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第2911号 2011年1月10日


『JIM』創刊20周年記念 公開症例検討会

ティアニー先生の診断アプローチ


 公開症例検討会「ティアニー先生の診断アプローチ」が11月14日,医学書院(東京都文京区)にて開催された。「診断の達人」「鑑別診断の神様」とも呼ばれ,米国を代表する内科医であるローレンス・ティアニー氏(カリフォルニア大サンフランシスコ校)。名匠の鑑別診断の技を直に学ぼうと,全国から80人を超える医学生・研修医が集まった。

 本紙では,ティアニー氏が病歴から診断に至る思考の流れを惜しみなく披露した講演のもようをお届けする。


経験は最もよい教師

ローレンス・ティアニー氏
 ティアニー氏が,診断に至るプロセスにおいて最も重視していること。それは,日々の診療から得る経験だという。講演の前半で行われた「公開症例検討会」(症例呈示=金沢大・松村正巳氏,通訳兼コメンテーター=サクラ精機(株)学術顧問/感染症コンサルタント・青木眞氏)では,ティアニー氏が1人の患者の病歴をどうとらえ,鑑別診断を挙げて診断を絞り込んでいくのか,そのプロセスが明快に示された。

 今回,呈示された症例は,「11か月続く乾性咳嗽,10か月続く微熱と3週間続く嗄声を主訴として来院した若年女性」というもの。松村氏から順に示される病歴や身体所見をもとに,ティアニー氏が次々と疑わしい疾患を挙げていく。氏は鑑別診断を行う際はいつも,系統的に疾患を分類した「11のカテゴリー」に当てはめながら考えていくという。講演では,カテゴリー分類の最初の5つ((1)血管性疾患,(2)感染症,(3)腫瘍性疾患,(4)自己免疫性疾患,(5)中毒/代謝性疾患)が日常診療で遭遇する疾患の95%を占めることから,まずはこれらをおさえてほしいと強調。この5つに当てはまる疾患を挙げながら検討を進めていった。

 氏は,与えられる病歴や身体所見から,"嗄声は鑑別を絞りやすい"など鑑別診断に結びつきやすい(High yield:得るものが多い)情報とそうでない情報を,その背景にある病態生理を解説しながらふるいにかけていく。また,適宜紹介される氏の経験に基づくさまざまな臨床上の"知恵"には,多くの聴衆が引き付けられていたようだ。その知恵を一つ挙げると,「体重減少がみられた症例が100例あった場合,そのうち95例は(1)癌,(2)甲状腺機能亢進症,(3)結核,(4)糖尿病,(5)HIV/AIDS,の5つが占める」とのことだ。

 病歴や身体所見から可能性がある疾患をどんどん絞っていく。そして最後に「高安大動脈炎」という診断を氏が下した。もちろんこれが正解だ。

写真:〈左〉ティアニー氏と青木氏(写真左)の絶妙な掛け合いに聴衆の注目が集まる。〈右〉症例呈示を行う松村氏。

至宝のパールを伝授

 後半は,ティアニー氏による「ティアニー先生のお宝パール」と題する講演が行われた。臨床医の経験を源泉とし,その優れた観察力から生み出されてきたパール。氏は,パール,EBMそれぞれの利点・欠点について解説し,EBMが科学的である一方で病態などの条件が限定され適応範囲が狭いのに対し,パールは目の前の患者に応用しやすいと語った。また,"Pearls stimulate EBM"という言葉を紹介,パール,EBMのどちらも強み弱みがあり,相互に補完し合うものだとした。

 さらにパールの信頼性にも言及。「一度でも骨髄炎を発症した患者をみたら,常に骨髄炎を疑え(Once an osteo, always an osteo)」というパールの妥当性を,既存のレビューや症例報告に基づいて検討したところ,100%近くで骨髄炎の再発を確認できたと述べた。

 そして講演の最後には,至宝の10のパール()が聴衆に伝授された。

 ティアニー先生のTop10パール

No. 1 「脳卒中と思われる患者では,50%のブドウ糖液を50 mL静脈投与するまで脳卒中と診断できない」(A stroke is never a stroke until it has received 50 of D50.)
 これは最も有名,かつ重要なパールです。低血糖は脳卒中と区別のできない,神経学的巣症状を引き起こすことがあり,高濃度ブドウ糖液の投与により,劇的に症状が回復します。

No. 2 「50歳以上の患者で多発性硬化症を診断したら,真の診断は他にある」(If you diagnose multiple sclerosis over age 50, diagnose something else.)
 多発性硬化症の発症時期が若年時であるということを意味します。

No. 3 「咽頭と扁桃の所見が正常で,喉の強い痛みを訴える患者を診たら,耳鼻科医を呼びなさい。診断は喉頭蓋炎である」(In a severe sore throat with a normal pharyngeal exam, call ENT; the diagnosis is epiglottitis.)
 生命を脅かす感染症である喉頭蓋炎は,咽頭,扁桃の所見が正常であり,喉頭鏡で所見をとらなくてはなりません。

No. 4 「慢性閉塞性肺疾患の患者でばち指が認められたら,胸部CTスキャンを撮りなさい。肺癌の可能性がある」(If a patient with COPD develops clubbing, obtain a chest CT; COPD without cancer rarely causes clubbing.)
 慢性閉塞性肺疾患では,ばち指はまれにしか観察されません。ヘビースモーカーである慢性閉塞性肺疾患の患者にばち指が起こってきたら,肺癌を除外します。

No. 5 「40歳以下のパーキンソン病の患者では,肝機能の検査を行いなさい。ウィルソン病が存在することがある」(In Parkinson's disease below age 40 obtain liver studies ; the patient may have Wilson's disease.)
 パーキンソン病が40歳以下の患者に起こることはまれです。典型的なパーキンソン病患者が,この銅代謝の異常を有するウィルソン病の可能性があります。これには特異的な治療法があるので,若いパーキンソン病の患者では決して忘れてはいけません。

No. 6 「股関節と肩関節が冒されない慢性対称性多発性関節炎の患者の診断は痛風である」(In a chronic symmetrical polyarthritis, which spares the hips and shoulders, the diagnosis is gout.)
 痛風は対称性の多発性関節炎のくり返す発作を起こしますが,股肩関節が冒される頻度は5%以下です。体幹に近い関節は温度が高く,尿酸の結晶ができにくいのです。

No. 7 「大人の鉄欠乏を見たら,原因が判明するまで出血を考えなさい」(In adults with iron deficiency, the patient is bleeding until proven otherwise.)
 臨床的に出血が明らかでなくても,鉄欠乏がある成人患者では上下部消化管内視鏡を実施します。鉄欠乏の患者では,出血源があると予想し,検査を行うべきです。

No. 8 「肺塞栓の10%のみが上肢由来である。組織プラスミノーゲン活性化因子が上肢の静脈に豊富であるからである」(Only 10% of pulmonary emboli originate from the arms; there is more TPA in upper extremity veins.)
 肺塞栓の血栓のほとんどが下肢由来です。上肢の静脈には,組織プラスミノーゲン活性化因子が豊富で血栓ができにくいのです。

No. 9 「ショック状態にみえる血圧が高い胸痛患者の診断は大動脈解離である」(In a patient with chest pain who appears to be in shock with an elevated blood pressure, the diagnosis is aortic dissection.)
 大動脈解離の患者では,激烈な胸痛がショック様の外観をもたらします。しかし,高血圧と大動脈解離の関係は,臨床的外観と血圧の不一致を起こします。

No. 10 「歯のない患者の肺膿瘍は他の診断がつくまで肺癌を考えなさい」(A lung abscess in an edentulous patient is lung cancer until proved otherwise.)
 これは歯の衛生状態の悪い患者では,嫌気性菌を中心とした肺膿瘍を形成しやすいということも意味します。

 通訳と解説を務めた青木氏は,ティアニー氏を師匠と敬う最大の理由として,漠然とした臨床情報から注目すべき情報を的確に拾い上げる能力が,誰よりも優れている点を挙げる。その背景には,ティアニー氏がずば抜けた解剖学と生理学の知識を持つことがあるという。

 ティアニー氏は,医学生・研修医が将来優れた臨床医となるためには,最新論文を読むことではなく,各臓器の解剖学や生理学の知識を若いうちにきちんと身に付けることが重要と語る。「医師はどう考え,どう問題解決を図るべきか」,確かな知識に裏付けされたティアニー氏の診断哲学が,多くの医学生・研修医の心を引き付けていたようだ。

ティアニー先生のレクチャーを受けて


今野健一郎さん(東北大学医学部6年)
 「診断学の神様」とまで形容されるティアニー先生のレクチャーは,終始先生の笑顔と参加者の笑いにあふれ,和やかな雰囲気と充実した学びが会場を満たしていた。

 先生が診断を考える手順は至ってシンプル。主訴や病歴の中から,「鑑別診断を挙げる上での重要な情報」と見るべき問題点を抽出し,著書の中でも紹介されている「鑑別診断を行うためのカテゴリー」に基づいて,疑わしい疾患を挙げていく。そしてさらに病歴や身体所見が明らかになるにつれ,鑑別疾患それぞれについて可能性の吟味を行い,最も疑わしい疾患へと収斂していく。仮説演繹法としての診断学にまさに忠実なプロセス。

 そして,要所で飛び出す珠玉の"パール"たち! 先生はご自身の"パール"を"Shinjyu(真珠)"と呼び,楽しげに紹介しながら現在の症例に応じてさらに貴重なコメントを付け加えていく。この過程で,"パール"がさらに活き活きと輝き出す。

 こうして文字にしてしまうと,なんだか生真面目な議論が続くように感じられるかもしれないが,実際はその正反対! 先生は,ある時には「自分のジョークは笑ってくれないのに,なんでMakoto(青木先生)のときばっかり……」とむくれる振りをしてみせたり,ある時には歌を歌ってみたりと,変幻自在なそのレクチャーは聞き手をとらえてはなさず,あっという間に時間は過ぎた。そして参加者には,先生の診断プロセスに間近で参加できたという美しい体験と"パール"たちが残った。

 ティアニー先生のレクチャーでの振る舞いは,「診断の思考はもちろん真剣に行う必要があるけれど,真剣さと笑いや穏やかさは両立し得るし,それだけでなく,医療・医学を学んでいくことはとても刺激的で,素晴らしいことなんだよ」と暗に語っているように感じられ,印象的であると同時に,自分も先生のような医師に近づけるよう頑張ろうという気持ちになる,そんな勇気をもらえるレクチャーだった。

 こんなに素晴らしい体験をさせてくださった,ティアニー先生,青木眞先生,松村正巳先生に心から感謝いたします。