医学界新聞

連載

2009.07.06

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第2回】米国における医師数と配置の統制(前編)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)


2833号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。


日本にはどれだけの医師が必要でしょうか?

大滝 ノエル先生,日本でジェネラリストとスペシャリストから適切な医療を受けるにはどれだけの医師が必要でしょうか。

ノエル その質問は,どの国にもあてはまるものです。ジェネラリストとスペシャリストへのアクセスや両者の割合が適正なバランスになるよう,各国でさまざまな方法が取られているようです。

 例えば,ヨーロッパの一部の国では医師養成課程を持つ大学の入学試験に合格すれば,どの学生でもその課程を履修でき,卒業すれば医学士の学位を取得できるのです。こうした国々では,医師の人数調整は卒後の段階で行われます。臨床研修の場は制限され,医学部を卒業する学生の全員が研修先を見つけることができるわけではありません。医学部に進学する学生数を制限している国を含め,ヨーロッパの多くの国では,専門医のフェローシップの数は,必要とされる専門医の数に応じて細かく調整されています。

 英国を例に挙げてみると,呼吸器内科や消化器内科のような内科の臓器別専門分野の後期臨床研修に進めなかった医学部卒業者たちは自動的にジェネラリストになります。産婦人科研修の受け入れ人数は,試算された需要に応じて数年おきに調整されています。ヨーロッパの多くの国では,医学部進学者数,総合診療や専門医療の研修医の人数,そして専門医の数が,政府の機関によって決められています。

 一方で,現在多くのヨーロッパ諸国で医学教育のシステムが変化してきています(註1)。その理由のひとつに,EU加盟があります。EUでは,仕事のポジションはすべて,その仕事の資格を有するEU市民に公平に開かれている必要があります。これは,英国である専門領域の訓練を受けた医師が,他国から来る専門医とポジションを争うため,英国内で職を得られない可能性があることを意味します。英国では,すべての医師に政府が給料を支払っており,政府は専門医の数とその配置を決めています。

米国における医学部定員

大滝 米国では医学部の卒業者数はどのように規制されていますか?

ノエル 米国連邦政府は医学部卒業生数や研修医数の直接的な制御はしていません。医学教育のほとんどの面で,医療従事者自身が非営利団体や委員会を通じて自己規制をしています。医学部の入学定員は,医師の需要,学生や研修医の教育に必要な患者数,指導にあたることのできる教員数を考慮した上で,各医科大学によって決定されます。また,学生の支払う授業料と教育に必要な実際のコストの差を補う財源にも左右されます(註2)。

 医学部は8年おきにLiaison Committee on Medical Education(LCME:医学教育連絡委員会)による監査を受けます。基礎医学と臨床教育の水準,医学生への対応,教員に対する支援などの基準を満たさなければなりません(註3)。LCMEの委員は,AAMC(The Association of American Medical Colleges:米国医科大学協会)と米国医師会の教育委員会(Council on Medical Education of the American Medical Association)によって指名され,これにさらに2名の(医師でない)公益代表委員と2名の医学生委員が加わります。医学部が学生を増やしたい場合は,適正な教育資源を備えていることを保証するため,LCMEの基準を満たさなければなりません(註4)。

 1960年代には毎年8千人の大学卒業者が医学部に進学していましたが,特に遠隔地や大都市の貧困地域における医師の不足が広く認識されていました。米国公衆衛生局医務長官(日本の厚生労働大臣にあたる)は,医師の養成体制を検討する対策本部を設け,既存の医学部には定員を増やすよう,また他の大学には新規に医学部を開設するよう働きかけました。連邦政府は増加した学生数に応じて多額の補助金を出しました。1976年までに新たに認められた医学生の入学定員は1万6千人に倍増し,44の新しい医学部が開設され,現在の126校に増えました(註5)。その後30年の間に,医学部の定員増は医師不足は解消できても医師配置の問題の解決にはつながらない,という見解が示されました。これは政府が出資してGMENAC(Graduate Medical Education National Advisory Committee:全米卒後研修勧告委員会)が実施した一連の研究に基づいたものでした。そこで政府は医学生への補助金を中止し,代わりにその資金をプライマリ・ケアの研修に充て,医師不足の地域で診療する医師にインセンティブを与える方向に切り替えたのです。このプログラムは今も続いています。

 人口の増加に伴い,必要とされる医療資源も増加しました。2020-25年までに20万人もの医師不足が生じるという新たな試算がなされています(註6)。しかし,あとどれほどの医師を育成すべきかについて,政治家や識者の合意はまだ得られていませんし,医師数を増やすことが逆に医療コストの増加につながり,遠隔地や都会の貧困地区の医師を増やすことには貢献しないという強い懸念もあります。

専門職組織が自ら統制する

大滝 研修医やスペシャリストの人数の制御についてはいかがでしょうか。

ノエル 連邦政府はジェネラリスト領域(小児科医,内科医,家庭医)の研修医数や専門医数を直接決めることはしません。しかし過去30年間,ジェネラリストの研修医数に基づいて,メディケア(65歳以上と障害者を対象とした公的医療保険)から研修病院へ支給する診療報酬を上乗せしてきました。

 初期研修の後の専門医の研修に対する,政府から病院への援助は極めて少ないか,皆無です。小児科,内科,そして外科の専門科では,サブスペシャリストになる前に3年間のジェネラルな研修が行われます。例えば循環器内科の場合,循環器専門の訓練を受ける前に総合内科で3年間研修しますし,胸部外科の医師は一般外科の訓練を数年間受けます。ジェネラルな研修に対しては政府から助成金が支給されますが,その後の専門領域の研修には支給されないため,研修病院自体から給与を支払います。専門領域の研修医やフェローは研修病院の臨床面の機能を高め,研修を修了した医師ならびにnurse practitionerやphysician assistantのような医師以外の医療者よりもコストがかからないと,一般的には考えられています。研修病院における専門医育成のインセンティブは,研修医や特に上級のフェローが多く診療すると,医療コストが低下する点にあるのです。

 各専門科の医師数は外部の2つの専門職組織によって統制されています。American Board of Internal Medicine(内科専門医認定機構)などの認定機構とACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education:卒後医学教育認可評議会)(註7)です。それぞれが医師と一般市民によって構成され,研修の基準と必要な教育資源(患者数,経験できる疾患や処置の範囲,病床数と外来患者数,指導医の数と研修医指導に充てる時間数,研修医の給料と福利厚生,労働条件,労働時間の総計,カリキュラム,関連性のある他の専門科トレーニングの有無)を決めています(註8)。例えば,ある循環器内科の研修プログラムを拡張したい場合は,循環器内科のResidency Review Committee(RRC)にその内容を具体的に説明し,フェローを増員するのに足る,質の高い研修が提供可能であることを示さなくてはなりません。経験できる症例や手技,教員の指導時間,そしてカリキュラムが十分であるかが問われます。他の例として,小児外科では,米国内で訓練を受ける研修医の数がRRCと専門医認定機構によって規制されています。それぞれの研修医がその研修プログラムにおいて2年以内に研修しなくてはならない手術の数と種類が示されているのです。

つづく

註1:英国での例:http://en.wikipedia.org/wiki/Medical_education_in_the_United_Kingdom
註2:米国のほぼすべての州で,州税を基盤とする資金援助を受ける医学部が少なくとも1つはある。こうしたいわゆる“州立大学”(例:カリフォルニア大学サンフランシスコ校,ワシントン大学など)は時として州政府の決定により拡張を求められ,その費用として州からさらに援助を受ける。しかし,将来的に必要な医師数を供給するのに十分な医学部の入学定員を確保している州はほとんどない。例えば,カリフォルニア州の医学部卒業生の数は,州が将来の需要を見込んで必要とする医師数よりもはるかに少ない。
註3http://www.lcme.org/overview.htm
註4http://www.lcme.org/classsizeguidelines.htm
註5:Cooper RA. Medical schools and their applicants: an analysis. Health Aff. 2003;22(4), 71-84.
註6:Cooper RA. Weighing the evidence for expanding physician supply. Ann Intern Med. 2004;141(9), 705-714.
註7:ACGMEは研修病院が研修医に対し効果的な教育と充実した指導体制を整え,十分な睡眠と健康管理が得られる安全な労働環境を提供するための要件を総合的に管理している。ACGMEは各specialtyとsubspecialtyのRRCが研修プログラムの必要項目を管理統制する支援をしている。これらの項目は詳細に規定され,厳密に施行されている。
註8ACGMEのホームページを参照。なお,専門科の必要項目については同ページ内http://www.acgme.org/acWebsite/navPages/nav_comRRC.aspに記載。

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