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第2735号 2007年6月11日


名郷直樹の研修センター長日記

41R

事件は会議室で起きている

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長


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△月×▲日

 久しぶりに映画を見た。といっても映画館じゃなくて,自宅のテレビで。DVDで。ちょっと奮発して液晶テレビ42型を買ったので。それで映画を見た。テレビを買わなければ,DVDも買わなかったに違いない。買ったDVDで見た映画は,『踊る大捜査線』。何で『踊る大捜査線』か? 別になんとなく,である。「事件は現場で起きている」,そんなフレーズがなんとなく気になって。多分どうでもいいフレーズなのだろうけど。せっかくテレビを買ったので見てみようかな。ゴールデンウィーク4連休だし。

 大型テレビを買ったのでDVDを買う。そんな本末転倒の買い物。恐るべき消費社会。ついこの前は,「世の中金じゃない」,なんて大きなことを言っていたくせに,やっぱり金か。金があるから買い物をする。ほしいものがなくても買い物をする。つまり,ほしいことが重要ではなくて,買い物自体が重要。つまり,人生は買い物である。今日は前と違う結論。人生は交換じゃなかったのか。しかし,それは私自身が落ち着いてきたということだ。人生は買い物である。いいじゃないか。

 

 そのDVDを,立て続けに2本見た。結構面白いじゃんか。特に「レインボーブリッジを封鎖せよ」の殺人事件特捜本部長として赴任した,初の女性キャリア沖田,これはすごい,というかありえない。普通に見ると,そうみえる。でもなんか沖田が気になる。

 事件は現場で起きているという刑事,事件は会議室で起きているのというキャリア官僚。これが物語の軸だ(ということにしよう)。当然事件は現場で起きており,会議室で起きているなどとほざく女性キャリアは更迭され,現場主義者が勝利する。やっぱり現場が第一だ。簡単に要約するとそういう話,と書いて,なんかむかつく。まあ,むかつくのはよくあることとして,問題はその背景。何でむかつくか。だって私自身がやってきたことは,ある面この女性官僚がやってきたようなことだ。現場から離れることも重視する。現場至上主義に対するアンチテーゼ。自分自身は,現場主義の刑事より,会議室主義の官僚に肩入れしたい。だって,現場でがんばるだけじゃ何もわからなかったから。卒後3年目で赴任したへき地診療所で,次々現れる外来患者さんたち。上の血圧だけが高い老人,コレステロールが高い中年女性,80歳過ぎた糖尿病患者,毎日首や腰をひっぱったり,電気をかけては帰る人たち。現場でそのような患者さんたちにいくら向き合ったところで,途方にくれるばかりであった。そうした問題の解決の糸口がどこにあったか。現場を離れ,母校へき地医科大学へ帰って,ぶらぶらしていて,偶然出会った,臨床疫学,行動科学,そしてEBM,構造主義。現場を離れて,現場を振り返る中でようやく見えてきたもの。

 女性官僚の,「事件は会議室で起きている」というところまではよかったのだ。そういう視点も必要なのだ。ただ,会議室でどうするかという方法を持たなかった,そこが沖田の問題だったのだ。現場と現場をつなぐ会議が必要だった,ただその会議の運営方法はなかなか難しい,といえば,当たり前のことだ。

 この4年間はどんな4年間だったか。臨床を離れ,臨床をしない教育専任の医師として,臨床医の教育にかかわること。「現場」という言葉を使うならば,「現場至上主義に対する異議申し立て」,そういう4年間であった。臨床はやらない。現場を離れる。臨床医の立場を捨てて,教育専任という立場で,会議室で教育する。それが自分の新しい仕事だと。そして十分な武器はそろえたつもりでいた。EBM,行動科学,構造主義。「医療は会議室でも起きてるのよ」,そういう4年間であった。そして映画と同様,確かに現場主義に破れ,立場を失い,『踊る大捜査線』で更迭された官僚状態である。

 確かに無理はあったな。システムとしては失敗した。現場と現場をつなぐことはできなかった。臨床の現場だけが現場であり,こちらは現場だと認めてもらえなかった。しかし,それでも,自分自身,へき地の現場でそれを学び,それが最も重要だと考え,そうしたのだ。それに,EBMや行動科学の武器は確かに通用した。少なくとも研修医たちには。そして何人かの研修を終えた医師を,へき地医療の現場に送り込むことができたじゃないか。あるものは伊豆半島の峠の向こうの診療所へ,あるものは新潟県のトンネルの向こうの雪国へ,さらには滋賀の山のふもとの診療所へと。

 

 どこかで読んだ本。どこで読んだか思い出せないけど。動物と人間の違いについて。動物にはただ生きている時間しかないが,人間にはただ生きている時間に加え,それについて考え,振り返る時間がある。現場主義だけではだめだ。現場を離れて,現場について考え,振り返る時間こそ,自分のステップアップの鍵だった。

 「事件は会議室でも起きている」

それもまた確かなことだ。改めて思う。あきらめるにはまだ早い。私の現場は,まだいたるところに残されている。

次回につづく


本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。
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