医学界新聞

連載

2010.11.08

研修医イマイチ先生の成長日誌
行動科学で学ぶメディカルインタビュー

[第8回]

■家族志向のケア(1)
 家族図・家族ライフサイクル・家族の木の使い方

松下 明(奈義ファミリークリニック・所長 岡山大学大学院・客員教授/三重大学・臨床准教授)


前回よりつづく

 僕の名はイマイチ,25歳独身。地元の国立大学医学部を卒業し,県立病院で初期臨床研修2年目を迎えた。病態の理解には自信があるが,患者・家族とのコミュニケーションはちょっと苦手。救急外来で救急車が続くときに,特に軽症の夜間外来患者を診るとイライラしてしまうことがある。学生時代に医療面接は勉強したが,実際に患者さんを診るとどうも勝手が違う。そこで,研修2年目に入った今,地域医療研修を利用して何とかコミュニケーション能力を高めたいと考えている。


 68歳の女性(川崎さん)が7歳の孫娘と受診した(初診)。2人とも3日前からの上気道症状があるようだが重症感はない。風邪薬を処方希望とのことだったが,イマイチ先生は診察を終えるのをためらった。祖母が何だか疲れた表情をしており,孫娘が同年代の子どもと比べ活力がなかったからだ。この一家に何が起きているかを探るため,家族図を作るところから始めることにした。

イマイチ 先ほどご説明したお薬を出そうと思うのですが,お二人ともこちらの受診が初めてなので,少しおうちの状況などを伺ってもよろしいでしょうか?

川崎さん うちの状況といいますと?

イマイチ いろいろな側面から体調を判断する上で,受診された方の背景を理解することが大事だと私たちは考えています。差し支えない範囲で,同居されている方の状況を教えていただけますか? 治療と関係することもありますので。

川崎さん それはいいですけど……。

イマイチ それではまず,同居されている方の構成から教えてください。……川崎さんのご主人はご健在ですか?

* * *

 イマイチ先生,家族図を描きながら患者背景に迫るとは,かなり上達してきましたね。今日は家族図の活用を含めた家族志向のケアについてお話ししましょう。

家族志向のケアとは?

 今回の場合,家族を意識しない診療を行うと単なる上気道炎の2症例ととらえられるかもしれません。生物医学的に大きな問題がなければ,希望された対処療法の処方で終了するでしょう。表情が良く特に気になる側面がなければ,それでも良いかもしれません。ただ時には今回のように表情が優れず,なんとなくこのまま終わらせないほうがいいと感じることがあります。

 こういった際に,活用できる概念として「家族志向のケア」があります。これはFamily-Oriented Careの日本語訳ですが,今回の祖母や孫娘を介してこの一家に何が起きているか,特に背景としての家族に焦点を当てた医療の枠組みを指しています1,2)

 医療現場において,家族とのかかわり抜きに患者とやり取りを行うことはできません。入院時の説明,重要な診断・治療方針の伝達,自宅での療養生活上のアドバイスなど,病院の専門医も,地域の診療所の医師(家庭医)も,家族が重要な役割を担っていることには同意すると思います。

 家族志向のケアは米国・カナダの家庭医の教育プロセスで生まれた概念1)ですが,すべての医療関係者に適応できる考え方です。

家族図

 家族志向のケアは家族図を「描く」ところから始まります。家族図とは図1に示すような家族構成員を図示したもので,骨格と肉付けから成り立っています。骨格として,男性を□,女性を○で表し,患者として同定される人を二重の□または○で示します。また,同居家族は線で囲むことになっています。

図1 家族図の一例(川崎さん一家)

 肉付けは情報をさらに豊かにするもので,各構成員の年齢・職業・持病(亡くなった場合は死因・年月日)・離れている人は居住地などを記入します。

 完成した家族図を一見するだけで,誰と誰が同居し,どんな病気を持っているかだけでなく,社会的背景を含めた家族の状況を把握することができます。さらに深い肉付けとして,特に密接な関係にある両者を二重線で,葛藤が存在する場合はギザギザを書くとわかりやすいでしょう(しかし,家族図を見せながら書く場合には,このギザギザの情報は書きにくいものです)。

 図1で川崎さん一家をもう一度見直してみましょう。家族図を作る際に,一緒に家族図を眺めながら,身近に起きた変化(川崎さんご本人の肺癌,娘さんの離婚,最近の娘さんの乳癌手術や同居に伴う子育ての苦労)を共有することは信頼関係の形成とともに,治療的意義も深いと言われています。

 この家族図の内容を理解する際に,家族ライフサイクルの概念を知っていると,よりイメージがしやすくなります。

家族ライフサイクル

 個人が年齢とともに成長・発達するように,家族も一定のステージを踏んで発達していくものです。各ステージには共通した発達課題があり,それをいかにして乗り越えるかがその家族にとって大きな課題です()。各ステージの節目にはストレスがかかると言われるため,家族のステージと苦しんでいる課題を知ることは重要です。

 家族ライフサイクルのステージ(文献1より改変)
家族ライフサイクルのステージ 発達課題
1.巣立ち期 a.家族関係における自己の分化
b.親密な同僚との関係
c.仕事や経済的自立
2.新しいカップルの時期 a.結婚システムの形成
b.配偶者と一緒になるための,拡大家族や友人との関係の再構築
3.小さな子どものいる時期 a.子どもの居場所を設けるために夫婦システムを調整する
b.子育てや家事に参加する
c.祖父母の役割を含め拡大家族との関係を再構築する
4.思春期の子どものいる時期 a.子どもが出たり入ったりするのを許す親子関係
b.中年期の夫婦や仕事に焦点を当てる
c.高齢世代のケアに加わる
5.巣立ち後の時期 a.夫婦二人としての家族システムについて再交渉
b.成長した子どもと親との間の大人の関係
c.義理の関係や孫を含む関係を再構築
d.親(祖父母)の死や身体障害に対処
6.晩年期 a.身体的衰えに直面しつつ自分や夫婦の機能を維持する
b.高齢者の知恵と経験を生かす場所を作る
c.配偶者,兄弟,他の仲間の喪失に対処し,自分の死のために準備する.人生を振り返り統合する.

 自身の人生経験からでは患者・家族の状況を想像しにくい場合,この家族ライフサイクルは特に効力を発揮します。家族ライフサイクルとその発達課題を頭に入れて家族図を眺めると,川崎さん一家に起きている現象をイメージしやすくなります。医師が作ったイメージ(仮説)は事実に照らし合わせて修正する必要がありますが,イメージがない場合と比べてその理解力は飛躍的に向上します。

家族の木

 家族志向のケアで重要な概念に「家族の木」(図2)があります。外来を受診する患者は通常一人ですが,その患者の背後に木があり,家族がいるとイメージしながら診療を行うことを模式図として表しています。この図のように患者だけでなく背後にいる家族へ視線を向けることは簡単ではありませんが,家族図を日常診療に取り入れることで,このイメージを持ちやすくなると言われています。

図2 家族の木(文献1より転載)

ポイント
(1)家族志向のケアは家族図を「描く」ところから始まる。
(2)家族ライフサイクルを想像しながら家族図を「読み」,家族の木を「イメージ」する。
(3)患者を家族背景を持った人と理解することで,より深い共感的理解(連載第7回,2898号参照)が可能となる。

イマイチ 今日のつぶやき

家族図を描くだけでなく,家族の木をイメージしながら診療すると,確かに患者さんの理解が深まるなあ。今度川崎さんに会った際にはもう少し詳しく話を聞いてみよう!

つづく

参考文献
1)松下明監訳.家族志向のプライマリ・ケア.シュプリンガー;2006.
2)Campbell TL, et al. Family systems in family medicine. Clinics in Family Practice. 2001; 3(1) : 13-33.

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