医学界新聞

連載

2009.09.07

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第4回】専門識者としての自己統制に基づく
欧米の医学教育・1

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)


2841号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。


誰が医学教育プログラムを管理する?

松村 日本の初期臨床研修制度は,厚生労働省が認定した実施施設で,ある程度決まったプログラムで実施されています。欧米でも,このような政府による臨床研修制度の管理はあるのでしょうか。

ノエル 医学部や卒後教育の内容に政府の規制があるのは欧米でも一般的ですが,卒前・卒後教育ともに専門職者である医師と,公益側の代表者とで主に管理している国が多いようです。

 例えば英国では,医学の学位を授与する大学は,医師の資格試験や卒後教育の基準に見合うように独自にカリキュラムを構築し,大学自身でその効果を評価しています。また,医学教育の質を改善しようと専門職組織との共同研究が盛んに行われており,2003年以降英国の多くの医学部が,それぞれの医学教育プログラムの質を評価するための共同プロジェクトを行っています。その結果,医学知識,情報収集能力,分析能力,判断力といった能力を測定するために,その妥当性が検証された試験問題を“プール問題”として蓄積し,共同利用を行うようになりました。このプロジェクトに加わっている医学部は,プールされた試験問題を自校で使用することができ,得られた結果は標準的能力に関するデータベースを作る共同研究に還元しています(註1)。

 英国では,すべての市民に医療を提供するのに必要な数のGP(General Practitioners:家庭医)を養成し,同時に適正な数の専門医を確保して配置するため,卒後臨床研修の定員枠を政府が厳しく統制しています(註2)。しかし,GPや専門医の研修カリキュラムや求める能力の規準を作り,研修の修了証を発行するのは,王立内科学会(Royal College of Physicians)や王立外科学会(Royal College of Surgeons)など,各領域の専門職者による組織です。すなわち英国では,医師の供給数は政府が統制し,研修内容は専門職者自らが規準を設け監督している,ということです。

 米国やカナダでも,同様のシステムで医学教育の質を管理しています。米国50州とカナダ10州では,州ごとに医師免許を交付しており,各州はその住民や地域に特有の健康問題に応じて,異なる研修内容の規準を組み込んでいます。その一方で,すべての州で共通して求められている要件もあります。その項目を以下に示します。

1.米国ではLiaison Committee on Medical Education(LCME:医学教育連絡委員会),カナダではCommittee on Accreditation of Canadian Medical Schools(CACMS:カナダ医科大学認定委員会,註3)が認定した医学部を卒業していること。
2.米国ではUSMLE Step Iと実技試験を含むStep II(これらは臨床研修開始前に受験),Step III(臨床研修1年目の修了以降に受験)で基準を満たす得点を取ること。カナダでは,Medical Council of Canada Evaluating Examination(MCCEE)の試験に合格すること。
3.専門職者が保証した申請者の臨床技能,プロフェッショナリズム,特性が記された文書の提出。
4.(すべての州の)医師免許認定審査会(Medical Licensing Board)の記録に,医師として告訴や法的措置が取られた過去がないこと。
5.(すべての州の)法的記録に,専門職としてふさわしくない違法行為(麻薬の使用,詐欺行為,暴力犯罪など)に関する記載がないこと。

 米国・カナダの州政府ならびに連邦政府は,医学部のカリキュラムや臨床研修の構成・内容を直接管理することはありません。専門職者のボランティア的組織(註4)を通じて,医師自身が医学部と臨床研修のどちらについても規準を設定するのです。米国とカナダの専門医審査会(Specialty Board)は知識,臨床能力,専門職者としての技能を問う試験問題を作成します。それとは別に,専門職団体として臨床研修プログラムの構成や内容,また定員について規準を設けています。

医療者が作る基準を評価する専門職組織

ノエル 米国やカナダ,また他の西欧諸国において医療者たちは,医師が十分に訓練・指導を受けていることを市民に保証するために必要な専門的知識を,政府(政治家や医師ではない官僚たち)は保持することができない,という認識に立っています。このため,こうした国々の医師は,必要な臨床研究を行い,これに行政やメディアからの批判,また市民からの要求に適う形で,臨床と教育における高い自律的な規準を作りました。そして,さらにその規準を評価することだけを目的とする組織を作ってきたのです。例えば米国では,米国医師会(AMA)のような会員制の組織は,会員である医師たちの個人的利益に左右される組織であると,一部の市民や政治家からは見なされています。しかし,AMAはLCMEなどの専門職者のボランティア的な諸団体とともに,医学生や研修医の教育の水準を高めるための活動をこれまで熱心に行ってきました。具体的には,LCMEやACGME(卒後医学教育認可評議会)などの委員になることで,医学教育に貢献しています。

 米国ではLCMEが,そしてカナダではCACMSが,医学生が卒後臨床研修に進む際に必要な教育や経験が,卒前の基礎・臨床カリキュラムによって提供できているかどうかを判定しています。これは毎年行われるアンケート調査と専門の評価者による現地訪問調査によって行われます。医学生と教員に対しては,教育に費やす時間に対する経済的支援は十分か,教室や病院の設備は満足のいくものか,患者数と疾患の種類は十分か,そして教員の研究活動は十分か,などについて秘密裡に面接調査を行います。LCMEの委員はわずか17名で,臨床医,医学教育者,医科大学の管理者,一般市民,医学生で構成されています。委員の選考基準は,中立性,社会経験,そして利害関係がないことです。

 このLCMEとCACMSによる審査は,米国とカナダの臨床研修プログラムからも連邦政府からも,医学部に対する公的な認証審査であると認められています。そして,この審査とは別に政府が審査することはありません。つまり,医学生の教育を創り出すのも監視するのも,すべて専門職者の自己統制によって行われているのです。両国の政府は,認可を受けた医学部が求められている規準を満たしているという,これらの組織が下した判定を受け入れているのです。

社会が専門職者に要請する

松村 このような,背景に関する詳しい話はとても参考になります。欧米では,政府は医師免許の交付にはかかわっているものの,医師たちが医療に従事するのに必要な技能や知識,専門職者としての態度を身につけているかどうかについては,専門職組織の評価を受け入れるということですね。

ノエル 医師たちは臨床研修の質を監査する責任を自覚していますが,同時に,メディアや政府機関からも厳しく監視されている,と考えています。何か問題が生じた場合,例えば勤務時間が長すぎたため研修医が患者に被害を与えてしまったなどの医療過誤の発生が明らかになった場合は,患者の安全を保証するために専門職者として教育プログラムの改善を社会から求められる,というような事態も起こります。

 研修医の労働環境に関しては研修医の勤務時間の問題だけでなく,研修病院の患者について最終的な責任を持つ指導医が,研修医を継続的に監督しているかどうかという問題も含まれます。このように,社会からの要請で専門職者による対応が求められるのは,米国,オーストラリア,ニュージーランド,そして多くの欧州諸国でも同様です。

つづく

註1:大学医学評価パートナーシップ(The Universities Medical Assessment Partnership:UMAP,http://www.umap.org.uk/)は,卒前医学教育の質,基礎的および応用知識の評価に焦点が当てられた共同プロジェクトである。すべての英国の医学校はこのプログラムに参加する資格があり,海外の医学部でも希望すれば協力施設として参加することができる。
註2:本連載第2回(2837号)参照。
註3:http://www.img-canada.ca/en/licensure_overview/exam%20chart.htm (カナダにおける国家試験などに関するさまざまなステップがまとめられている。)
註4:専門職者のボランティア的組織は,年会費を負担する会員と,生涯教育の提供や組織委員会への参加を通じて医学教育や患者ケアの改善に貢献する自発的な会員とで成り立っている。

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