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第2932号 2011年6月13日


循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第14回】
心電図のレッドゾーン"ST上昇"(その2)
Door-to-Balloon Timeの呪縛

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 「Open Artery Hypothesis」という虚血性心疾患の治療の中核を成す概念があります。これは現代循環器内科学の父,Eugene Braunwald医師(ハリソン内科学の編者)が提唱した概念ですが,乱暴に言えば,「血管が詰まったら開けてしまえ」ということです。もともとはイヌの実験で,糸で心臓の血管を結紮すると約6時間後から同心円状に心臓の筋肉が壊死し広がっていくことから提唱された考え方で(図1),虚血性心疾患の治療に当たってはその不可逆的な壊死が始まる前に血液を再灌流させることを一番に考えましょう,ということです。さらに,その後の研究から,この再灌流の時間が早ければ早いほど,短期的にも長期的にも予後が実際に良いことがわかってきました。

図1 イヌを用いた動物実験の結果
左前下行枝を結紮してからの時間が長くなれば長くなるほど梗塞巣(左上部の白い部分,矢印参照)が大きくなっていく様子を示している。

 心電図におけるST上昇とは,例外はありますが(連載第12回参照)STEMI(ST-elevation MI)を最初に考える必要があり,冠動脈が数分から数時間以内に突然,完全閉塞したということを示唆します。イヌでは約6時間でしたが,人間だと約12時間が限度で,そのくらいの時間で不可逆的な梗塞が完成してしまいます。Open Artery Hypothesisによると,酸素不足であえぐ心筋細胞を一つでも多く救うためには,詰まった血管をできるだけ早く開いて,酸素たっぷりの血液を再び送り込まなければいけません。

 STEMIで詰まった血管を再灌流させるために最も効果的な方法は,直接バルーンで広げるPCI(いわゆる冠動脈インターベンション)です。tPAなど線溶系薬剤を流す方法もありますが,成績が若干劣り出血の合併症(約5%)も無視できないため,現在わが国ではほとんど用いられることがありません。そして,このPCIが病院内でどれだけ迅速に行われたかを示す指標がDoor-to-Balloon Time(DTB)と呼ばれるものです。

Door-to-Balloon Timeとは?

 DTBとは,STEMIの患者さんが救急外来のドアを開けて病院に到着してから,カテーテル室に運ばれて最初に詰まった血管の中のバルーンを広げるまでの時間です。早ければ早いほど良さそうですが,確かにいろいろなデータをみてもDTBが短いほど院内の死亡率や合併症を起こす確率は下がります(図2)。このデータを受けて欧米のガイドラインが推奨するDTBのカットオフは90分です(class I)。

図2 DTBと院内死亡率との関係
短期的な予後だけでなく1年後生存率もDTBが30分延びるごとに7.5%低下する。破線は95%信頼区間。(Rathore SS, et al. BMJ. 2009 ; 338 : b1807より転載)

 なお,興味深いことに個々の症状の発症からバルーンまでの時間(Symptom-to-Balloon Time)ではDTBほどハッキリした予後との相関は示されていません。救急車を呼ぶほどの症状が起きたタイミングがちょうど冠動脈の閉塞が起きたとき,ということなのでしょうか?

Door-to-Balloon Timeの意義

 さて,このDTBを尊守することは,

 「患者さんが症状を自覚して救急車を呼ぶまでにできることは限られているが,いったん院内に運ばれたらそこから先は医療サイドとしてできる限りのことをする」

という考えから来ています。しかし,ガイドラインに90分という数値が記載された2004年ごろに米国でその目標を達成することのできた施設はわずか15%で,症例ベースでも全体の35%以下であったといいます。そこで,(1)胸痛患者は10分以内に心電図を取る,(2)救急車の中からモニター心電図を伝送してもらう,そして(3)救急医がプライドの高い循環器内科を通さず直接カテーテル室をコールする,といったさまざまな改善努力が行われ,現在ではほぼすべての施設で達成可能と謳われるに至りました。実際2008年度のデータでは,症例ベースでDTB 90分以内の達成率は75%程度とされています(文献1)。

病院の通信簿

 また米国で,「DTBを90分以内に」という指標にこれほどまでに注目が集まったのは,「医療サイドとしてできる限りのことをする」という前述のキレイゴトもさることながら,DTBがその病院の医療の質,つまりパフォーマンスを表しているととらえられているからです。DTBのほかにも病院のパフォーマンスを表す指標はいくつか設定されていますが(),その達成率によっては公的保険の支払いがカットされたり,JCAHOによる病院認定を取り消されたりします。一方,それを逆手にとってDTBを病院の宣伝に使う施設も現れています。

 病院の質の評価項目(2002年版)
急性心筋梗塞
 アスピリンを病院到着時に投与
 アスピリンを退院時に処方
 ACE阻害薬を左室機能低下例に処方
 禁煙指導
 β遮断薬を病院到着時に投与
 β遮断薬を退院時に処方
心不全
 退院時に生活指導
 左室機能を評価
 ACE阻害薬を左室機能低下例に処方
 禁煙指導
肺炎
 抗菌薬を病院到着時から4時間以内に投与
 ガイドラインに準じた抗菌薬を投与
 血液培養を24時間以内に施行
 血液培養を抗菌薬投与前に施行
 インフルエンザワクチン投与・スクリーニング
 肺炎球菌ワクチン投与・スクリーニング
 禁煙指導
 酸素化の評価
外科感染症予防
 執刀前1時間以内の抗菌薬投与
 ガイドラインに準じた抗菌薬投与
 予防投与した抗菌薬を24時間以内に中止
「DTB(90分以内)」は急性心筋梗塞に追加された。

 最近ではそれが行きすぎてしまい,DTBに代表される各指標が一人歩きを始め,とにかく短くすればよいという考え方も生じ若干問題となっています。具体的には,胸痛であれば着替えの途中でも,トイレに行っていてもとにかく心電図をとってしまい,エコーなど他の検査はすっ飛ばして,循環器内科医は患者さんを診ずにカテ室で待機していればよい,などといった極端な考え方で経営を行う病院もあります。そして,そのうわべだけの対応が必ずしも患者さんの予後改善につながっていないことが指摘され始めているのが現状です(文献2)。

 当然といえば当然なのですが,DTBは発症から来院までの間隔が短かった患者さん,そしてリスクの高い患者さんで重要となる指標です。TPOを考えて使うべき指標を一般化しすぎると思わぬ弊害が生じることになりますが,これは他のパフォーマンス指標にも言えることです。いろいろなデータをみても,例えば保険の支払いをカットするという「罰則」は,短期的には効果があっても長期的にはあまり意味がないということも近年わかってきました(文献3)。

今後をにらんで

 今回はSTEMIに対するDTBから,医療の質の評価を少し考えてみましたが,何事も過ぎたるは及ばざるが如し,という印象を持たれたかもしれません。しかし,こうした医療の質を表す指標は各方面(特にPayer)から注目を集めており,循環器疾患はよく槍玉に挙げられます(データが多いためでしょうか?)。今後わが国でもこうした指標は広く用いられるようになることが予測されますが,どういった方向に向かうのか見守る必要があるでしょう。理想的には,各施設が自前の客観的なデータを持って議論を進めていくことが必要だと筆者は思っています。

JCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations)は行政組織に属さない独立した非営利団体であり,その認定を受けることが公的および民間の医療保険の指定の有無を左右し,保険当局の監査省略の特典が付与されることもある。

POINT

●ST上昇→STEMI→DTB 90分以内。
●特に発症後すぐの人や,リスクの高い人でDTBは大事。
●DTBは病院の「評価」でもありますが,うわべだけの対応に陥らないように!

つづく

参考文献
1)Bradley EH, et al. National efforts to improve door-to-balloon time results from the Door-to-Balloon Alliance. J Am Coll Cardiol. 2009 ; 54(25) : 2423-9.
2)Wang TY, et al. The dissociation between door-to-balloon time improvement and improvements in other acute myocardial infarction care processes and patient outcomes. Arch Intern Med. 2009 ; 169(15) : 1411-9.
3)Campbell SM, et al. Effects of pay for performance on the quality of primary care in England. N Engl J Med. 2009 ; 361(4) : 368-78.

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