医学界新聞

連載

2009.11.09

論文解釈のピットフォール

第8回
臨床試験のエンドポイントを読む――「心血管イベント」はみな同じ?

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


“エンドポイント”は大切なルールである

 臨床試験の結果を読むと,大抵「○○(薬剤)で心筋梗塞リスクが××%減少した」という書き方がされていますね。この場合,“心筋梗塞”が“エンドポイント”です。臨床試験は,通常この「エンドポイントが発生するまでの時間」を比較します。これは臨床試験のルールなのです。

 図1は,長崎大学医学部創薬科学の池田正行教授のHPに取り上げられていた1),2年前の日本シリーズ,中日対日本ハムの試合結果です。池田先生の記事の受け売りになってしまいますが,わかりやすいので例に挙げてみました。この試合,ヒット数では中日が上回りましたが,得点は3-1で日本ハムの勝ちです。言ってみれば得点というエンドポイントで判定して,日本ハムの勝ち,だということです。野球のルールでは,何人本塁に帰ったかで勝敗を決めるようになっていますから,ヒット数やエラー数,奪三振率などでは決まりませんし,得点の上にヒット数をなんらかの形で加えて評価したりすることはありません。ましてや打率や相手投手の防御率で得点を補正することなど絶対ありません。

図1 野球におけるエンドポイント
2007年の日本シリーズ。3-1で日本ハムの勝ちであるが,安打数は中日4,日本ハム2。(日本野球機構オフィシャルサイトより)

 しかし,ヒット数や打率もある状況下では重要な数値になります。例えば,あるトレーニング法を取り入れたとき,最終的にはチームが勝つことが目標ですが,たとえ敗れたとしてもチームの打率が上がればその方法は間違っていないかもしれません。つまり,野球における得点は“真のエンドポイント”であり,打率等は参考資料ないしは“代替のエンドポイント”(サロゲートマーカーとも言います)ということになります。これには,“真のエンドポイント”である得点をある程度予測できるもの,という意味と,打率や長打力等の工夫が得点というエンドポイントを改善できるかもしれないという意味があります。

 動脈硬化性疾患領域の臨床試験では,“真のエンドポイント”とは死亡,心筋梗塞,脳卒中で,そのリスクを予測可能にし介入による予後の改善が図れる“代替のエンドポイント”として血圧,血糖,血中脂質のほか,最近ではより生物学的に動脈硬化と関連が強いマーカーとして,IMT(Intima Media Thickness,内膜中膜肥厚)が臨床試験に用いられることもあります。ただし,“真のエンドポイント”ではないマーカーを用いた臨床試験の解釈においては落とし穴も多く,これについては次回以降に解説します。また,過去には「打率や防御率で得点を補正する」ような臨床試験もあったので2)これについても解説します。

“心血管イベント”の多様性と複合エンドポイント

 論文を読み,結果を診療に使おうとするとき,エンドポイントがどのように定義されているかを把握することは大切です。しかし,最近の臨床試験はこれが案外厄介です。

 動脈硬化性疾患で言えば,例えば“心血管イベント(Cardiovascular Events)”というエンドポイントがあります。これは脳卒中や心筋梗塞のみを指すのならいいのですが,必ずしもそうではありません。本連載第2回(第2829号)に書きましたが,英国でのWOSCOPS研究3)とわが国のMEGA研究4)は共に“冠動脈疾患”をエンドポイントとしていますが,内容はまったく異なります。

 WOSCOPS研究のエンドポイントは,“冠動脈疾患による死亡および非致死性心筋梗塞”ですが,MEGA研究のエンドポイントは“心筋梗塞”のみならず“狭心症”“経皮的冠動脈インターベンション(PCI;Percutaneous Coronary Intervention)+冠動脈バイパス術(CABG;Coronary Artery Bypass Grafting)”です。一般に,欧米のスタチン系薬剤の臨床試験は,「スタチン系薬剤投与によるLDLの低下により,心筋梗塞が減少する」という仮説を証明するための試験だったわけですから,エンドポイントは“心筋梗塞”になります。降圧治療は致死性,非致死性の脳卒中および心筋梗塞の予防を第一の目的にしているので,降圧薬の臨床試験ではこれらがエンドポイントとなります。なぜ,狭心症やPCI/CABGは主要評価項目として評価されていないのでしょうか? あるいはなぜ日本のMEGA研究ではそれらをエンドポイントとして組み合わせたものを使用しているのでしょうか?

 最近日本でも多くの心血管系臨床試験が実施され,JAMAなどの一流誌に掲載されることも増えてきました。これらの試験のエンドポイントをみると,狭心症の悪化による入院,心不全での入院などMEGA研究同様にいくつかのエンドポイントを組み合わせたものが使用されています。欧米の試験でも“主要心血管イベント(MACE; Major Adverse Cardiovascular Events)”として組み合わせたエンドポイント(複合エンドポイント)が使用される試験が徐々に増えています。しかし,この複合エンドポイントが臨床試験の解釈と診療への応用を難しくしているのです。

複合エンドポイントは客観性と重要度が異なる項目で構成

 “死亡”“心筋梗塞”“脳卒中”といったエンドポイントと,“狭心症”“PCI/CABG”“心不全の悪化”“心不全や狭心症による入院”“一過性脳虚血発作(TIA;Transient Ischemic Attack)”のようなエンドポイントでは何が違うのでしょうか? それは,定義,診断の厳密さと客観性の問題,それに患者にとっての重要度(重篤性)だと思います。つまり,前者は重篤で患者医師双方に重要であり,客観的に判定しやすいエンドポイントです。一方,後者は主観が混じるため厳密な判定が難しく,そもそも定義が難しいエンドポイントで,重要性も前者に比較すると低いのです。前者をハードエンドポイント,後者をソフトエンドポイントと呼ぶこともあります。問題は,客観性に問題があり重要度が低いエンドポイントほどよく発生し,介入試験においてはそれで差がつくことが多いということなのです5)(図2)。このようなエンドポイントで生じた臨床試験での“大きな差”が実際診療を行う上でどのような意味を持つのか,解釈は難しいですね。

図2 エンドポイントの重要性と治療介入の効果(文献5より改変)
NEJMなどのメジャージャーナルに掲載された,心血管系ランダム化比較試験のエンドポイントの重要性と治療介入効果の関連。より重篤なエンドポイント(死亡,心筋梗塞など,図でのDeath,Critical, Major)は発症数も少なく,治療介入効果も低い。重要度の低いエンドポイント(狭心症の悪化など,図ではModerateおよびMinor)ほど発症は多く,治療効果も高いと報告されている。対照群の発症率はDeath 3.3%,Critical 3.3%,Major 3.7%,Moderate 12.3%,Minor 8.0%。

 “心不全の悪化”は重要度,重篤性は高いのですが,悪化などは基本的に症状での診断が主体で,客観的な評価が困難です。したがって,比較的短期間の治験(特に早期臨床試験)では脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP; Brain Natriuretic Peptide)を指標として用いますし,心不全患者を対象とした長期の臨床試験では,総死亡の改善が有効性の評価に用いられます。

 また,PCI/CABGといった治療介入,入院という判断はよほど基準を厳密にしない限り,評価の対象になりにくいと思います。そもそも“入院リスク”や“治療介入を受けざるを得ないリスク”をCOXの比例ハザードモデルで解析していいのか,疑問が残りますね。

 次回も「複合エンドポイント」を用いた試験の解釈に関するいろいろな落とし穴を解説します。

つづく

参考文献
1)Massie IKEDA:内科医 池田正行
2)Weber MA, et al. Blood pressure dependent and independent effects of antihypertensive treatment on clinical events in the VALUE Trial. Lancet. 2004;363(9426):2049-51.
3)Shepherd J, et al, West of Scotland Coronary Prevention Study Group. Prevention of coronary heart disease with pravastatin in men with hypercholesterolemia. N Engl J Med. 1995;333(20):1301-7
4)Nakamura H, et al, MEGA Study Group. Primary prevention of cardiovascular disease with pravastatin in Japan (MEGA Study): a prospective randomised controlled trial. Lancet. 2006;368(9542):1155-63.
5)Ferreira-Gonzalez I, et al. Problems with use of composite end points in cardiovascular trials: systematic review of randomised controlled trials. BMJ. 2007;334(7597):786-92.

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