医学界新聞

寄稿

2010.06.21

【特集】

喜びを届けてくれるポートフォリオ活用法を
提案します


 昨年12月に厚労省より出された「新人看護職員研修ガイドライン」には,新人が自らの目標を持ち獲得した能力や成果を蓄積するための研修手帳の活用が効果的だと示されている。その1つとして近年看護界に取り入れられてきたのが,自らの軌跡を一元化し可視化するポートフォリオだ。

 三井記念病院(東京都千代田区)では,ポートフォリオを活用した教育のパイオニアである鈴木敏恵氏と協働で,4年前から新人看護師教育にポートフォリオを導入。入職直後のオリエンテーションで,学習者の意志ある学びを導く「未来教育プロジェクト学習」の考え方とポートフォリオの活用方法を両輪として伝えることで,新人が自ら学び続ける姿勢を育んでいるという。本紙では,同院の看護師と鈴木氏に,ポートフォリオを用いて病院全体で取り組む新人教育のあり方を伺うとともに,このプロジェクト学習についてのガイダンスが行われた新人看護師研修の1日を取材した。

前列左から,金子八重子氏(三井記念病院看護部長),鈴木敏恵氏(千葉大教育学部特命教授)。後列左から,石井敦子氏(三井記念病院看護師長),柏崎アン氏(同4年目看護師),秋定育子氏(同4年目看護師),花島亜弥氏(同2年目看護師),磯脇秀子氏(同看護師長)。


「成果と成長」が見えるからモチベーションがわく

鈴木 三井記念病院では,2007年から新人研修にポートフォリオを取り入れています。入職後,4月の研修では目標の立て方も指導し,新人看護師はこの日からポートフォリオを作り始めます。翌年3月には,それを再構築してプレゼンテーションする研修を行います。ポートフォリオはキャリアの可視化や目標管理の面接ばかりでなく,仲間同士の「知の共有」ツールともなっています。この座談会では実際に臨床現場でどのようにポートフォリオが活きているのか,皆さんに聞いてみたいと思います。秋定さんにとって,ポートフォリオはどのような存在ですか。

秋定 成長の記録,軌跡だと思います。私は入職1年目の新人研修のときにポートフォリオと出合い,4年目の現在でもファイリングを続けていますが,そこには自分自身のさまざまな記録がファイルされています。ポートフォリオを見返してみると,1年目は大事だと思ったものは何でも入れていたように思います。それはそれで,自分をより立体的に見ることができてよいのですが,2年目以降は,チームでの活動の記録や,自分が資料作成を担当した勉強会の記録などが多く入るようになりました。自分の役割の変化に応じてポートフォリオの中身が変わっていくことで,自分自身の成長を実感します。

鈴木 秋定さんのポートフォリオは,キャリアポートフォリオへ発展していっているのかもしれませんね。キャリアポートフォリオは,自分がこれまでに行ってきた仕事や経験,身に付けた能力をファイルするものです。長い目でみたとき,自分が歩んできたキャリアを俯瞰し,これからのキャリアプランを立てるときのヒントになります。

秋定 2年目に作成したポートフォリオは今でも参考書として活用しています。私の仕事に沿ったファイルなので,自分に実際に必要なことがまとめられています。例えば,仕事に関する書類の不備を指摘する先輩の書き込みなどは,現場に基づいた“生身”のものであり,市販品では得られない学びがあります。

石井 ポートフォリオは,年間を通してカンファレンスルームの共有スペースに置かれ,他のスタッフも見られるようにしています。

鈴木 いいですね! ポートフォリオは「知の共有」として学び合いに活かせます。他者のポートフォリオを見ることで情報共有できるだけでなく,尊敬の気持ちもわきます。

 見た人が役に立ったと感じた箇所に「感謝カード」を貼るのも効果的です。私がポートフォリオとともに伝えている「未来教育プロジェクト学習」は目的(ビジョン)と目標(ゴール)を明確にし,課題を解決しながら目標達成へ向かうものです。目標やプロセスを他者と共有することでビジョンは達成しやすくなります。その喜びが看護師のモチベーションアップにつながるのです。

金子 成果の共有は,3月のプレゼンテーションの目的の一つにもなっています。そこでは,1 年間ポートフォリオに積み重ねてきた努力の成果を模造紙にまとめ,病院全体に対して発表しています。この際,聞き手はポジティブ・フィードバックを行うことをルールにしています。

鈴木 聞き手がブルーとピンクの付箋にそれぞれ「“ここが”よかった」「“こうすれば”もっとよくなる」ことを書き,模造紙に貼り付けます。読んだ人がうれしい気持ちになるように,改善を伝えるときも具体的で前向きな表現で書くように伝えています。

金子 このポジティブ・フィードバックには,成果の価値を承認する効果があります。これにより,発表者は自立するための自信を得て,もっと成長したいという意欲がわきます。

鈴木 聞き手にも成長をもたらすということも大事なポイントです。発表された内容の良さや改善案を見いだすことは,思考のトレーニングになるのです。発表の際に注目してほしいことの一つは,成果に至るプロセスです。そこにも仕事に活かせるヒントが詰まっています。ポートフォリオはプロセスの可視化にも役立つので,発表内容にも自然とプロセスが現れます。そのヒントに気づくことができれば,成果がもたらす収穫はより大きくなります。

価値を見いだすための評価を

花島 私はポートフォリオを,自分のキャリアを目に見える形で示し,後押ししてくれるものだと思っています。ですから,ポートフォリオを見返すことで,自分に自信を持つことができるように感じています。

石井 当院にポートフォリオが導入される以前は,私たち看護師には自分が頑張ってきた軌跡を示す記録や成果物がありませんでした。そのため,上司との面接でも記憶をたどって話すことしかできず,裏付けがないもどかしさを感じていました。今の若手は,ポートフォリオをもとに,自分の取り組みを元気に話してくれます。その姿を見られることが,とてもうれしいです。

 もう一つ,ポートフォリオは,私には見えていなかったものも示してくれます。仕事への気力がなさそうに見えた新人看護師が,着実に努力していること。そしてその努力を周囲の看護師が見届け,褒めてあげていること。落ち込んでいるようで心配していた看護師を周囲が励ましていること。そのようなことも書き込みから読み取れます。

鈴木 ポートフォリオがあるからこそ持てる評価の視点ですね。師長の磯脇さんは,ポートフォリオを管理者はどのように見ていくべきだとお考えですか。

磯脇 私自身は「この人を知りたい」と思いながら手にとっています。そうすると,ファイルの中に貼ってある付箋の一つひとつにまで自然と関心を持てるようになります。それは,管理者が若手の新たな一面に気づくチャンスです。例えば,花島さんは仕事をうまくこなせなかったときの思いをその都度,付箋に書き込んでいます。最初は「がんばろう,がんばろう」と力んだ表現が多かったのですが,その「力み」が次第になくなっていったのです。そのことに花島さんの成長を感じました。

鈴木 評価とは価値を見いだすために行うものです。ポートフォリオには,最終的な成果だけでなく,その成果に至るプロセスが収まっています。ファイル内容も書類だけでなく,メモや写真などさまざまです。だからこそ,目標管理シートやテストには現れてこない課題発見力や解決力,情報収集力,個性などを発見することができるのです。磯脇さんのポートフォリオへの眼差しは,持ち主の価値を見いだし喜びを分かち合いたいという心が伴う評価ですね。だから,スタッフがもっと成長したいという気持ちになるのですよね!

ポートフォリオからプリセプティーの「今」を知る

鈴木 柏崎さんは,昨年度プリセプターをされていたのでしたね。プリセプティーのポートフォリオはどのような思いで見ていましたか。

柏崎 私はプリセプターになるに当たって,専用のポートフォリオを作り,先輩から学んだ指導法やプリセプティーに伝えたいことなどをファイルしていました。それを参照しながらプリセプティーと話をしたり,プリセプティーの目標立てなどに使ったりしていたのです。

 その際,ポートフォリオは私とプリセプティーの認識の一致を確かめるためにとても役に立ちました。私が伝えたかったことや,一緒に立てた目標の意味をどう受け止めているのか,プリセプティーが仕事を通して何を感じたのかなどを,プリセプティーのポートフォリオから知ることができたのです。

花島 私は,プリセプターの先輩とは仕事内容の関係で顔を合わせられないことも多かったのですが,先輩が手紙をいつも残してくださって,近況や業務の進行度合いなどに配慮してくださいました。ポートフォリオのおかげで,いつも支えられているという安心感がありました。

指導者がポートフォリオを知ることが,第一歩

鈴木 皆さんのお話を聞いていると,先輩看護師のポートフォリオへの理解と,若手看護師への温かい気持ちを感じますね。

金子 それは,当院の看護師全員がポートフォリオの研修を受けて,どのようなポートフォリオが看護師に成長をもたらすかをしっかり理解しているからだと思います。特に,師長・主任クラス以上の看護師は,4年前の新人看護師へのポートフォリオ導入と同時期に研修を受けて以来,目標設定および成果の発表会を毎年行っています。発表会では,新人看護師と同じ方法でフィードバックを受けるのです。これにより,どのようなフィードバックが本人の成長とモチベーション向上につながるか皆が理解しています。看護職員が一体になって共に成長し合える今の環境は,看護師1人ひとりに喜びを与えているのではないでしょうか。

鈴木 ポートフォリオは,過ぎた記録のファイリングではなく,未来に向かって成長していく自分が日々感じたこと,学んだことが入っています。それは仲間との共有によって自分と周囲との「つながり」を感じさせてくれるものであり,自分を見守ってくれている人たちの言葉や書き込みが詰まった宝物です。今日の座談会で,そういったポートフォリオの働きをはっきりと示していただけたと思います。ありがとうございました。

(了)


プレゼンターは新人さん
一年間で大きく成長するコツを互いに「提案」


 4月5日,三井記念病院では,92人の新人看護師に対して,これから取り組むポートフォリオの効果と使い方に関する研修が行われた。講師の鈴木氏から,ポートフォリオと未来教育プロジェクト学習についての説明が行われたあと,グループワークが始まった。課題は,「この一年間で大きく成長していくために必要なノウハウや生活術を皆に提案する」こと。研修は参加するだけでなく,成果を他者と共有し,「人のため」になったという達成感や喜びを知ることで,より意欲的なものに発展する。鈴木氏が唱える未来教育プロジェクト学習の核である,この達成感・喜びが与える学習への相乗効果を体験することがこの課題のねらいだ。

ルールは,積極的な発言とポジティブフィードバック

 新人看護師たちは配属病棟ごとに16グループに分かれ,どのような場面のためのノウハウ・生活術を考えるかを大きな模造紙に書き出していった。その際,鈴木氏は笑顔で3つのポイントを挙げた。「とにかくどんどん発言すること」「良いと思ったら『いいね!』と互いに伝え合い,触発されたアイデアには自分の考えを重ねてさらに発展させること」「他者の意見も自分自身の考えも否定しないこと」だ。この3つが,自分の意見を遠慮なく言える環境とポジティブ・フィードバックの姿勢を生み,個性を発揮できる雰囲気をつくり出す。また氏は,模造紙にメモをどんどんとり,思考を可視化することも付け加えた。最後に,各グループが,グループ内で出し合ったテーマからそれぞれ一つを選んだ。

 次に,各グループがテーマを発表。ここからが指導者の腕の見せ所である。新人看護師たちがより明確な問題を設定できるようコーチングするのである。テーマが抽象的なグループには,鈴木氏が質問をして,テーマをシャープなものにする。例えば,HCU病棟グループのテーマ「仕事と生活が有意義になる時間の使い方」は,「仕事と私生活のメリハリがつくようなスケジュールの立て方」へとブラッシュアップされた。「有意義に時間を使う」ために,「スケジュールを立てる」という形へ方針が顕在化されたのだ。

 テーマが決まると,実際のノウハウ・生活術を検討し,模造紙にまとめる。ここで大切なのは,イラストを入れたり色分けしたりして,わかりやすい内容にまとめること。最初は表情が硬かった新人たちもすっかり笑顔になり,バラエティに富んだアイデアが出そろった。

自由な雰囲気が個性的なテーマを生む

プレゼンテーションのようす。「指導する・される良好な関係を保てる付き合い方を提案します!」がテーマ。先輩役と新人役に扮する新人看護師は,緊張した面持ちで出番を待つ。
 ICU病棟グループが提案したのは「知識不足から来る不安・焦り等の解消法」。書籍や雑誌による勉強などを挙げた上で,同期同士の助け合いの重要性を強調。声をかけ合い不安を抱える人を勇気づけたり,個人で学んだことを同じシフトで勤務する同期に教えたりしていくことを具体的な方法とともに呼びかけた。さらに,勤務シフトの関係で顔を合わせにくい同期とも情報交換するために,連絡ノートを作ったりメーリングリストを活用したりすること,同期会を定期的に開くことなどを提案した。

 プレゼンテーションでは,このような仕事上の問題のほか,「落ち込んだときでも笑顔で職場に行く方法」「上司が怒らない残業の断り方」などユニークなテーマも登場。また,先輩看護師とのコミュニケーションのとり方をロールプレイで例示するグループも多くみられた。

 全グループの発表が終わると,ピンクの付箋に「ここがよかった」,ブルーの付箋に「こうすればもっとよくなる」を書いて模造紙に張り合い,フィードバックを行った。これにより,発表を終えた達成感と,皆で共有する喜びがより大きくなる。

 この研修会は,「新人さんたちも楽しめる研修会をしたい」と考えていた金子氏が,鈴木氏の取り組みを知ったことがきっかけで始まった。「新しい時代の研修は参加者が積極的につくりだしていくもの。自分たちの考えを持って仕事に取り組み,出された成果はみんなで称えあう。そこで得る喜びが看護師を成長へ導く」と鈴木氏は語る。先輩看護師の思いも同じだ。看護師長の磯脇氏は「新人さんたちの柔軟な発想力やエネルギーを感じる良い研修ができている」と笑顔で語った。

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