風邪と血尿と血痰と
連載
2008.12.01
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修
〔 第4回 〕
風邪と血尿と血痰と
齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)
前回は,劇症肝炎に学びました。「風邪」の訴えに対して,遭遇頻度の高い疾患の「型」を無理に当てはめて治療を開始したり,軽症であるとの思い込みで観察を中断したりすることによる診療の失敗は後を絶ちません。この経験を反省し,繊細な経過観察を心がけない医師は,primary careの場でも,tertiary careの場でも,「藪医者」です。
■症例
Nさんは77歳・男性,元地方公務員。「風邪が治らず,咳が止まらない」。生来健康。喘息の既往,喫煙歴,飲酒歴:なし。身長178cm,体重71kg。
ビニュエット(1)
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異型肺炎と右尿路結石の鑑別診断は?
症状や重症度ごとに,自己判断で医療機関を「とっかえひっかえ」することが,日本人の受療行動の基本型です。これは,自分の診たい疾患しか診ない医師の診療行動の「裏返し」でもあります。患者は賢いですから,医師の習性を読み,「かかりつけ」ではなく,「かかり分け」に自己の生存を託しているのです。
Primary careの場における尿路結石診療の実態は,確定診断されないまま,状況診断により補液と鎮痛剤が処方され,おしまいという展開が大部分です。「側腹部痛」の盲点は後腹膜臓器。膵,腎,大動脈は必ず視野に入れます。「側腹部痛+血尿」の鑑別は,尿路結石よりも先に,大動脈瘤/解離と腎梗塞の除外。ところで,尿路結石で尿蛋白が陽性になるでしょうか?「発熱と咳と検尿異常」の布置を意識し,精査を開始したほうがよさそうです。
ビニュエット(2)
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腎盂腎炎の鑑別診断は?直ちに開始する治療は?
生来健康な男性が,膀胱炎症状なく,膿尿を認めないまま,細菌性腎盂腎炎を患うことはまれです。本気で細菌性腎盂腎炎を疑うなら,治療開始前に血液培養も採取します。また,単純性腎盂腎炎だけでは,血尿を伴い急速に進行する腎障害を説明できません。腎後性閉塞は泌尿器科スクリーニングにより否定的ですが,脱水や薬剤投与による急性尿細管壊死の可能性は残されています。しかし,発熱+血尿/蛋白尿+血清クレアチニン上昇の布置がそろっていますので,真っ先に急速進行性糸球体腎炎(rapidly progressive glomerulonephritis,以下RPGN)を疑います。病初から持続している咳は,RPGNとともに肺腎症候群の一症状かもしれず,早期治療により肺出血を未然に防がないと,予後不良となります。
ビニュエット(3)
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臨床診断は何ですか?
入院翌日,腎生検施行。結果を待たず,同日より,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg×3日間連続)と抗凝固療法(ヘパリン10,000単位/day)を開始。入院第4病日,MPO-ANCA128U/ml(基準値9.0未満),PR3-ANCA陰性,抗GBM抗体陰性,抗核抗体陰性と判明。同日より,経口プレドニゾロン50mg/dayに移行。以後,第11病日より,1週間ごとに5mgずつ減量。第5病日に病理所見判明:糸球体に細胞性半月体形成を認め,蛍光抗体法陰性,メサンギウム細胞および基質の軽度増加あり。基底膜断裂なし。間質と細動脈に炎症所見なし。以上より,MPO-ANCA陽性pauci-immune型壊死性半月体形成性糸球体腎炎(necrotizing crescentic glomerulonephritis)と診断した。入院3週間後,血液透析離脱。4週間後,カリニ肺炎予防のため,スルファメトキサゾール400mg/トリメトプリム80mg/dayの内服開始。プレドニゾロン25mg/dayまで減量した段階で,元気に退院。退院時,血清Cre1.2mg/dl,MPO-ANCA陰性,尿蛋白-,潜血+。
RPGNは,糸球体腎炎の中で数週から数か月で急速に腎機能が低下する疾患です。近年,発生報告数が増えていますが,理由は,この疾患を認知する医師が増えていることにあります。病初は微熱,倦怠感,食欲不振,関節痛,筋肉痛などが前景に立つため,「風邪」と扱われたり,不明熱とされたりします。有熱期間中,患者は煉獄の苦しみを味わいますので,一刻も早い確定診断が望まれます。2-3割の症例に咳,息切れ,血痰などの呼吸器症状を伴い,看過され放置されると,尿毒症,肺出血(肺腎症候群)に陥ります。
急速進行性糸球体腎炎の診療
(1)しばしば,結石,腎盂腎炎,急性尿細管壊死と誤診されます。
(2)発熱/炎症反応,血尿/蛋白尿,血清クレアチニンの急速な上昇。この3徴候を認めたら,速やかに,RPGNを鑑別します。
(3)約3割が腎死に陥り,慢性の血液浄化療法を要します。約3割が個体死に至り,死因の約6割が肺感染症を含む呼吸器合併症です。
全身の諸系統に生じている各症状を独立別個の問題としてとらえていると,血管炎,膠原病といった全身性疾患の診断は,非常に困難です。診断に行き詰まったら,視野を強拡大から弱拡大に切り換えて,患者の全身像を時系列でレビューする習慣が大切です。では,次回まで,ごきげんよう!
■沈思黙考 その四
私たちの認識の限界が,鑑別診断の限界であり,治療の限界です。しかし,有限は人間の本性。その意味で,医師は,多かれ少なかれ,皆,「藪医者」です。
調べてみよう!
急速進行性糸球体腎炎について
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(つづく)
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