医学界新聞

連載

2010.11.08

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【23回】 上部消化管出血に対するアプローチ

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 今回は緊急性の高い上部消化管出血のマネジメントに関するエビデンスをみていきます。吐血,下血(黒色便)は上部消化管内視鏡が鍵となるため消化器内科専門医や外科医の助けなくして治療は難しいのですが,内科的マネジメントの基本と流れは内科医として把握する必要があるでしょう。

■Case

 63歳の男性。C型肝炎による肝硬変にて通院中だったが,半年以上来院していない。めまいと黒色便にて救急外来に来院。既往歴にアルコール依存症と,1年半前に食道静脈瘤による消化管出血がある。カルテを参照したところ,肝硬変はChild-Pugh分類Cである。意識清明,血圧は92/70 mmHg,心拍数108回/分,軽度腹水貯留がみられる。救急にて胃管を挿入して胃洗浄をするも,出血は確認されなかった。

Clinical Discussion

 C型肝炎による肝硬変が原因となり食道静脈瘤を形成した場合,どのような内科的予防策を立てることができるだろうか? 消化管出血にて来院した際にはバイタルの安定が先決である。内視鏡による出血場所の確認と止血に伴い,どのような内科的治療に対するエビデンスが確立しているのだろうか? また止血後の再出血の確率は高く,それが故に死亡率も上部消化管出血後の患者では3割を超える。その二次的予防にはどのようなエビデンスが確立しているのだろうか?

マネジメントの基本

◆アセスメントと初期対応
#ボリュームロスの評価:(1)心拍数>100回/分,(2)収縮期血圧<100 mmHg,(3)臥位から起立した際の心拍数20回/分以上の増加もしくは収縮期血圧20 mmHg以上の低下,の3点は緊急性を要するポイントとなる(バイタルが不安定な場合は(3)は確認できない)。ボリュームロスが認められたらすぐに輸液(状況に応じて輸血)を開始する。

#病歴の確認:上部消化管出血で来院した患者の病歴は,消化管出血や消化性潰瘍,肝疾患・肝硬変の既往,鎮痛薬(NSIADs)やアスピリン服用,下部消化管出血のリスクの有無などにポイントを絞る。

#リスク評価:急性期の消化管出血でリスク評価に使用できる2つのツールがある。Blatchfordスコア(表1)では,点数がつかないようならば低リスクであり緊急内視鏡が必要ないと判断。スコアが高ければ高いほどリスク・緊急性が高まる。これにより重症度の簡単な評価を行うことができる。Rockallスコア(表2)は臨床評価(Clinical Rockall Score)と内視鏡を含めた評価(Complete Rockall Score)の2段階で再出血,死亡のリスク評価を行うことができる。Clinicalで0点,Completeで2点以下が低リスクと考えられる。内視鏡によるForrest分類も重要であるため,各自参照のこと。

表1 Blatchfordスコア
Lancet. 2000[PMID : 11073021]

表2 Rockallスコア
Gut. 1996[PMID : 8675081]

#胃洗浄:内視鏡による視界をよくするために胃管を挿入して洗浄することがよく行われる。ただ洗浄そのものが病状経過や予後に影響を与えるわけではない。胃洗浄を行っても,ハイリスク消化管出血の15%程度は血液もしくはコーヒー様残渣を認めないとされる(Gastrointest Endosc. 2004[PMID : 14745388])。洗浄の結果がクリアだからといって油断はできない。

◆消化性潰瘍による消化管出血のマネジメント
 24時間以内に行う上部消化管内視鏡は治療の鍵を握る。内視鏡による治療に関しては専門性が高いのと,各症例にて個別化する必要があるのでここでは触れない。内科的マネジメントで重要なのはプロトンポンプ阻害薬(PPI)の使用である。ハイリスクならば内視鏡を行う前からPPI静脈投与を考慮する。胃酸は凝固系,血小板凝集を阻害するため,PPIにて胃内酸性度を低下させることが望ましく,臨床的にも効果が確認(N Engl J Med. 2007[PMID : 17442905])されている。H2ブロッカーの静脈投与の効果はほとんどない,もしくは臨床的にわずかなベネフィットしかない(Aliment Pharmacol Ther. 2002[PMID : 12030956])ため,使用は推奨されない。そのほか,H. pyloriの検査を行い,陽性ならば治療することは推奨される。

◆肝硬変に伴う静脈瘤性消化管出血のマネジメント
 過去20年間で静脈瘤性消化管出血の死亡率は減少してきた。これは内視鏡的治療と補助的薬物治療(特に抗菌薬の予防投与)の発達があったからとされる。Child-Pugh分類Cや肝静脈楔入圧(HVPG)>20 mmHgの場合はアグレッシブに治療する。

 補助的薬物治療の基本は血管収縮薬の使用である。バソプレシンは強力な血管収縮剤であるが故,その副作用のために24時間以上の使用は推奨されない。日本では保険適用外使用となるが,オクトレオチドは米国では標準的治療である。ヨーロッパではterlipressin(本邦未発売)を使用する。オクトレオチドは50μgのボーラス後,50μg/時の持続静注で投与する。入院してからすぐに投与を開始し,止血,安定後2-5日間投与される。血管収縮剤の使用を疑問視するメタ解析も出ているが,内視鏡と併用することで出血のコントロールが改善したとするメタ解析も出ている(Hepatology. 2002[PMID : 11870374])。

 重症肝硬変の患者の出血では感染のリスクが高く,感染が原因で再出血のリスクが高まるとされる。抗菌薬の予防投与により再出血が抑えられ(Hepatology. 2004[PMID : 14999693]),死亡率が改善した。セフトリアキソン1 gを1日1回,出血時から5-7日間の短期間投与する。アンチバイオグラムの結果をもとにシプロフロキサシンを使用してもよい。輸血の目標値はヘモグロビン8 g/dLであり,これを超える場合はもとの門脈圧を超える可能性があり,再出血のリスクと死亡率が高まるとされる。内科的治療施行後もまだ出血が起こる場合,Child-Pugh分類CやHVPG>20 mmHgなど重症肝硬変では早期の経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)が生存率を改善する。専門医と相談する際に適応を知っておくとよいだろう。

 急性期の治療ではβ遮断薬の使用は推奨されない。しかし急性期を過ぎて退院が見えてきたら,非選択的β遮断薬の開始を考慮する。これも保険適用外使用となるが,プロプラノロール10 mgを1日2回投与する(耐え得る最大量もしくは心拍数が55回/分くらいまで下がるように増加させる)。この薬物療法と内視鏡治療(EVL:内視鏡的静脈瘤結紮術)を2-4週間ごとに静脈瘤がなくなるまで繰り返すことが推奨される。内視鏡治療に耐えることができない場合は,薬物療法の効果を最大限にして門脈圧を下げる。

診療のポイント

・ハイリスクの患者の評価はスコアを使用して確認し,緊急内視鏡のコンサルトを早めに行う。
・消化性潰瘍による出血の内科的治療はPPIを使用する。
・静脈瘤性消化管出血の内科的治療は早期の抗菌薬の投与,血管収縮薬の使用が重要。

この症例に対するアプローチ

 胃洗浄にて肉眼的に出血が確認されなかったが,病歴,身体所見からハイリスクの消化管出血と判断され緊急内視鏡が行われた。同時にセフトリアキソン1 gを静注開始,オクトレオチドのボーラス,持続静注開始。血算にてヘモグロビン値が5.4 g/dLであったため8 g/dLを目標に輸血を開始。内視鏡にて出血性食道静脈瘤のEVLなどを施行。病状,バイタルが安定したため,プロプラノロールを開始した。経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術の適応などを消化器内科医と話し合うこととなった。

Further Reading

(1)Gralnek IM, et al. Management of acute bleeding from a peptic ulcer. N Engl J Med. 2008 ; 359 (9): 928-37. [PMID : 18753649]
(2)Garcia-Tsao G, et al. Management of varices and variceal hemorrhage in cirrhosis. N Engl J Med. 2010 ; 362 (9): 823-32. [PMID : 20200386]

つづく

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