医学界新聞

対談・座談会

2011.02.21

対談

看護職に国際的視点はなぜ必要なのか

小林米幸氏(小林国際クリニック 理事長・院長)
近藤麻理氏(東邦大学医学部 看護学科教授)


 2009年の看護基礎教育カリキュラム改正において「国際看護学」がクローズアップされるなど,今や看護職にとって国際的視点は欠かせないものとなった。国際看護を「諸外国で保健医療活動を実践すること」ととらえる人もいるかもしれない。確かに,国際協力は高度な知識・技術を持つ日本の看護職が担える重要な役割だ。しかし,「国際的視点」を持つ意義はそれだけだろうか。

 本紙では,このほど『知って考えて実践する国際看護』(医学書院)を上梓した近藤麻理氏と,日本国内で外国人医療に長年携わっている小林米幸氏による対談を企画。看護職に求められている「国際的視点」とは何か,国際化が進む日本で看護職がなすべきことは何か,あらためて考えたい。


近藤 私は,看護職が日本で質の高い看護を行うには国際的な感覚が不可欠だと考えています。なぜなら,看護の対象は「人間」であるからです。

 ICN(国際看護師協会)の倫理綱領の前文には「(前略)看護ケアは,年齢,皮膚の色,信条,文化,障害や疾病,ジェンダー,性的指向,国籍,政治,人種,社会的地位を尊重する」と書かれています。看護倫理を守るという観点からも,私たちは日本で暮らすすべての人に対する看護を,常日ごろから念頭に置いていなければいけないのではないでしょうか。しかし実際には,「看護の対象は日本人(だけ)」というイメージがいつの間にか刷り込まれているような気がするのです。

小林 現在,日本における外国人登録者数は218万人に上るとされています。これは全人口の1.7%にも相当する数ですが,依然として日本に在住している外国人に対する関心は低い,あるいは特別視されているのが現状です。医療も例外ではありませんね。

 私は1990年のクリニック開設以来,延べ約5万人の外国人の診療を行ってきました。外国人は,自分たちが日本人にどう思われているかを嫌というほど知っています。ですから,医療機関で「あら,外国人が来たわよ」と煙たがられると,二度とその医療機関を受診したくないという話も聞きます。

近藤 実際に日本でそういう嫌な思いをしている外国人がたくさんいるんですよね。私が外国で生活していたときにも嫌なことはありましたから,どこの国でも外国人や異文化に出会うと否定的にとらえてしまう人はいるのでしょうね。

 しかしなぜ,外国人の患者さんに対して否定的な態度をとるのでしょうか。

小林 外国人の患者さんを診たことがないから怖いという人から,大変な思いをしなければいけないのなら外国人には日本に来てほしくないという人までさまざまです。

近藤 つまり,外国人を診ること自体が面倒であると?

小林 大学で講義をすると,そんな極端な感想を寄せる学生もいます。しかし,私たち医療職はプロとして仕事をしているわけですから,法律上でも正当な理由がなければ診療は拒めないのです。

 では,どうすればよいのか。外国人の患者さんに「日本語で話してください」と言うのも不可能ではないけれど,自分が外国で病気になったときのことを想像すれば,いかに愚かな要求かわかるでしょう。逆に言えば,私たちが診療しにくいと感じるのは,「自分たちこそ正しい」と主張する人たちですよね。重要なのは,互いの考え方や文化,習慣を認め合いながら,その方にとって最善の治療を共に考えていくことではないでしょうか。

危機管理として外国人医療を学ぶ

近藤 小林先生は,1991年に外国人向けの医療相談窓口としてAMDA国際医療情報センター(以下,センター)を開設し,現在も理事長をなさっています。

小林 センターを設立したきっかけは,クリニックを開設して以降,多くの外国人から医療に関する相談を受けるようになったことです。センターで電話相談や電話通訳を受け付けることで,外国人も日本人と同様に適切な医療を受けられるように支援したいと思い立ったのです。

近藤 私も1992年から1年半ほどセンターに勤務し,日本で暮らす外国人が置かれている状況を初めて目の当たりにしました。当時は「○○語のできる病院を教えてください」というような,外国人からの問い合わせが多かったですね。現在は,どのような相談が多いですか。

小林 医療機関,特に医療ソーシャルワーカー(MSW)からの電話通訳や通訳派遣の依頼が増加しています。MSWは,医師や看護師から相談を受けるなどして外国人が抱える問題に直接向き合う機会が多いためか,外国人医療に大きな関心を持っています。一方,医師や看護師は関心を持たないままになっているように思います。

近藤 医師や看護師は,外国人患者の問題をMSWに委ねてしまうことによって,その人が社会のなかで何に困っているのか,目を向ける機会を失っているということでしょうか。

小林 その通りです。しかし,医療職が外国人医療に関する正しい知識を持っておくことは非常に重要なのです。例えば,外国人医療における最大の問題は,医療費の未納です。医療職が患者に対してでき得る限りの治療を行いたいと思うのは当然ですが,経済状態など患者が置かれている状況を知らないままにその場限りの対応を行うと,結果的に医療機関の経営を圧迫してしまう場合もあるのです。このような問題を回避するために有用なのが,外国人が利用できる福祉制度などについての知識です。

近藤 加えて,言葉の壁もネックとなりますね。正しく伝えられずに誤りが起こるかもしれないという点でも,慎重でなければいけません。

小林 私たちが英語がわからないときに「Yes」と言うように,外国人も日本語が理解できないとすぐに「ハイ」って言いますよね。しかし,術前の承諾書や予防接種の際の問診など,患者さんにきちんと説明して承諾してもらわなければ,何か事故が起こった場合はその医師や看護師の責任となります。訴訟問題など,不幸な事態に巻き込まれないためにも,文化・習慣,考え方にはどんな違いがあるのか,どのような場合にトラブルを招く可能性があるのかを知り,各医療機関で受け入れ体制を整えておくことが重要です。そのために,いわば危機管理の学問として,外国人医療について積極的に学ぶ必要があるのです。

 これまでそのような体制がとられてこなかった背景として,日本の医療に足りないと指摘されてきたインフォームド・コンセント,人権尊重という考え方があらためて浮き彫りになってきます。

近藤 外国人であれ日本人であれ,人権を尊重し患者の生命を守るために,異文化を理解するという姿勢や努力が,包括的な意味での「危機管理」として役立つということですね。

メディカル・ツーリズムをチャンスとして生かす

近藤 私は20年ほど前にメディカル・ツーリズムの先進国として知られるタイに住んでいました。タイ有数の医療機関であるバンコク病院では,宗教,言語,食事など,それぞれの患者さんのニーズに対応できるような体制が当時から整っていました。例えば,日本人には日本食が出るし,日本に留学経験のある医師や看護師と日本語で会話ができるし,避難経路も日本語で書かれている。今,日本ではメディカル・ツーリズムの機運が高まっていますが,そのような対応は可能でしょうか。

小林 難しいでしょうね。ただ,タイの病院の経営母体は株式会社なので,外国人の患者さんを受け入れることで利益を上げるという別の狙いもあるんです。日本の場合は,法務省の政策もあって不法滞在者が大幅に減少した結果,医療機関を受診する外国人は以前に比較するとはるかに高率に日本の健康保険に加入していますから,医療費は日本人と変わりません。

近藤 そうすると,メディカル・ツーリズムを推進すれば儲かるというような短絡的な考えではなく,医療制度や経営体制などの問題も含めて,日本の医療や看護を見つめ直すチャンスとしてとらえたほうがよいのかもしれません。

小林 メディカル・ツーリズムのターゲットとして期待されている中国に限定した話をすると,中国の医療は近年急速に進歩していますから,日本でなければできない医療は少なくなってきています。また,先ほどもお話ししたように,言葉の問題もありますよね。タイやシンガポールでは将来を見据え,以前から英語や北京語の教育を推進してきました。華僑も多く住んでいますから,中国本土からの患者と通訳を介さずに話すことが可能です。それに加え,日本よりもはるかに物価が安いことを考えると,日本にとっては厳しい状況であることは事実です。とは言え,外国人医療に目が向き始めたのは歓迎すべきことですから,外国人医療の充実を図るチャンスとして,この機会を十分に利用したいと思っています。

外国人の同僚を迎える日

近藤 日本は超高齢社会を迎え,年々労働人口が減少していますから,労働力を外国人に頼ることも現実問題として考えるべき時期に来ています。医療界も例外ではなく,経済連携協定(EPA)により,現在インドネシアとフィリピンから看護師,介護士の候補者が来日し,医療現場で働いています。

小林 EPAにおいて私が懸念しているのは,候補者たちの国家試験の合格率が非常に低いことから,相手国に合格率を上げてほしいと要望されていることです。私は,医療の根幹にかかわる問題を政治主導で決定すべきではないと思います。

 日本の医療現場は,外国人の同僚を受け入れる準備ができていない。同僚として共に働くのであれば,まず彼らの文化や習慣,考え方をよく知る必要があります。一例を挙げると,近藤さんはタイで生活していたからよく知っていると思いますが,タイやフィリピンでは大勢の前で恥をかかされることを非常に嫌いますよね。

近藤 日本人スタッフ間では当たり前の助言や間違いに対する指摘も「侮辱された」と感じ,大きな禍根となるかもしれません。だからといって「さわらぬ神に祟りなし」では,日本の看護職は日本人としか働けないままです。いつまでたっても「多様性の共存」は見えてきません。

小林 1つひとつは小さな齟齬でも,積み重なると患者さんの不利益になるようなトラブルが起きる危険性もあります。日本人が彼らについて学ぶのと同様に,日本で働く外国人にも,現場に出る前にある程度時間をかけて日本人の考え方,文化,組織の仕組みなどについて理解してもらうことを,決して疎かにしてはいけないと思います。

■何のための「国際看護」なのか

近藤 看護基礎教育にあらためて目を向けると,近年確かに「国際看護」や「災害看護」など,広い視野に立った科目が増えてきました。しかし一方で,いまだに「国際看護」と言うと「外国で援助活動をする」という誤解があるように思うのです。

小林 私が大学で国際医療について講義をする際に求められるのも,はじめは外国での医療協力活動の話です。諸外国が抱える問題について知ることはもちろん重要ですが,学生にとってまず必要なのは,日本国内の外国人医療について知ることです。

近藤 「私は外国に行くつもりがないから,興味が持てない」「国際的な活動をしたことがないので関係ない」という学生や教員は,意外と多くいるものです。こういう思い込みがネックとなって,本当の国際看護をなかなか理解してもらえない。根気強く,丁寧に説明し続けるしかないと思っています。せめて,看護教育者にはきちんと理解してほしいです。

小林 学生たちは自分の問題として認識できなければ興味を持てないのかもしれません。先日,大学院で講義をする機会があったのですが,そのときに熱心に質問してきたのは,実際に外国人医療にかかわり,対応に苦慮している行政の保健師たちでした。

近藤 外国人医療を現実感を持ってとらえてもらうには,頭の柔らかい学生時代に臨床現場に出て,外国人患者への具体的な対応方法を発想できるようにしたり,私たちが外国人と共に暮らしていることを認識する機会を持ったりすることが最低限必要です。

小林 今の学生は医療が置かれている状況に敏感ですから,訴訟問題にも非常に関心が高いです。ですから,「知らないと自分が困るんだよ」というメッセージを伝えるのも一案かと思います。だからといって「訴訟をされなければいい」のではなく,互いを理解し合えないことで不幸な結果を招くことのないように,よりよい医療の実現をめざしていくということです。

近藤 根底にあるのは,先生がずっと掲げている「人権の尊重」ですよね。日本人も外国人も関係なく,「すべての人権を尊重し擁護する」という姿勢を医療職が本当に持っているのかが,今問われているのではないでしょうか。

日本から世界へ

小林 私は,日本に在住する外国人の医療において,プライマリ・ケアを担う開業医が担う役割は非常に大きいと考えています。しかし,外国人医療に関する知識を持たないままに外国人を受け入れるとなると,さまざまな混乱を引き起こし,開業医を外国人医療からかえって遠ざけてしまいかねません。そのため,地域の医療職と住民の双方に有用な情報を提供すべく,医師会の活動にも積極的にかかわっています。

 その活動の1つに,2007年に大和市医師会に設置した「外国人医療対策委員会」があります。健康や医療に関する情報は日本語で書かれていることが多いため,制度は整っていても利用できない外国人が非常に多いのです。ですから,通訳を配置した特定健診・がん検診に関する説明会を開催したり,外国人の目につきやすい飲食店にインフルエンザ対策のチラシを貼ってもらったりするなど,地域密着型の情報提供を行っています。

近藤 素晴らしい取り組みですね。

小林 先日,大和市在住の外国人に「ここに住んでよかった」と感謝されたんです。そうやって自分の存在価値を見つけられるとうれしいですね(笑)。

近藤 私たちはまったく悪気なく,ついつい日本人だけで暮らしている気になってしまう。でも,ほんの少し国際看護の知識が増えることで,異文化への違和感や面倒くささは少なくなるのではないでしょうか。そうして,日本から世界を見つめることで,若い世代には国際機関などでの仕事も視野に入れ,グローバルな健康課題に取り組む力を伸ばしていってほしいです。

小林 外国人は言葉も習慣も見た目も考え方も違うけれど,人間としての尊厳は同じです。だからこそ,日本人と同様に適切な医療を提供するにはどうしたらいいか,真剣に考えるべき時期が来ていることをあらためて強調し,本対談を終えたいと思います。

(了)


小林米幸氏
1974年慶大医学部卒。同年同大病院外科研修医。大和市立病院,日本赤十字静岡病院,佐野厚生総合病院などを経て,82年大和市立病院外科医長,内視鏡室長。85年インドシナ難民大和定住促進センター嘱託医(兼任)となり,外国人が適切な医療を受ける難しさを実感し,90年に小林国際クリニックを開設。同クリニックは英語,韓国語,タガログ語など6か国語に対応しており,月200-300人の外国人が受診する。91年AMDA国際医療情報センターを設立。著書『医師・看護師・コメディカルに役立つ外国人患者への外来対応マニュアル』(永井書店)では,外国人医療におけるトラブル事例を多数紹介している。

近藤麻理氏
1985年川崎医療短大第一看護学科卒。88年和光大人間関係学部卒。89-92年タイ国,94-98年米国で暮らし,この間現地日本人学校の教諭やAMDA国際医療情報センターの事務局などを務める。99年よりコソボ(旧ユーゴスラビア)難民緊急救援活動に従事。2001年兵庫県立看護大附置研講師,05年岡山大准教授などを経て,10年より現職。08年より中国武漢大大学院客員教授。岡山県看護協会「災害看護基礎編・実務編」講師を務める。兵庫県立看護大大学院修了(博士:看護学)。『看護教育』誌(医学書院)の連載「誌上講義 国際看護学」(Vol.50, No.1-12)では,学生参加型の授業展開を紹介し好評を得た。

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