医学界新聞

連載

2010.08.23

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第68回〉
恐竜絶滅後,なぜほ乳類は生き延びたか

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 2010年夏のNHKスペシャルは,恐竜絶滅とその後のほ乳類の戦いをCGをふんだんに用いて放送していた。恐竜にはさして関心がない私だが,恐竜が絶滅し,ほ乳類が生き残って「今という世界」があるという壮大なストーリーにひきつけられた。中でも“成功のカギは特定化しなかったこと”というナレーターのひと言に注目した。

隕石衝突による恐竜絶滅

 このことを書くためにアマゾンで,『恐竜絶滅 ほ乳類の戦い』(NHK「ポスト恐竜」プロジェクト編著,ダイヤモンド社,2010年)を購入した(この本では“特殊化”という用語を用いているが,私は“特定化”が適していると思うので放送用語を本稿では用いることにする)。

 それによると――。

 2010年春,恐竜絶滅の原因は,6550万年前の隕石衝突にあるとする論文が発表された。はるか宇宙の彼方からやって来た直径10 kmの巨大隕石が,現在のメキシコ・ユカタン半島沖に衝突し,未曾有の大異変が始まった。

 隕石は今から1億6000万年前,火星と木星のあいだにある小惑星帯で起きた惑星同士の衝突から生まれた破片のひとつが地球へと向かっていったものであった。

 巨大隕石の衝突は4つの大災害を引き起こした。

1)隕石衝突の瞬間,現場の海は一気に蒸発し気化した岩盤が北米大陸方向に「火球」となって巻き上がり,地面を這うように現在のカナダまで達し,大量の恐竜が一瞬にして蒸発した。
2)宇宙空間まで広がった蒸気は冷やされちりとなって降り注ぎ,大気との摩擦で発熱する。上空の温度は1500℃にも達し,大規模な森林火災が発生した。
3)衝突から1時間半,海は消え,直径200kmの巨大クレーターが口を開けていた。そこに海水が流れ込み逆流を始める。高さ最大300mの大きな水の塊(津波)が大陸の奥まで入り込み,多くの恐竜をのみ込んだに違いない。
4)巻き上げられた大量のちりによって太陽光が遮られ,地球の気温が一気に下がる「衝突の冬」が訪れる。植物は枯れ落ち,食べ物が失われる。大量の食料を必要とする恐竜たちは次々と倒れ,絶滅した。

 だが,なぜ恐竜が滅びた一方でほ乳類は生き延びたのだろうか。確かなことはわかっていないが,「恐竜が君臨していたため,ほ乳類の身体が小さいままだったことが,大災害のもとでの生存に有利だった」と多くの研究者は認識している。

特定化した鳥とワニ,「何にでも進化できた」ほ乳類

 恐竜後の世界,それは必ずしもほ乳類の世界の始まりではなく,鳥とワニとの三つ巴の世界であった。大陸の分裂の影響で小さく分かれたそれぞれの大陸は湿潤化し,海岸線を中心に湿地帯ができて,ワニが水辺の生活に適応した。鳥は恐竜の血を引くというメリットを生かし,土や木の中に潜むことができたおかげで生き残った。

 一方,恐竜絶滅後,アジア大陸という力強い味方のおかげで有力な仲間を生み出していったほ乳類。なぜ,鳥ではなく,ワニでもなく,ほ乳類が恐竜の後継者となったのか。

 成功のカギはほ乳類の体つきにあった。ほ乳類の体型は比較的小さく単純でネズミのようであった。そして特定化していない歯,長い尾,4本の足,5本の指を持っていた。ほ乳類はどれも似たような大きさで似たような姿をしていた。つまり,似ているということは特定化していないということであり,この先さまざまな方向に進化できる可能性を秘めていたのである。

 ワニはすでに水辺の生活に特定化していた。ワニの平たい頭やガニ股の姿勢は水辺の生活に適応した結果であり,陸上生活には限界があった。飛ぶことを選んだ鳥は身体の構造的な変化が必要だった。鳥の祖先は肉食恐竜の一派,羽毛恐竜であった。抱卵を始めたことで長く伸びた前足の羽を上手に利用し,その結果,失った指の代わりに前足に見事な翼が備わった。

 特定化していなかったほ乳類の身体は,さまざまに進化できる潜在能力に満ちあふれ,すむ環境,食べ物に合わせて進化させていくことができた。多様な仲間が続々と現れ,ほ乳類が大地を自分たちの色で染め上げた。

 その後,ほ乳類同士の激しい戦いの中で,脳を極限まで発達させた有胎盤類が現れる。それがヒトである。

 恐竜絶滅後,特定化していなかったほ乳類の体が成功のカギであったという学説は,「特定化」の長所,短所を教えてくれる。これを一般看護師と特定看護師(仮称)に適用して考えることができよう。「特定化」した看護師が活躍するには,一般看護師の存在が重要であり,両者の共存が必須である。

 「チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ」で了承された「看護業務実態調査」が,「看護師が行う医行為の範囲に関する研究」(平成22年度厚生労働科学特別研究事業)として,約200項目の医行為についてWeb調査を始める。

つづく

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