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第2833号 2009年6月8日


【特集】

アタマじゃなくて心で感じる
地域医療のエッセンス


 近年,地域医療教育の重要性が認識されつつある。2008年に改訂された医学教育モデル・コア・カリキュラムでは「地域医療の在り方と現状および課題を理解し,地域医療に貢献するための能力を身に付けること」が書き加えられた。また,2010年度からの医師臨床研修制度の見直しで必修科目が削減されるなか,地域医療研修は必修として存続することになった。医学生・研修医は地域医療から何を学ぶことを求められているのか。その答えを求めて,地域医療のプロフェッショナル,名田庄診療所の中村伸一氏を取材した(インタビュー関連記事)。


よりよい診療は,診察室の外で始まる

 名田庄診療所は,京都府と滋賀県に接する福井県の南部,大飯郡おおい町の名田庄地区にある。同地区には3000人が暮らしており,高齢者が約3割を占める。同地区から車で20分ほど走ると隣町の総合病院があるにもかかわらず,名田庄診療所への信頼は厚く,1日に平均して55人もの患者が訪れる。

 さまざまな訴えを持つ患者が来院する診療所だが,中でもやはり高血圧・糖尿病・高脂血症などの慢性疾患を抱えている患者が多い。取材時に同診療所での1か月にわたる研修の振り返りを行っていた,福井県済生会病院の卒後2年目研修医の笠松由佳氏は,「最初のころはどう接したらいいのかわからなかった」と,慢性疾患患者へのアプローチの難しさを語る。急性期の患者に比べて症状の変化が少ないため,悪化を未然に防ぐための的確なアドバイスと,わずかな変調を見逃さない観察眼が医療者には求められる。

 

診療所の薬品棚。時間外には中村氏も調剤を行う。このほか,多様な疾患を持つ来院者に備えて,X線テレビ装置・超音波診断装置・上部消化管内視鏡・下部消化管内視鏡など,プライマリ・ケアを行う上では十分な設備が整っている。

 例えば,糖尿病患者の体重が1kg増加した場合,医療者はどのようにアプローチをすべきなのか。わずかな体重増加も,看過すれば重大な症状悪化につながりかねない。ここで大切なことは,ただ機械的に食事指導をするのではなく,患者自身やその社会的背景にも興味を持ち,勤務時間のサイクルや同居家族,食事の時間・嗜好性などを考慮した上で,患者と二人三脚で対処していくことであると,中村氏は強調する。

 患者のことをよく理解するには,患者・医師関係だけではなく,同じ地域の住民として人間同士の関係を深めていくことも大切だ。診察室に限定されない患者との関係づくりが,良好な地域医療を実現するコツと言えそうだ。

 「人とかかわる仕事がしたいというのも,医師になろうと思った理由のひとつ」と話す笠松氏は,患者との距離が近い地域医療を魅力的に感じたようである。読者の皆さんはどうだろうか。

訪問診療の目的の一つは,お年寄りの体調の変化を見逃さないこと。「今日はいい天気ですね。お加減はどうですか」という問いかけへの応答とともに,表情などにも注意する。患者の動線を想定し,家具の配置,手すり,介護用具のチェックも行う。

地域一帯で支えあう医療

 地域医療の重要な役割の一つに,地域の人々の願いを実現するための手助けをすることがある。1991年に診療所に赴任してきた中村氏が感じとった地域の人々の願いは,「ずっとこの村で家族と共に暮らし,家で死にたい」ということ。

 この願いを支援するために中村氏は,まず地域連携の強化を行った。中村氏が着任する以前の名田庄地区では,診療所,行政,社会福祉協議会それぞれが個別に活動していたが,自宅で生活する高齢者や体の不自由な人たちに安定したケアを効率よく提供するために,地域の医療・保健・介護のスタッフの情報交換・連携のための会議「ケアカンファレンス」を立ち上げたのである。

 さらに,行政や社会福祉協議会等と協力して保健医療福祉総合施設「あっとほ~むいきいき館」を設立。施設には,デイサービスの設備や冬期に雪で閉ざされ独力での生活が困難な高齢者のための生活支援ハウスのほか,子育て中の母親の交流室やパーティールームなど,さまざまな世代のニーズをサポートする施設がそろっている。

 地域の人々にとって,それぞれが望む生活をしていく上で,医療者が果たす役割は大きい。高齢化が進んでいるわが国において,長い人生をより充実したものにしていくために,健康を守る医師の存在は重要性を増してきている。自分の地域に住む人々のライフスタイル・プランに合わせた医療を展開していくことが期待されている。

「あっとほ~むいきいき館」の外観。中には,名田庄診療所をはじめ,名田庄地区の健康と福祉を支えるための施設が幅広く備えられている。

 「あっとほ~むいきいき館」やケアカンファレンスは,名田庄診療所での地域医療研修にも役立っている。これらの施設を利用した保健・介護サービスや他職種の業務を体験研修する機会が設けられているのである(参照)。他職種のスタッフがどのような点に配慮して,サービスを行っているか体験することによって,患者の日常生活と教科書どおりの医療との間のギャップを埋める学びがある。

安らかな最期のために

 名田庄地区の医療でもう一つ重要なのは,訪問診療だ。同地区では,脳卒中の後遺症や外傷性脊髄損傷で通院が困難な患者や,交通弱者の高齢者などに対して,訪問診療を行っている。ここで重視されているのも,家族と一緒に過ごし,最期のときも自宅で迎えたいという人々の思い。名田庄診療所では,そんな高齢者の考え方を最大限に尊重し,できる限り入院を避け,訪問診療で対応している。

 自ずと,高齢者に安らかな最期を迎えてもらうことが,同地区の医療職者の重要な役目になってくる。腎臓を患ったある男性患者が亡くなる直前には,桜を見せるために外へ連れ出した。余命もあとわずかという時期に,主任看護師と相談して,タイミングをみて連れ出そうと,車いすを載せられる福祉車両の確保をケアマネジャーへ依頼し,チャンスを待っていた。酸素ボンベを持って出かけて,咲き誇る桜を背景に記念写真。「きれいやなぁ」とかすれながらの声でしみじみと語った患者は,その9日後に亡くなった。そのときの写真をご本人にプレゼントすると,枕元にずっと飾ってくれていたそうだ。

 「本来の診療とは関係なく,診療報酬にも結びつかないこのような行動をとったのも,『いい人生やった』と最期にひとこと言ってもらいたかったからです」という中村氏の思いは,住民のよりよい人生を支えていくという考えに基づいている。

 地域医療には,患者と医師の関係だけでは説明しきれないつながりがある。余命わずかな患者を桜のもとへ連れ出した中村氏を動かしたものは,家族に対する愛情に似ている。医療者と患者は本来どのような関係にあるべきなのかということを地域医療は教えてくれるのかもしれない。

地域を支えるコメディカル・スタッフの存在感を実感

笠松由佳氏(福井県済生会病院研修医)


 1か月間の診療所での研修中,最初の1週間は,訪問看護,デイサービス,ホームヘルプ,ケアマネージメントの仕事を,「あっとほ~むいきいき館」で働くコメディカル・スタッフの方と共に経験させていただきました。これらの介護サービスの利用者を外来診療や訪問診療で患者として診察する機会は,ここ名田庄では数多くありますが,診察時には汲み取りきれない表情や生活感を介護サービス中には直に感じることができます。患者の日常を支える地域医療にとって,介護サービスは不可欠であることを学びました。

 ケアカンファレンスでは,各職種のプロがそれぞれの立場から,患者にとって最もよい方法を検討し追求しています。この場に参加することで,医療というのは人々の生活の一部でしかなく,多くの力で地域住民の生活が支えられている実際の現場を感じることができました。