ルーティンの学習」を促すのだろうか。

組織ルーティンの学習の促進要素

 組織ルーティン,すなわち同じ局面でその病棟の大半の看護師がとる行動パターンは,その病棟で有効に機能している組織ルールが可視化されたものである。看護師は,組織ルールに従うことでうまくいったり,逆に組織ルールを守れず失敗する経験によって,組織ルールの有効性を実感し,「組織ルーティンの学習」にいっそう励むようになった。しかしその前から,自ら学習に集中する態勢を作り出していた。

チームの一員になりたい
 新しく病棟に配属された看護師は異口同音に,「早く自分の仕事をきちんとできるようになりたい」「迷惑をかけないようになりたい」「少しは役に立つと思ってもらえるようになりたい」などと話した。チームの一員として役割を果たしたい,認められたいという思いは,組織ルーティンを学習する強い動機となっていた。逆に,チームの一員になることに魅力を感じられない場合には組織ルーティンの学習が進まず,退職に至ることさえあった。

経験者:ここにいたら,自分も先輩たちみたいになっちゃうんじゃないかって。なっちゃったら嫌だなって思って。

疑問と葛藤の処理
 新人は,学校で学んだルールと異なっていても,現場の「生きたルール」として組織ルールを葛藤なく受け入れる傾向があった。

新人看護師:学生のころは,患者さんの話を親身になって聞くってことをすごく強調されたけど,人が生きる上で一番大事なのはやっぱり命だから。今優先するのは,点滴とか,検査とか,あと,リハビリ。リハビリも退院に向けて大事なんで。本当は親身になって話を聞ければいいのかなとは思うんですけど。

 基礎教育で学んだルールが破棄されたわけではなく,新しい価値観や行動規範を学ぶことに集中し,過去に学んだルールの影響力が極端に弱まっている状態だと考えられた。また,違和感のある組織ルーティンを自分なりに理由をつけて正当化することで,そのルールに従う葛藤を解消しようとしていた。それでも解消できない葛藤は,組織ルーティンの中で解決方法を探していた。

 フィールドワークでこんな場面があった。ある新人が,受け持ち患者がシーツに及ぶ便失禁をしたため,先輩看護師とその処理をしていた。お尻拭きで便を拭き取っていたが,軟便が臀部や大腿まで付着しており,1パック使い終わっても,まだきれいにならなかった。2人の看護師は「洗わなきゃダメだね」と言いながら,2つ目のお尻拭きのパックを開けて拭き続けた。2パック目を使い終わり,お尻拭きに便がほとんど付かなくなったことを確認し,新しいオムツを着けた。

 その日は患者数が少なく,病棟は落ち着いていたので,なぜ「洗わなきゃダメだ」と言いながらも洗おうとしなかったのか,不思議に思って尋ねたところ,この新人は苦笑しながら以下のように説明した。

新人看護師:カーデックスを見ても,今日の計画には(陰部洗浄は)なかったんです。本当は洗ったほうがいいとは思ったんです。洗ってきれいにしなければ,オムツかぶれとかができると余計自分たちの仕事が増えることにもなりますし,患者さんの負担も増えますから。

 この病棟では,計画にないケアは行わないのが組織ルーティンであり,彼女も先輩看護師も,陰部洗浄をしたほうがいいと認識はしても,実際に洗浄する行為には至らなかった。彼女は,翌日の看護計画を以下のように修正するという方法で,この葛藤を処理していた。

新人看護師:その代わり,次の日の計画を見て,(陰部洗浄の計画が)入ってなければ,入れておこうって。

 これは極端な事例だが,この新人が翌日の看護計画を立てたことで,葛藤を解決していたのも事実である。

 一方,経験者は新人と比較し,これまでの職場のルーティンとの違いから組織ルーティンに疑問や戸惑いを強く感じる傾向があった。「郷に入っては郷に従えと言いますから」「ここでは,まだ一人前に動けないので,まずは黙って覚えます」と疑問を一時保留し,まずは組織ルーティンの学習に集中しようと努めていたが,疑問や葛藤を抱えたままのことも多かった。

組織ルーティンの学習は適応過程

 このように,新参者は,個人的な経験や教育,前職場で獲得した固有ルールをいったん保留し,組織ルーティンに対する疑問や葛藤を処理しながら,組織ルーティンを学び習得することに集中していた。組織ルーティンの全面的な受け入れは一見,専門職として思考しないまま,集団に迎合しているようにもみえる。しかし,組織ルーティンは病棟に蓄積された知識や技術であり,各組織ルールは絡み合って機能しているため,無批判に組織ルーティンを受け入れることは,これらの実践的な知識・技術を効率的に獲得し,その病棟で早く一人前になる有効な手段だと言える。

 看護師は組織ルーティンの学習により,無数のルールからその都度行動選択するストレスから脱することができる。また組織ルーティンを正当化することで,それに従って行動するときに強い葛藤を経験しないで済む。自分が大切だと思う固有ルールを実施する時間を確保するためにも,その病棟の効率的なタスク遂行方法を身につけることが必要となる。「組織ルーティンの学習」は看護師にとって,大切な適応過程だと言える(図)

 適応過程としての「組織ルーティンの学習」

学習の進行と達成感の変化

 さて,組織ルーティンの学習が進むとき,看護師の仕事の感覚はどのように変わるのだろうか。

一人前に近づくことでの達成感
 配属されて間もないうちは,割り当てられたタスクを順調に遂行し,その病棟の一人前に近づくことで達成感を得ていた。

新人看護師:朝,今日1日の予定をみて,大体こうやっていこうって計画するんですけど,それがスムーズにできて,何も問題なく進めば,「ヤッター,今日はよくできた」と思いますね。

固有ルールを少し実現することでの達成感
 組織ルーティンの学習が進んだ段階では,タスクを順調に遂行することに加えて,自分が大切に思っている固有ルールを少しでも実現できたときに達成感を得ていた。

経験者:患者さんと約束した時間に予定どおりにケアができて。処置の合間をぬって,患者さんのベッドサイドに座って20分ぐらいお話もできて。自分がそのうちつっこんで話したいなって思っていた話とかができて。そういう日はうまくいった日だなって思う。

日常化による充実感の色あせ
 しかし,組織ルーティンの学習をほぼ終えた看護師は,タスクを予定どおり遂行し,余裕のあるときに大切に思っている固有ルールを実現できても,そこに大きな喜びを見いだせなくなっていた。次の事例のように,焦燥感や葛藤に悩むこともないが,達成感や充実感を持てない状態が続いた。

経験者:やりがい,達成感は特別ないですかね。できなかったとは思わないけど,ただ仕事が終わったーって感じ。まあ,予定どおりにやれれば,よかったなとか思いますけど。あとは,余った時間で何かできた,とか。今日だったら,寝たきりのAさん,お風呂入れた,とか。

 組織ルーティンの学習の終盤では学習機会も減り,余裕があるときの行動選択に個性が出るものの実践スタイルはほぼ固定される。組織ルーティンの学習だけでは,病棟に新しい看護はもたらされず,看護師の達成感もやがては色あせてしまう。

 次回は,第2の変化,「組織ルーティンを超える行動化」を紹介したい。

つづく

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