医学生へのアドバイス(5)
連載
2007.10.08
連載 臨床医学航海術 第21回 医学生へのアドバイス(5) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
前回は勉強方法10か条の第7条「人から技術を盗む」について述べた。勉強方法の第8条「知識を知恵にする」については第8回「意識改革(3)」で,第10条「手段を目的化しない」については第12回「医学教育(4)」で述べたので,今回は第9条について述べよう。
第1条 勉強は自分でする。
第2条 原則と禁忌を覚える。 第3条 次の一手を覚える。 第4条 基本から応用に向けて勉強する。 第5条 common diseaseから奇病に向けて勉強する。 第6条 専門から専門外に向けて勉強する。 第7条 人から技術を盗む。 第8条 知識を知恵にする。 第9条 森を見て木も見る。 第10条 手段を目的化しない。 |
第9条 森を見て木も見る
いったい何のことだと思われるかもしれない。森は一本一本の木から成り立って大きな形を形成している。しかし,森を構成する一本一本の木はそれぞれ形が違う。ここで,視点を森に合わせるとその森自体の形は眼に入るが,森を構成する一本一本の木の違いについてはわからない。一方,森の中の一本一本の木に視点を合わせると,大きな森の形はわからなくなってしまう。どちらか一方に視点を合わせるのは簡単である。しかし,状況に合わせてどちらも見ることができる視点を持つことは難しいものである。この「森と木」は,言い換えると「大局と細部」,「マクロとミクロ」あるいは「巨視と微視」ということができる。この「森と木」の関係は,医学の対象で言えば社会-個体-臓器-細胞-分子について成り立つ。すなわち,社会という森の木は個体であり,個体という森の木は臓器であり,臓器という森の木は細胞であり,細胞という森の木は分子なのである。このように階層によって森は木になり,木は森になる。したがって,ものごとを的確に捉えるためには,必要に応じてカメラがズームし広角や望遠になるように,自由自在にマクロからミクロに,そして,ミクロからマクロに視点を変えられなければならないのである。
ここで自由自在に視点を変えるのは,単にマクロとミクロの階層レベルだけではなく,同時に多方向にも視点を変えられなければならない。視点を多方向に変えるとは,多面的にものごとを捉えることができる視点を持つということである。このことを臨床医学について言い換えると,「腹痛」という問題を「内科」「外科」「産婦人科」「小児科」「精神科」「泌尿器科」「皮膚科」「救急」などの多くの専門科の視点で診ることである。専門医は自分の専門科という一つの視点でしか問題を捉えることができないが,ジェネラリストは多くの専門科の視点を同時に持つことができるのである。その意味で先入観にとらわれない自由な眼を持つべきなのである。それは,ちょうど一羽の鳥が山の上を自由自在に飛びまわって空から山を見下ろすように,一つのものごとをとらえることである。鳥は見たい方向に自由に移動できるし,近づいて見たければ近づくこともできるし,遠くから見たければ遠ざかって見ることができる。
こういう「自由な眼」という意味で,第9条は「森を見て木も見る」と書くよりは,「鳥の眼を持て!」と書いたほうがよいかもしれない。医療に限らずに社会の多くの揉め事は往々にして視点つまりは考え方の違いであって,「もの」自体が悪いわけではない。ここで,それぞれの人が自分の視点や考え方に固執しているために,いざこざが起こったり物事が前に進まなかったりするのである。こんなときにお互いが自由な眼である鳥の眼を持てば,争いごとも減るはずである。
以下よくある救急室でのいざこざの一例。呼吸困難で胸部単純X線写真に異常陰影がある患者の入院科の適応について,心不全疑いで循環器内科医を呼ぶと「肺炎が疑われるので呼吸器内科を呼んでくれ」と言われる。そこで,肺炎疑いで呼吸器内科を呼ぶと,「心不全疑いなので循環器内科で入院をお願いします」と言われる。そういうときに,「心不全かもしれないし,肺炎かもしれないし,両方合併しているかもしれない。いずれにしても内科疾患なので私が診ましょう」と快く入院を受け入れてくださる良心的で英雄的な医師には,残念ながら筆者はほとんど出会ったことがない。皆文句タラタラ。仕方がないので循環器内科と呼吸器内科の先生同士で直接お話し合いしていただくと,しばらく経ってから両方の先生方がニコニコして出てこられた。どうしたことかと尋ねてみると,「腎機能が悪化していたので『腎不全』ということで腎臓内科入院に決まりました」とのことでした。
みな患者の幸福よりも,自分が楽をすることのほうが大切なようである。空飛ぶ鳥には地上の人間のいさかいはとても虚しく感じられる。
(次回につづく)
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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