医学界新聞

連載

2010.06.14

在宅医療モノ語り

第3話
語り手: なめたらいかんぜよ 点滴セットさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「点滴セット」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


点滴セットとぶら下げるモノ
点滴に必要なモノはボトルの種類ごとにひとつにまとめると便利。これらをぶら下げるモノは,針と同様に種類が豊富。クリーニング屋でもらうワイヤーハンガーで手作りすることも。誰が考えたのかわからないが,感動モノである。
 患者さんからも,病院関係者からも多いのが「家で点滴できるんですか?」の質問。困っちゃいますよ,なめられたものです。昔はウチの主人も鼻息荒く「高カロリー輸液だって,人工呼吸器の管理だって,病院でできることのほとんどは在宅でもできます!」と答えていました。でも最近は大人になったのか「点滴ですか? 希望と適応があればできますよ」とニッコリ。できること,なんでもやりゃあいいってもんじゃないですからねぇ。

 点滴セットの主要メンバーは,針と点滴ボトルとこの2つをつなげるルート。病院ではこのルートだけを点滴セットと呼ぶみたいですが,ウチでは点滴に必要な道具一式まとめてセットといいます。あとは脇役メンバーとして駆血帯,アルコール綿,固定のためのテープなど。

 ザイタクで使う点滴の針は,安全性を考えて留置針,家族が扱いやすいように翼状針,CVポートがあるからヒューバー針,などいろいろです。ルートについても,点滴内容や部屋の状況,患者の行動範囲を考えて,延長チューブや固定方法を工夫します。点滴ボトル,つまり輸液製剤は病院のようにそろっていればいいけど,個人の診療所だとそうはいきませんからね。目的に合わせて,必要なものだけ準備します。箱単位の注文なので,不良在庫になると場所的にも経済的にも,小さい診療所では手痛いようですよ。

 点滴の開始は,訪問診療や往診での医師の判断です。実際に針を刺すのは,医師か看護師。点滴中は家族だけになることも多く,抜くのは医療者がやることもあるけど,家族にお願いすることが多いかな? はじめは「素人だし自信ないわ」と言われるご家族も,医療者と一緒に練習し,方法を示したプリントなどを渡されると案外すぐにできるようになりますね。それにやりがいを感じる家族もいれば,負担や不安を感じる家族もいるようです。もし負担になるなら家族ひとりに重圧をかけず,他の家族にも手技を覚えてもらって,重荷を軽くしてあげたいですね。けど,これは簡単なことじゃないんですよ。

 さぁて,点滴ボトル,決めた。ルートと針,決めた。刺すヒトと抜くヒト,決めた。で最後の関門が,このボトルをどこにぶら下げるか? 病棟のような点滴台なんて,普通の家にはまずありません。和室の鴨居を利用したり,カーテンレールや洗濯の室内干し用の柵を利用したり,その都度,家族と一緒に考えるわけです。ワイヤーハンガーでぶら下げるモノを作ったり,やむを得ずネジ釘を打ってS字フックを使ってみたり。

 そういや,この前も天井に釘を打たせてもらいました。素人目にも患者さんは具合が悪そうで,脱水補正という雰囲気ではありませんでした。点滴を始めて数日後,患者さんは亡くなりました。主治医がつぶやいていました。「点滴の適応って,奥深いなぁ」って。そうだ,あの釘さんにも話を聞いてみたらどうですか?

つづく


鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。

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