医学界新聞

寄稿

2008.09.01



【寄稿】

英国の腫瘍センターと地域,そして緩和ケアとの連携(後編)
医療現場の限界をつなぎあわせる-サポートチームの育成

加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)


2793号よりつづく

クリスティ病院腫瘍センター外来と地域のかかわり

 Dr. Wendy Makinはマンチェスターにあるクリスティ病院腫瘍センターの緩和ケア専門医であり,緩和ケアチームの責任者でもある。最初は放射線治療医として勤めていたが,1991年ニューカッスルのSt Oswald's Hospiceに移り,5年間緩和ケアのトレーニングを積んだ。1995年,Macmillan Cancer Reliefがクリスティ病院にConsultantのポジションを提供したのをきっかけに,同病院に帰ってきた。

 同院の病床数は230床(かつてはもっと多かったが,最近では縮小し可能な限り外来でケアする方針としており,平均在院日数は8.7日)で,マンチェスター周辺地域(対象人口約180万人)の中心的ながん治療病院であり,特に外来化学療法センターはヨーロッパでは最大。その主役は看護師である。

 同地域の化学療法と放射線治療はすべて同院で集中管理されており,患者は,病状と地区の能力に応じて,患者の自宅近くの病院にも振り分けられる。外来化学療法は週あたり平均600人。特殊な外来が集中する火曜日と木曜日はとりわけ忙しく,1日に100-120人の化学療法を実施している。また,ライナックが12機稼動している。

 化学療法は,ほとんどが外来ベースで行われており,化学療法室は3つのフロアに分かれ,それぞれ異なった管理体制が敷かれている。患者はそれぞれの治療必要時間とレジメごとの監視必要度により,治療場所(フロア)が振り分けられる。それらは,(1)単純なレジメによる医療管理度の低い1-2時間のコース(個室で,患者回転が速い),(2)4-6時間程度のコース(リクライニングではないソファでの治療),(3)6-8時間を要するコース(ベッドでの治療)。

 患者の振り分けはOncology Nurse Specialist(腫瘍専門看護師)が担い,彼らの監視のもとに日々の化学療法が行われる。特に腫瘍専門看護師は24時間体制で緊急相談に備えている。そして緊急時には,状況に応じたケアの提供先を指示する(患者の近くの病院で対処できる場合はそちらへ連絡,センターに搬送しなければならない場合は緊急車両の手配等)。

院内緩和ケアチームの構成と役割
──Nurse ConsultantとGPのかかわり

 次に,同院の緩和ケアチームについて記す。ConsultantはDr. Makinともう1人の兼任医師。Palliative care Nurse Consultantが1人,4人の緩和ケア専門看護師。また,該当地域の緩和ケアに興味のあるGPSI(GP with a special interest in palliative medicine,註1)が1人いて,週1回のチームミーティングに参加し,地域ケアの立場から意見を述べる。

 Dr. Makinの方針は,チームの専用ベッドを持たないこと。その理由は病棟を持つと,他の診療科の医師が緩和ケアチームに患者を任せてしまう傾向になり,緩和ケアがすべての診療科の基礎となることを妨げるからだ。「そのような緩和ケアニーズの高い患者の主治医は誰か」との筆者の問いの答えは,「当然,主治医である腫瘍医です!」との返事だった。

 同チームの役割は基本的には「相談」であり,他科の医師との共同診療を通じて緩和医療の教育的機会を提供し,病院全体としての質を高めることである。そして,診療の対象はあくまでも腫瘍センターの入院患者であり,特殊な場合を除いて腫瘍外来やday serviceの患者は対象としない。それらの患者に緩和ケアのニーズが生じた場合は,地域の専門家かMacmillan Nurseに連絡をとり,地域の側で対処してもらうことを原則とする。

外来患者の緩和ケアニーズの発掘と地域との連携は看護師の任務

 Day service通院中の患者の緩和ケアニーズの発掘は,あくまでも看護師の任務であり,それに引き続く地域資源との連携の役割も,双方の看護師の責任である。看護師は,患者の同意に基づいて連携の役割を果たすのであり,医師への報告は事後承諾でよい。

 クリスティ病院緩和ケアチームに所属するNurse ConsultantのMs. Carole Muleへのインタビューによると,Nurse Consultantは,英国全体で現在20名存在し,オピオイドをはじめとする緩和ケア関連の大方の処方も可能な立場であるとのこと。その役割は,緩和ケアの現場における看護師のリーダーシップを確保することにあり,機能としては,(1)医療専門職の教育(プライマリケアチームを含む),(2)研究と臨床監査(clinical audit)によるサービスの質の向上,である。なお,研修医に対しても実際の患者の評価や処方を通じて現場教育を担当する。

日本への示唆
──行政と医療現場の限界をつなぎ合わせるサポートチームの構築を

 今回訪問したすべての病院,地域では,それぞれの専門領域,職種間で役割分担がされており,それらが日常診療の中でうまく連携できるよう工夫されている。そして,地域・施設により多少の相違はあるものの,いずれにも共通している英国独自の考え方がある。それは,双方のいずれもが,1995年に発表された“National Frame Work for Cancer Services(Calmann-Haine Report)”に立脚しているからである。同報告の骨子を以下に記す。
1)緩和ケアがすべての医療における共通の基礎的な技能と知識であることができるよう各職種の教育を充実する。
2)地域社会のCharity Organizations(非営利民間団体)と協力関係を強化する(Macmillan Support Team, Marie Curie Cancer Care等)。
3)彼らとの協力の下に,治療期から終末期にいたる切れ目のないケアを提供する(英国の緩和ケアは,非営利民間団体がなければ成立していない状況であり,それは既に全国的な医療文化として成熟している)。
4)看護師の教育機会の強化とそれに基づく権限を拡大し,現場に近いところで患者の視点に立った質の高いケアを提供することができるよう工夫する(医師不足は日本でも英国でも共通の課題である)。

 在院日数の短縮と外来化学療法の仕組みの構築には,患者の立場にたった在宅医療を強化することが前提である。当然,行政と営利企業である医療機関の両者にはそれぞれの限界がある。行政には医療費の不足が,そして医療機関には効率的経営という課題がある。しかし,緩和ケアはさまざまの人的・金銭的資源を多量に投入しなければならないケアである。

 日本では政府も医療側も,緩和ケアをすべて診療報酬で賄おうと考えているが,筆者には,そこに間違いの根源があるように思える。

 今後の日本には,それらの限界をつなぎ合わせる非営利事業としての「在宅サポートチーム」の存在が必須であろう。これは,英国のみでなく,ドイツやフランス,そしてアメリカにおいても取り入れられてきている在宅緩和ケアの戦略である。


1)2000年に発表されたNHS Planは,全国で1000人のGPを対象として特別の教育をし,consultantとは別の(より患者の視点に近い)立場から,地域での緩和ケアの発展を目指している。
2)紙面の関係上,Leeds Cancer Centreの報告と文献は割愛した。

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