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第2847号 2009年9月21日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第57回〉
爪切り事件第一審判決

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 第13回日本看護管理学会が,勝原裕美子(聖隷浜松病院副院長兼総看護部長)大会長のもとに浜松で開催された。「可視化」をメインテーマとした年次大会は,興味深い講演やシンポジウムが組まれ刺激的であった。

 2日目の第3会場における「特別セミナー」も満席であった。特別セミナーでは日本看護管理学会学術活動推進委員会(委員長=井部俊子)が主催して「『爪のケアに関する刑事事件』の一審判決を読み解く」ことを弁護士の荒井俊行氏(奥野総合法律事務所)に依頼した。爪切り事件第一審判決は福岡地裁小倉支部で2009年3月30日に,「懲役6月,執行猶予3年」の有罪(傷害罪)判決が出され,現在控訴中である。

 一審で認定された“犯罪事実”は,以下のとおりである。

1)脳梗塞症等で入院中の患者A(当時89歳)に対し,その右足親指の肥厚した爪を,爪切りニッパーを用いて指先よりも深く爪の4分の3ないし3分の2を除去し,爪床部分の軽度出血を生じさせる傷害を負わせた(2007年6月11日)。
2)クモ膜下出血後遺症で入院中の患者B(当時70歳)に対し,はがれかかり根元部分のみが生着していた右足中指の爪を,同爪を覆うように貼られていたばんそうこうごとつまんで取り去り,同指に軽度出血を生じさせるとともに,右足親指の肥厚した爪を,爪切りニッパーを用いて指先よりも深く爪の8割方を切除し,同指の根元付近に内出血を,爪床部分に軽度出血を生じさせる傷害を負わせた(2007年6月15日)。

 本件は当初,爪はがしや高齢者への虐待などとセンセーショナルに報道された。私は看護管理者として,本件はいったいどのような事件であったのか,一審判決で指摘されていることは何なのか,この事件からわれわれは何を共有しておくべきなのかを明らかにしておく必要があると考えて特別セミナーを企画した。

一審判決を読み解く

 講師はまず,本件は傷害罪の成否の問題であり,業務上過失致死傷の問題でないことに注目すべきであると指摘した。傷害罪とは,「人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する(刑法204条)」と規定されていること。また,傷害とは,「他人の身体に対する暴行により,その生活機能に傷害を与えることをいう(最決1957年4月23日)」と説明した。

 第一審判決抜粋から講師は以下の箇所を取り上げ,看護行為とフットケアに関する見解を評価した。「看護師が事故の危険防止や衛生上の必要から,フットケアの一環として,高齢者の肥厚した爪などを指先より深い箇所まで切って爪床を露出させることがあったとしても,その行為は,人の生理的機能を害するような違法な行為の定型には当てはまらず,傷害罪の構成要件に該当する傷害行為とは言えない」(ただし,この判例が通説的見解と言えるかどうかは疑問である,と講師は指摘している)。

 さらに判決は,正当業務か否かについて,保助看法第5条を引用し,普通の爪切りは療養上の世話にあたるとしている。続けて,「看護師がその業務として行う療養上の世話の具体的な内容,方法は,看護の現場において,個々の看護師が,看護師としての専門的な知識経験などに基づき,個々の事情に応じて適切なものを選択して患者に施すものと言え,その内容方法につき個々の看護師の裁量に委ねられた分野である」と判示。そして,「証人N,証人Kの各供述その他関係証拠によれば,看護師が,患者のために行うフットケアの一環として,高齢者等の爪床から浮いている肥厚した爪を指先よりも深い箇所まで切ることもまた,療養上の世話に含まれると言えるから,仮にフットケアとして爪切りを行う中で出血などを生じさせてしまった場合であっても,看護行為としてしたものであれば,正当業務として違法性が阻却され,傷害罪は成立しないと言える」とした。

 しかし,本件の被告人の各行為は,「患者のためのケアであることを忘れて爪切り行為に熱中し,自由に体を動かすことも話すこともできない患者であるのをよいことに,痛みや出血を避けるなど患者のための配慮をすることなく,自らが楽しみとする爪切り行為を行い,患者に無用の痛みと出血を伴う傷害を負わせている」とし,さらに,「爪床が露出するほど爪を深く切り取る爪切り行為は,職場内では患者のためのケアとは理解されていない行為」であることや,「患者の家族や上司から説明を求められても,フットケアであることの説明をすることなく,自らの関与を否定し続けた」のであり,これらの行為はケア目的として行った看護行為として認めることができず,「正当業務行為に該当しない」と判示している(下線は筆者)。

ケアの質の保証とは何か

 講師は,本件の争点は,(1)事実に関する争い(つまり,何のためにやったのか)と,(2)法的評価に関する争いである,と指摘した。犯罪の成立は,構成要件該当性(実行行為,結果,因果関係,故意)の有無と,違法性阻却事由(正当業務行為「法令又は正当な業務による行為は罰しない」刑法35条)の有無であり,医療行為の正当性は,(1)医学的適応性,(2)医療技術の正当性・相当性,(3)患者の承諾を要件としている。講師は,本判決は爪切り行為の正当化要件として,ケア提供の“プロセス”を争点としており,ケア自体の質や必要性を重視していない点が問題であると述べた。

 被告人の捜査段階での供述調書が判決の根拠として多く用いられていることから,日ごろの発言のあり方やインシデント・リポートの書き方についても示唆していると筆者は感じた。安易な「反省文」を書いたり,事実と推測を明確に区別して論じないと不利になる事態が起こる,ということである。

 それにしても,患者の足の爪が放置され鳥のくちばしのように伸びている状況は,ケアの質の保証とは何かという問題を痛切にわれわれに突きつけている。

つづく

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