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第2936号 2011年7月11日


循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第15回】
心電図のレッドゾーン"ST上昇"(その3)
スパズムはこの世に存在しない!?

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 筆者はとても狭量であることを,まず告白せねばなりません。

 あるとき胸痛でSTも上昇している方に遭遇しました(心電図(1))。

 この方は,胸痛の軽快とともに心電図変化も正常化(心電図(2))し,念のため行った冠動脈造影もクリーンで血栓も何もありませんでした。

担当の研修医曰く,

「これはスパズムですかね」

往時の病棟医長曰く,

「そうだね,スパズムだね」

筆者曰く,

「スパズムなど存在しませんよ」

 この躊躇ない発言で思わずカンファレンスの時間を止めてしまいました。

 一般的にスパズムというのは冠動脈攣縮による狭心症(vasospastic angina ; VSA)を指し,日本の教科書では異型狭心症として必ず登場し医師国家試験にも出題されています。その特徴は,

(1) 喫煙者に多い
(2) 血管内皮機能が障害され,過収縮する
(3) 一酸化窒素合成酵素(eNOS)の遺伝子多型も関係
(4) アセチルコリンの冠動脈注入で誘発(カテーテル検査)
(5) 硝酸薬・カルシウム拮抗薬で治療

 ですが(文献1),米国から戻ったばかりの当時の筆者はスパズム症例を本当に一例たりとも経験していませんでした。いや,一例だけ経験していましたが,それは移植症例で除神経された心臓だったので,ノーカウントです。

どういうことでしょうか?

 人種の違い,食ベ物の違いですか? 確かに虚血性心疾患の有病率には数倍の開きがあり,米国の死因No. 1は圧倒的に心筋梗塞です。しかし,それだけでは説明がつかないほどのギャップではないでしょうか? だいたい10年間米国にいて(内科・循環器の研修の7年を含む)循環器の代表的症例を「一例も経験しない」というのは問題です。国試に通りません。

カテーテルか? 核医学検査か?

 このVSAの経験の差は,胸痛症例に対するアプローチの違いを物語るものではないかと筆者は考えます。胸痛で虚血性心疾患が疑われた場合に日本で一番手軽に行われる検査は,ハッキリ言ってカテーテル検査です。他科に頭を下げる必要もなく(くどいようですが循環器内科医はプライドが高いのです),カテーテル室さえ空いていれば循環器内科単独で行うことができ,待ち時間もおそらく最短です。その流れで冠動脈を造影し何もなかったら,「症状があるのにこれはおかしい」ということになりませんか? すると,「アセチルコリンを打ち込んで誘発してみよう,ほらスパズムだった」ということになりがちです。

 一方米国では,虚血性心疾患疑いの患者さんがあまりにも多いなか循環器専門医は少なく,事情は日本と大きく異なります。すべての患者さんにカテーテルはできませんし,万が一合併症が起こったときの訴訟リスクも半端ではないので,侵襲的な手技を行うにはそれなりの理由が必要です。そこで,ほとんどの症例で先行して核医学検査が行われます(図1)。そこで安静時と負荷時のミスマッチが存在し,虚血が証明されて初めてカテーテル検査に進むわけです。この過程をたどって冠動脈造影して何もなかったら,核医学検査の偽陽性ということで話は終わります。造影で見えないような2 mm以下の血管の障害(微小血管障害)とも考えられますが(図2),どちらかといえばGERD(胃食道逆流)と処理されるケースが多かったような気がします。

図1 冠動脈造影が正常であった場合の日米の胸痛評価
A:日本の場合,核医学検査を行わない例が多く,カテーテル検査の際にアセチルコリン負荷を行いVSAの誘発を試みる(緑色矢印部分に狭窄が起こっている)。
B:米国では核医学検査が行われる例がほとんどなので,微小血管障害(もしくは胃食道逆流)と診断される。アセチルコリン負荷は行わない。

図2 冠動脈造影像の模式図
多くの心筋領域が微小血管によって栄養されている。

冠動脈が正常な狭心症の二面性

 図3は「ルビンのつぼ」と呼ばれるだまし絵です。見る人によってつぼに見えたり,人間の横顔に見えたりするこの絵のごとく,冠動脈が正常な例の胸痛でも,カテーテルを先に行えばアセチルコリン負荷試験を行ってVSAと診断され,核医学検査を先にやれば偽陽性で微小血管障害と診断される,というのがスパズム経験ゼロの循環器内科医をつくり上げたのだと思います。それでも問題がなかったのは,VSAの予後が一般に良好だからでしょう。

図3 ルビンのつぼ

 さて,そんな筆者も帰国して3年が経ち,スパズムの症例を数多く経験しました。外来でカルシウム拮抗薬を処方することにも良心の呵責を感じません(米国では微小血管障害に対してβ遮断薬を処方する)。今回は,言ってみれば紙面一枚を使っての壮大な言い訳なのですがどうかご容赦ください。次回はST上昇を来す疾患としては些か異端ですが,Brugada症候群を扱いたいと思います。

POINT

●冠動脈攣縮によって大きな血管が一過性に完全閉塞するとSTが上昇する。
●スパズムはカテーテル検査によるアセチルコリン誘発試験で診断され,日本人に多くみられる疾患。
●米国でスパズムが少ないのは,核医学検査が先行し,VSAが眼中にないから(かもしれない)。

コラム 虚血の記憶(Ischemic Memory)

 心臓は通常脂肪酸を主なエネルギーにして収縮しています(70-80%)。これはカラダの中でも珍しいケースで,ほとんどの臓器はをエネルギーにしています。糖は効率的なエネルギー源で解糖系(嫌気系)からクエン酸回路(好気系)と電子伝達系(好気系)を利用して,糖1分子から30以上のATPが作り出されます。脂肪酸のβ酸化(超好気系)はさらに効率的にATPを作り出すことができ,例えばパルチミン酸1分子からは実に130個ものATPが作り出されます。

 ただ,このβ酸化は大量の酸素を消費するのと代謝のスピードが遅いので,血流が豊かで単純な収縮/拡張を繰り返す心臓にはうってつけですが,脳や肝臓のようなクイックな代謝を要求する臓器の賄いには適していないようです(これらの臓器は糖を食べます)。しかし,緊急事態が発生して血液(酸素)が送り込まれなくなると,心筋細胞も背に腹はかえられず,糖をエネルギーとして使い始め(嫌気系である解糖系),しばらくの間脂肪酸の代謝はストップします。この現象を利用して虚血部位を拾ってくるのが,心筋脂肪酸シンチグラフィという検査です。これは例えば,数日前に胸部症状があり,それが虚血による症状だったのかを判断しなくてはならないときに有用です。実際に心筋が(虚血で酸素不足になって)糖を使うほどの緊急事態に陥っていたのならばその部分に脂肪酸は取り込まれず,画像で黒く抜けます。もしも虚血現象が起こっていなかったのであれば,順調に脂肪酸が取り込まれているはずです。

 この検査は日本で開発されたものですが,BMIPPという脂肪酸に放射性同位体125をラベルした分子([125I]-BMIPP,右構造式)を注射します。今回話題に挙げたような冠動脈攣縮や血栓が溶けてしまった場合の虚血現象の診断に有用だと思いませんか?

つづく

参考文献
1)小川久雄,他.循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006-2007年度合同研究班報告)冠攣縮性狭心症の診断と治療に関するガイドライン.Circ J. 2008 ; 72(Suppl. IV) : 1195-252.

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