医学界新聞

連載

2009.04.27

医長のためのビジネス塾

〔第3回〕マーケティング(2) マーケティング戦略

井村 洋(飯塚病院総合診療科部長)


前回からつづく

 前回は,マーケティングの意味や医療との関連性などについて紹介しました。「そのような角度からみるとマーケティングは医療にも通じるところがある」と思っていただくことができたでしょうか。そのような気持ちになってくださっている方のために,今回からは,マーケティング戦略の内容について紹介していきます。

「戦術」よりも「戦略」

 マーケティング“戦略”と記載したように,ビジネス界では戦略,戦法,戦力などの軍事用語が転用される傾向があります。軍事用語の中でも違いがわかりにくいのは,「戦略」と「戦術」です。

 簡単に言えば,「戦略」とは,長期的・大局的な観点から方向性や行動を決定・調整していくことです。一方,戦術とは,あくまでも戦略の巨視的な方策の下で戦力を運用する術策です。例えば,何らかの疾患を有する患者さんに対する治療のゴールを,治癒を最優先にするのか,治癒ではなくQOLを最優先にするのか,を決めることが戦略と言えます。また,選択した戦略的ゴール(治癒もしくはQOL向上)に向けて採択する方法が,「戦術」に相当します。

 ここでは,戦略のほうが戦術よりも大きな成功や勝利につながるための策定である,と割り切って理解してください。そうすれば,「戦略的成功のほうが,戦術的成功よりも優先される」という原則が理解できます。「戦略は,戦術よりも大きい」という程度の理解でもいいのかもしれません。

事業戦略とマーケティング戦略

 上記のように戦略を定義すれば,マーケティング戦略とは,次のようなものと言えます。

・顧客や生活者の需要に応えて提供する製品やサービスが受け入れられるための,
・長期的視点に立った方向性や行動の決定・調整

 そのようなマーケティング戦略を立てる前には,企業や組織の大きな方向性や方針である「事業戦略」の存在があり,その事業戦略に沿ってマーケティング戦略を策定します。

 マーケティング戦略のプロセス
 簡単な例を示して説明してみます。「インターネットを通じた音楽や映画の提供を開始して成功に至る」ということを,自社の能力や社会的な環境分析を通じて決定するまでが事業戦略だとします。それを成功させるための課題をどのように解決していくかについて計画を策定することが,マーケティング戦略ということになります。

 もうひとつ,研修教育を例にとって考えてみましょう。現在,研修教育病院を標榜している各施設は,「研修教育に参画して成功する」という事業戦略を,その他の幾多の事業と並列で検討した上で選択したものと思われます。研修教育を行うための資源は十分にあるのか,行うことの意義や効果は何なのか,外的な環境を考慮してもそれは可能なのか,などが検討されたに違いありません。

 ひとたび,研修教育を成功に導くという事業戦略が決まれば,「研修カリキュラムをどうするか」「教育体制をどうするか」「教育内容の広報は?」「そもそもどのような研修医を集めてどのような研修を行うのか」「教育の維持改善システムは?」など,実際に研修教育を成功に導くための基盤を策定していくことが,マーケティング戦略と言えるのです。

 マーケティング活動の過程は,図で示したようなステップで行われます。この図には,一方通行のように記載していますが,実際には,下位の内容を検討している途中に再び上位に戻って検討し直すというように,「下へ,上へ」というような循環や調整を繰り返すことが多いようです。

セグメンテーション&ターゲティング

 市場の細分化(セグメンテーション)および標的市場の選定(ターゲティング)が,マーケティングにおける重要な策定事項のひとつです。

 全集団に対して,いくつかの特徴的な軸で分割することをセグメンテーションと言います。セグメンテーションの軸としては,性別,年齢別,所得別,地域別,職種別などの確認しやすいもの以外にも,旅行好き,スポーツ好き,音楽好き,社交的,多忙な人などと,嗜好やライフスタイルを表す軸もあります。ただし,後者のような軸で分割するには,「旅行好きとは年に平均5回以上は仕事以外の目的で旅行する人」のように,それぞれの定義を決めておかなければ,満足な調査もできません。

 セグメンテーションによって分割された集団の中から,企業活動の対象をどの集団に定めるかを選定することをターゲティングと言います。ターゲティングを行うことにより,商品やサービスを提供する対象を絞りこむのです。

 例えば,浦安にある有名なテーマパークは,万人をターゲットにしています。老若男女,年齢,性別,ライフスタイルなどの違いがどうであれ,すべての人々が楽しめるようなサービスや製品を提供しています(無差別型マーケティング)。

 では,愛知県にある自動車メーカーT社はどうでしょうか? 大規模な自動車メーカーでもあり,対象は万人になっています。が,それぞれの車種が異なるターゲットを想定していることは明らかです。年齢別,所得別,用途別,家族構成別,スポーツ派など,あらゆるセグメントに対して,それぞれマッチする車種をそろえるという方針をとっています(差別型マーケティング)。

 また,銀座に立ち並ぶ高級ブランド店の対象は,富裕層だけだろうと思います(集中型マーケティング)。しかし,ひとつのブランド店内には,富裕層におけるさまざまなセグメントに対応した製品やサービスが用意されています。

 セグメンテーション&ターゲティングのモデルは,これ以外にもいろいろなパターンがありますが,いずれもセグメンテーション&ターゲティングを実践しています。

医療面接の根底にマーケティング的発想が!?

 医療における例を紹介します。初期研修後の後期研修教育は,急性期やER診療を主軸にした教育,へき地医療を主軸にした教育,高度な専門性に特化した教育などと,施設ごとに提供し得る教育内容は異なります。研修医のニーズと提供される教育目的を一致させ成功に導くためには,募集に際して後期研修医のセグメンテーション&ターゲティングを行うべきではないでしょうか。

 後期研修の説明会現場にいくと,多くの施設がそれぞれの特徴を示して,各施設にマッチした研修医を誘導すべく勧誘・広報活動が行われています。そこには,無意識であったとしても,マーケティング活動が確実に存在しています。

 個々の患者さんとの診療場面でも,出身,職業,家族構成,趣味などの話題をやりとりすることはまれではありません。これも,一種のセグメンテーション&ターゲティングなのかもしれません。診断の達人として高名なL.ティアニー医師も初診時にこういった話題を大事にしていると,本紙で紹介されています(「週刊医学界新聞」2009年2月9日発行2817号)

 私たちは,面前の患者さんがどのような方なのかを端的につかむことがその後のコミュニケーションに有用であることを,経験から知っているのです。医療面接の根底には,マーケティング的発想が流れているように思えて仕方がないのは,私の思い込みでしょうか?

つづく

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