医学界新聞

連載

2008.02.11



【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

桝井 良裕
箕輪 良行田中 拓
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[ Case21 ]
尿路感染では単純性か複雑性かを考慮!


前回よりつづく

Key word
下腹部痛,頻尿,複雑性尿路感染症,間質性膀胱炎

Case

 われらが河田君は今日も当直である。そろそろ研修医生活も先が見えてきた。インフルエンザ,胃腸炎から始まった救急研修だが,今日は転倒して打撲,骨折という患者がやけに多い。ふと外をみるとうっすらと雪が積もっている。なるほど,とうなずきながら途切れない患者をさばいていた。

 次の患者は64歳の女性。主訴の欄には「膀胱炎です」と書いてあった。バイタルサインは意識清明,血圧130/70mmHg,脈拍90回,体温37.1℃,SpO2 98%であった。既往に気管支喘息があり,現在も発作時にβ刺激薬の吸入を行っている。その他定期内服なし。河田君は「尿検査が出たら診察しますから,先に出しておいてください」と看護師に依頼した。患者は診察を待っている間も頻回に尿意を催してトイレに行っているようであった。

 尿検査の結果,赤血球,白血球ともに多く,細菌を認めた。下腹部の強い痛みとともに頻尿が続いているとのことである。消化器症状はない。詳しく聞くと半年ほど前から膀胱炎を繰り返すようになっており,そのたびに近医を受診して抗菌薬を内服しては軽快することを繰り返していた。1週間ほど前から症状が出現し,近医から処方された抗菌薬を内服しているが,改善しないため受診となった。身体所見でも下腹部に圧痛を訴えるのみで背部の叩打痛も認めなかった。

 河田君は「楽勝だな」と思いながら栗井先生のもとへ向かった。

■Guidance

河田 (満面の笑みを浮かべながら)先生,膀胱炎です。本人もそう言っていますし,検尿も採りました。近医から繰り返し抗菌薬の処方を受けているようですが,内容はわかりません。きっとニューキノロンでしょう。耐性菌が出現しているかもしれませんから,培養を出したうえでセフェムの内服処方で帰宅。これでどうでしょう。

栗井 うん。膀胱炎は多いからね。さすがに河田君もパターンを身につけてきたようだね。ちなみに,膀胱炎の起炎菌はどういったものを考える?

河田 まずは大腸菌と……(Check Point 1)。

栗井 あっという間に底が見えてしまったね。

河田 少し尿失禁しそうになりました。あとで復習しときます。

栗井 確かに性行為感染もなさそうだし,普通は「とりあえず抗菌薬投与」で治ってしまいそうだね。でも逆にこれだけ繰り返しているとなると少し掘り下げておいたほうがよさそうだね。

 尿路感染を疑った場合,まずは単純性なのか,複雑性なのかを考えてみたほうがいい(Check Point 2)。

河田 この方の場合,糖尿病やステロイドの使用といった免疫能の低下をきたすような病歴もないですし,あとは構造上の異常でしょうか。エコー検査はしてみる価値がありそうですね。腎の腫瘍や水腎症,膀胱結石や腫瘍などを確認してみようと思います。

腎,膀胱のエコー検査では膀胱内に少量の残尿を認めたが,異常所見は認めなかった。

河田 そうすると,エコーでは確認できないような微細な病変か,尿道の病変かということでしょうか。もちろん頻尿をきたす疾患は他にもたくさんありますが,今日は抗菌薬と鎮痛剤で症状を軽減してもらって,改めて泌尿器科を受診していただくことになりそうですね。

栗井 確かに夜間の救急外来で判断する中ではこれ以上診断に迫ることは難しそうだね。ただ,いわゆる膀胱炎にしては下腹部痛,頻尿ともに症状が強いのが気になるね。間質性膀胱炎という病気を知っているかい?(Check Point 3)

河田 いえ,はじめて聞きました……。

Disposition

河田 先日の患者さんですが,後日泌尿器科のカルテを見ると,麻酔下に膀胱鏡が施行され,先生がおっしゃっていた間質性膀胱炎の診断が付いてました。

栗井 河田君もずいぶん力がついてきたようだけど,医者はなまじ自信がついてくると無理やり自分の都合のいい診断に引っ張りこんでしまう傾向があるんだ。だからいつも,君はもう少し謙虚になる必要があると言っているんだよ。

Check Point 1

尿路感染症の起炎菌
 大腸菌(Escherichia coli)によるものが最も一般的で,腐生ブドウ球菌(Staphylococcus saprophyticus)によるものが2番目である。免疫不全状態あるいは慢性疾患のある患者の尿路感染症では,シュードモナス属(Pseudomonas)や,クレブシエラ菌(Klebsiella),プロテウス属(Proteus),エンテロバクター属(Enterobacter)のような腸内細菌が原因となることがある。プロテウス属やクレブシエラ菌は結石を起こしやすくするもので,結石のある患者ではさらに促進される。これらの主な病原菌の覚えかたとして,“SEEK PP”がある。

Check Point 2

複雑性尿路感染症
 基礎疾患(糖尿病,肝疾患,腎疾患)を有する場合,妊娠中,繰り返す尿路感染,腎盂腎炎の既往,耐性菌を持つ場合,尿道カテーテル留置,尿路の機能的または解剖学的異常(尿路狭窄や嚢胞,結石,異物など),最近の抗菌薬治療歴,7日以上前からの症状,などが認められる時は複雑性尿路感染と考え,経験的抗菌薬治療に加え,精査が必要である。

Check Point 3

間質性膀胱炎
 中年以降の女性に多く,下腹部痛と頻尿が慢性の経過をたどり,細菌性膀胱炎や神経因性膀胱と診断されることが多い。明確な原因は不明であるが,自己免疫や感染など複数の要因が考えられている。機序として尿路上皮を覆うglycosaminoglycanの欠損であるとされている。診断は頻尿,下腹部痛の存在とともに,全身麻酔下に膀胱を水圧拡張しての点状出血や潰瘍形成,尿培養陰性,他の疾患の否定,などでなされる。治療は特異的なものはなく,経験的,対症的で長期にわたることが多い。

Attention!
●膀胱炎? 単純性か複雑性か?
●説明のつかない経過をなじみの診断にこじつけない!

次回につづく

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