医学生へのアドバイス(7)
連載
2007.12.10
連載 臨床医学航海術 第23回 医学生へのアドバイス(7) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
今回も前回に引き続き,読解力-読むことについて述べる。
(1)読解力-読む
(2)記述力-書く (3)聴覚理解力-聞く (4)言語発表力-話す,プレゼンテーション力 (5)論理的思考能力-考える (6)英語力 (7)体力 (8)芸術的感性-感じる (9)コンピュータ力 (10)生活力 (11)心 |
読解力――読む(2)
前回述べたように1冊の本とは1つの山に例えられる。山には大きい山や小さい山があるように,本にも大小がある。そして,本を読むときの読解力とは,登山に例えれば脚力である。臨床の現場では短期間に大量の文献や数多くの書物に眼を通さなければならないことがよくある。このとき重要なのが読解力である。何か1つのテーマあるいは学問体系を短期間に読んで自分の頭の中に入れるのである。この読解力が遅い人は必然的に仕事が遅くなる。つまり,脚力が弱い登山家は多くの山を登れないのである。
この基礎体力とも言える読解力について考えてみたい。この読解力について筆者は米国で気づいたことがある。それは,米国人は“The New England Journal of Medicine(以下,NEJM)”などの医学雑誌をあたかも日本の写真週刊誌のように読むことである。日本人の考えでは,マンガや週刊誌などと違って高尚な医学雑誌などの論文は机に向かって姿勢を正して集中して読まなければならないという固定観念がある。しかし,彼らはなんと医学雑誌を,昼食時にサンドイッチを頬ばりながら斜め読みして頭に入れていたのである! 浩瀚(こうかん)な医学書を読むときも同様である。ハリソンのここに書いてある,セシルにはここにこう書いてある。分厚い医学書をパッと開いて,アルファベットの活字の海から必要な情報をピンポイントに探し出すのである。
読解力が違う。それも違うのは速読力だ! そして,そのとき自分の中に「読書=精読」という固定観念があって,それから抜けられないでいる自分を発見した。ハリソンやシュワルツなどの浩瀚な医学書は最初から精読できる訳がない。“NEJM”などの医学雑誌もそうである。毎週1冊送られてくる。これらの医学書や雑誌を現役で働いている人間が精読することなど所詮無理な話なのである。もっとも隠居した人間が1日中時間をかけたら可能かというと,それでも不可能だと思う。
脚力には瞬発力や持久力があるように,読解力にも速読力,精読力,そして,必要な情報を瞬時に検索する辞書的読解力などがある。読書はその目的に応じて,この速読,精読,そして,辞書的読解を自由自在に組み合わせて,最高の知識を獲得するようにしなければならないのである。
日本人の中には本を早く読むとその本をほとんど理解していない,あるいは,その本を書いた人に失礼であると考える人もいる。しかし,ある本を精読したからといって,ほんとうに消費した時間に見合った知識を獲得しているかというと疑問である。精読しようが速読しようが頭に入る知識が同じであれば,時間が短い速読をしたほうがよいのではないか! 速読である本や雑誌に何が書かれているのかさえ覚えておけば,その情報が必要になったときにその本や雑誌を持ち出してきてそのときゆっくり精読すればよいのである。また,早く本を読むことはその本を書いた人への冒涜であろうか? 1冊の本をじっくりとそして何回も読んでほしいというのは著者の一方的な欲求である。ある本を早く読もうがじっくり読もうが,それは読者側が自分の価値観で決めることである。
ベートーベンの音楽はベートーベンとしてはコンサート・ホールでじっくり集中して聴いてほしいと思って作曲したに違いない。しかし,ベートーベンの音楽は現在ではさまざまにアレンジされてBGMとして巷に流れている。それは,果たしてベートーベンに対する冒涜なのであろうか? 確かにそれを作曲者に対する冒涜と解釈することも可能である。しかし,それをどんな場面のBGMにも編曲可能なほど優れた音楽であると解釈することも可能なのである。
前回に述べた課題図書を読破できない研修医も速読ができなかったのである。文科系の大学ならば課題図書を指定されて期限までにレポートを書くという課題がよく出されるので,このような速読力はついているであろう。しかし,医学部では1冊の本を速読するという機会がほとんどないような気がする。レポートを書く時にも,分厚い教科書の一部を写したり,人のレポートを写したり,インターネットの記事をコピペ(コピー・アンド・ペースト)するくらいである。
医学雑誌を斜め読みするということに気づいた筆者は,米国でのレジデント時代,購読している“NEJM”をスポーツ・クラブで読むことにした。“NEJM”を読みながらマシンの自転車をこぐことにしたのである。記事の内容がおもしろく読むスピードが速くなると自転車のペダルをこぐスピードも速くなった。しかし,面白くない記事だと読むスピードも遅くなりペダルも重くなった。
ある日スポーツ・クラブに行っていつもどおりマシンの自転車をこいで“NEJM”を読もうと思うと,マシンの自転車はすべて使用されていて一杯であった。仕方がないのでその日はランニング・マシーンで走りながら“NEJM”を読むことにした。しかし,これはお勧めできない。バランスをとり走りながら活字を読むというのは結構難しい。“NEJM”を読むことに没頭するあまりにランニング・マシーンでバランスを崩して転倒して怪我をしたら,「医学雑誌に没頭して頭を没した(頭部打撲した)症例」として報告されてしまう。
(次回につづく)
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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