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第2803号 2008年10月27日


【interview】

医療経済学の考え方を知ることが明日の医療現場を元気にする

真野俊樹氏(多摩大学 医療リスクマネジメントセンター教授)に聞く


 国民医療費の抑制が叫ばれるようになって久しい。しかしながら,日々医療現場を肌身で感じている医療者のなかには,「なぜ医療費抑制策が必要なのか」「日本の医療費は本当に高いのか」「7対1看護はなぜ必要なのか」など,さまざまな疑問を持たれている方も多いのではないだろうか。

 本紙では,このたび『医療経済学で読み解く 医療のモンダイ』を上梓した真野俊樹氏(多摩大医療リスクマネジメントセンター)にお話を伺い,医療現場で起きているモンダイの原因と解決法を,“医療を提供する組織について分析する”医療経済学の視点から探った。


米国で垣間見た日本の医療の将来

――先生が医療経済学の道へ進まれたきっかけについてお話しください。

真野 私は糖尿病や内分泌系の臨床医として10年ほど勤務した後,アメリカのコーネル大学医学部に留学しました。この留学が,私のその後を決定づけたといえます。留学の目的は研究だったのですが,専攻が薬理学であったため,臨床医と接点がありました。臨床医と話をしていると,保険会社の力が非常に強くなってきていて思ったような医療が実践できない,書類がすごく煩雑で困るなど,大変だというのです。将来,おそらく日本でもこういうことが起きるのではないかという話を聞きました。そういうものかと思って本などを読むと,だんだん,日本にも同じような時代が来るのではないかと心配になってきたのです。

 その頃,日本の製薬企業も勉強のため参画していたニューヨークのファルマフォーラムという団体に誘われるようになり,そこでマネジドケアやアメリカの医療経済学を勉強するようになりました。そのような経緯で次第に経済に関心を持つようになりました。

 その後,1997年に帰国することになるのですが,継続して医療経済学について勉強したいと思っていた私は,当時の日本には医療経済学を学べる場所があまりなかったため,コーネル大学の教授などにも相談しながら,その後の進路を考えました。その結果,製薬企業に入って臨床開発の仕事をしながら,並行してMBAの資格を取ったり,国立医療・病院管理研究所において医療経済学や医療経営学などを学びました。

■医療とお金のコーディネーター

――医療経済学とはどのような学問なのでしょうか?

真野 医療経済学とは,医療とお金という一見関係性のない両者の間の折り合いをつけるものです。例えば,医療と保険です。医療とは,患者さんとの相談のもとに,病気に対して最善の治療法が選ばれ,病気の治癒,改善をめざすものですね。日本ではそこに国民皆保険があり,大半の治療に対して,国からの補助があります。そのため,日本ではほとんどの人が,本来は高額なはずの治療であっても,比較的少ない負担で加療することができますね。

 ところが,私が留学していたアメリカの医療と保険のあり方は,日本とは大きく異なっていたのです。アメリカでは,受診するとなったとき,医師は最初に,保険証を持っているかと尋ねてきます。それは,「お金を持っているか」と聞かれているのに等しいことです。保険証を持っていると答えると,さらにどんな保険に入っているかを問われます。たくさん保険料を払って,よい保険に入っていれば,質の高い医療を受けられますが,そうでなければ,受けられる医療の質は低下します。保険証の有無・種類によって,受けられる医療に違いがある。日本では信じがたいことですが,「医療の前にお金がある」ということです。

 一方,先ほど話したように,日本ではほとんどの人が等しい治療を受けることができる保険制度が整っています。患者さんの病気に対して効果的な治療であれば,それを受けるための費用が補助される仕組みです。つまり,「お金の前に医療がある」のです。

 ところが今,日本の医療も変化を求められています。世界的に医療費高騰の問題が表面化しており,日本でも高齢化の側面などから無視できない問題になってきています。そこで,医療費のことをまったく考えずに医療を行うことはできないだろうという考え方が出てきたのです。医療と経済という,本質的な部分ではちょっと相容れないものを,ある程度,相容れさせないとまずいという状況になってきたということです。そこで登場したのが医療経済学です。これは,従来から医療の前にお金があったアメリカにおいて,とても盛んになっています。日本にも今,医療経済学の考え方が必要になってきているといえるでしょう。

診療報酬制度の理想像は?

――医療経済学の医療問題に対する考え方を,事例を挙げて示していただけますか。

真野 例えば,医療機関に対する医療費の出来高払いと包括払いの議論です。

 出来高払いとは,医師が行った診療行為に対して診療報酬が全部つくという制度で,最初に話した「医療が先でお金が後」という世界です。この場合には,患者さんと医師の間で医療提供という「契約」が成立する限り,提供できる医療に質・量・患者さんの人数における制限はありません。医師側から見た場合,この出来高払いが最も理想的な制度です。自分が最善だと思う医療を行って,それで診療報酬が支払われて,患者さんも救われるのであれば,ベストですね。皆がこれを採用したいと思っていますが,実際には,この制度を採用する国は減ってきています。

 一方の包括払いは,同じ疾患の診療報酬を,検査や投薬など診療行為の数量にかかわらず,定額にする方式です。包括払いは,厳密にいえば治療の前後どちらで診療報酬が支払われるかで,さらに分けることができます。DPCを用いた包括支払い制度などが治療の後で支払われるタイプに入ります。これに対し,治療の前に支払われる場合は予算みたいなもので,原則「もうその中でやってください」ということになります。ですから,非常にお金の縛りが強いのです。この場合,多くの患者さんを診療したとしても報酬額の増加はなく,診療できる患者さんの人数には費用の面から制約があります。

 この先払い型の包括払いには,医師はどうしても抵抗があります。なぜならば,例えばインフルエンザが流行した場合,予算が厳し過ぎると,患者さんの増加に追いつかず,予算を使い切ってしまうという事態が起こりうるためです。昔だったら,病院をそこで閉めたりしていましたが,これでは,みなさんの健康を守っていけませんね。一方で,後払い型の包括払いならば,インフルエンザの患者の数に応じて,「患者1人に対して設定された診療費用×患者数」という形で診療報酬を得ることができ,来院された患者さんを全員受け入れることも可能になるのです。

 そのようなわけで,各国が現在実施している診療報酬制度は,出来高払いと包括払いの中間的なもの,すなわち出来高払いよりは包括払い寄りだけれど,ガチガチの予算制ほどの厳しい縛りのものよりは,緩いタイプの包括払いにしている場合が多いようです。このタイプの診療報酬制度の代表国が日本で,世界中から注目が集まっています。

 医療者と患者さんの双方が満足できる診療報酬制度とはどのようなものなのか。また,採用された医療制度の中で,どのような病院経営をしていくことが望ましいのか。このようなことを議論する上で,医療経済学は有効な手段になるのです。

日本の医師1万人で学ぶ医療経済学

――医療者が医療経済学を学ぶ意義はどのような点でしょうか?

真野 医療にかかわる経済学は,他の分野の経済学と同様にマクロ経済学とミクロ経済学に分けることができます。

 医療におけるマクロ経済学は,医療費や社会保障などの政治的な議論を対象にしています。この場に医療者が参加することには,大きな意味があります。なぜならば,今までのマクロ経済学の議論は,どちらかというと経済学者や公共政策の学者によって行われてきており,医療現場の声が議論の場に届いていなかったからです。経済や公共政策の専門家たちによって行われていた医療政策の議論の場に,現場の実際を知る医療者が参加するようになってきたことは,大きな前進であるといえるでしょう。

 一方,ミクロ経済学は,病院の経営などにかかわるお金のコントロールをいかにして進めていくかを考える分野で,私の研究もこちらに属しているといえます。マクロ経済学に比べて派手さはありませんが,先ほどお話ししたような医療費高騰の時代に,病院経営のノウハウを知っている医療者がいることは不可欠だと思います。日本に医師が28万人いるとして,管理職以上,いわゆる診療科長など,診療科のトップの地位にある1-2万人ぐらいは,こうしたミクロな医療経済学をある程度知っていたほうがいいのではないかと私は思います。

気軽な気持ちで始めて,幅広い出会いを

――経済学はとっつきにくいと感じている先生方も多いようです。

真野 これは逆説的な言い方ですが,まずはとっつきにくいと感じないようにすることが,第一歩だと思います。経済学を知っていると,身近にある高額商品はなぜ高いのかなど,今までわからなかったことがわかるようになります。わからなかったことがわかるようになることは,楽しいことで,ちょっと得した気分になりませんか? そんな気持ちで経済学を学び始めてもらえたらよいと思います。経済学を楽しみながら,医療経済学に手を伸ばしてもらえたら,皆さんが医療現場の経営を変える日が来るのも,そう遠いことではないでしょう。

 そういう意味で,『医療経済で読み解く 医療のモンダイ』は,読者の方に医療経済になじんでもらえるような配慮をして書いています。まず第1に,医療問題の解説に必要な経済の議論はできるだけ平易なものにしました。第2に,社会学の考え方を取り入れて,医療現場で働く人たちの気持ちや考え方,時代の流れなどの人的要素を視野に入れて,経済学を身近に感じてもらえるようにしました。多くの人が医療経済学に興味を持ってくれたらうれしいですね。

 そして医療経済学を学ぼうと思ってくださったのなら,僕が勉強の方法としてお薦めするのは,経営学部の修士課程(ビジネス・スクール)に進むことです。修士課程には,さまざまな経歴を持った人が集まってくるので,多様な考え方に触れることができます。例えば,将来,医療者として病院の経営に携わるのなら,銀行マンの考え方に触れることは有益な経験になるでしょう。われわれ医療者が医療経営について考えるときには,やはり医療の話から議論に入るのですが,彼らは,まず費用の面から考えます。さまざまな考え方の人々に触れて,学び,それを医療現場で生かしてほしいと思います。

――ありがとうございました。


真野俊樹氏
1987年名大医学部卒。名古屋第一赤十字病院などを経て,95年9月,米国コーネル大薬理学研究員。その後,外資系製薬企業,国内製薬企業のマネジメントに携わる。大和総研主任研究員,大和証券SMBCなどを経て,2005年6月多摩大学医療リスクマネジメントセンター教授。日本内科学会総合内科専門医,日本臨床薬理学会認定医,米国内科学会認定専門医会上級会員。経済学博士。医学・経済学にわたる幅広い見識を活かし,『入門医療経済学-「いのち」と効率の両立を求めて』(中公新書),『医療バイオ・医療IT入門 先端技術は医療をどう変えるのか?』(薬事日報社)など,著書多数。