医学生へのアドバイス(18)
連載
2008.11.03
連載 臨床医学航海術 第34回 医学生へのアドバイス(18) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
前回まで,人間としての基礎的技能である「記述力-書く」について述べた。本来は今回からは3番目の「聴覚理解力-聞く」について述べるつもりでいた。しかし,「聴覚理解力-聞く」について述べる前に,もう1つ人間としての基礎的技能である「視覚認識力-みる」について述べる必要があることに気がついた。そこで,今まで11の人間としての基礎的技能を挙げていたが,それに1つ追加して合計12とすることにした。そして,今回は新たに追加した「視覚認識力-みる」について述べたい。
人間としての基礎的技能 | |
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視覚認識力-みる(1)
「みる」ことの重要性
今回新たに「視覚認識力-みる」を追加して,これについて述べようと思ったのには理由がある。第32回で科学的文章を記載するときには,事実と意見を峻別して記載する必要があると述べた。しかし,筆者が研修医を指導していて気になることは,研修医に患者の病歴を記載しプレゼンテーションさせると,研修医は事実と意見を区別することなく,平気でゴッチャにして記載しプレゼンテーションすることである。
研修医 「24歳女性の腹痛の患者さんを診ました」
指導医 「じゃあ,プレゼンテーションして」
患者を診た後にどうプレゼンテーションするかは,オリエンテーションのときにミッチリ時間をかけて教えたはずだ。当然形式に則った模範的なプレゼンテーションをしてくれるものと期待して耳をすませた。ところが,いきなり,
研修医 「下腹部痛で,多分便秘だと思うんですけど,おなかも柔らかかったです……」
指導医 「ちょっと待ってよ!……」
1分も経たないうちにその浅はかな期待は見事に裏切られた!
このプレゼンテーションでは,「腹痛」のPQRSTなどの性状について一切言及せずに,突然聞きもしないのに「便秘だと思うんです」というAssessmentが入って,そのあとにSである現病歴・既往歴などの問診情報が完結しないまま,突然「おなかも柔らかかった」などの身体所見のOが入りだすのである。全く支離滅裂なプレゼンテーションを恥ずかしげもなく平気でしてくれる!
患者の診察過程は,問診-身体診察-検査-診断-治療-マネジメントという一連の流れで行われる。この一連の診察過程は言い換えると,SOAPと表現することができる。SすなわちSubjectiveで患者の主観的情報を収集する。次に,OすなわちObjectiveで患者のバイタル・サインや身体所見という客観的情報を収集する。そして,その次の段階でSとOの情報を総合してAすなわちAssessmentを行い,PすなわちPlanを立てるというものである。
ここで,AssessmentはSとOの後に初めて行われることに注目してほしい。つまり,SとOの段階では,原則としてAssessmentは行わずに情報を収集することに専念するのである。これを言い換えると,情報収集は先入観に捉われずに,かつ,情報を色眼鏡で見ずにあるがままに行わなければならないということである。
しかし,実際われわれは患者の問診と診察を行うときに,何も考えずに情報を収集しているわけではない。もしも本当に何も考えずにあるがままにSとOの情報を収集したら,多大な労力と時間を費やすことになってしまうであろう。それに,もしも何も考えずに情報を収集したら,何が重要な情報で何が重要でない情報なのかも区別しないので,ありとあらゆる情報を収集することになり,情報量も膨大になってしまうはずである。
それならば,効率的に情報収集するためには,どうすればよいのであろうか? その方法は,何も考えずにあるがままに情報を収集するのではなく,やはり何か考えながら情報を収集するということになる。それが,鑑別診断を考えながら問診と診察を行うということなのである。
ここで大切なのは,この鑑別診断を考えながら情報収集するということは,前述の先入観に捉われて色眼鏡で情報を収集するということとは,全く異なるということである。鑑別診断を考えながら情報を収集するというのは,さまざまな結論の可能性を考えてより客観的に情報を収集する方法である。一方,先入観に捉われて色眼鏡で情報を収集することは,初めから結論を決めつけてそれにふさわしい情報だけを収集する方法である。同じ考えながら情報を収集するのでも,見方が違うのである。
2つの見方の相違を理解するために,やはりここでどうしても「視覚認識力-みる」について考える必要があるのである。
(次回につづく)
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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