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第2729号 2007年4月23日


「データ」を「情報」に変える

東京女子医科大学4地点インターネットシンポジウム
「Nursing Informationの展望-情報はすべて電子化できるか?」


 東京女子医科大学看護学部主催によるシンポジウム「Nursing Informationの展望――情報はすべて電子化できるか?」(司会=東女医大・金井Pak雅子氏)が2月28日,東京都新宿区の東京女子医科大学で開催された。実行委員会は大学院看護学研究科先端生命看護リサーチリーダー育成委員会。今回は委員会でも始めての試みである「4地点インターネットシンポジウム」で,岩手・愛知・長野・東京の4会場を結んで議論が交わされた。


 はじめに学部長の久米美代子氏が「この委員会では,臨床に埋もれている情報と,情報工学などの知識をトランスレッドできる研究者の育成をめざしている。看護において患者の莫大なデータをどのように情報化して,利用するかは大きな問題」と述べた。次に学長の高倉公朋氏が「すべての医療と看護はさまざまな情報の基盤の上に築かれており,今後Medical,Nursing informaticsの方法・用途・効果などには無限の将来が予測される。インターネットで多施設を結ぶこのような会議のあり方は,世界を結ぶ21世紀の新しいシンポジウムの形」と挨拶した。

看護情報学と情報の電子化

 シンポジウムでは,まず山内一史氏(岩手県立大)が,情報の電子化を考えるうえで必要となる,看護情報学の概要について口演。コルコランによる看護情報学の定義を紹介し,看護情報学が「データ」「情報」「知識」を区別していることを強調。「データ」から「情報」が,「情報」から「知識」が生まれ,それぞれの過程において必要な理論や手法を開発するのが看護情報学であると説明した。また,アメリカにおける「看護情報専門看護師」の養成についても紹介。「情報とは意味づけされたデータであり,『データ』をどのように『情報化』したのかを記録に残さなければ,情報の共有や活用はできない」と述べ,そのうえでデータや情報を共有・再利用するには電子化が有効とまとめた。

看護における共通用語を

 太田勝正氏(名大)は,「情報はすべて電子化できるか?――電子化ではなく情報化という視点で」と題して口演。看護における経験知の重要性を述べたうえで,多くの経験知は言語化ひいては電子化が困難であると指摘。したがって経験知を多くの看護に生かすためには経験知の収集・解析・体系化,すなわち情報化が不可欠であり「必ずしも電子化できなくても情報化は可能であり,また必要である」と述べた。そして,看護における情報化のうえで共通言語がないことを問題として挙げ,情報化には共通言語の獲得(普及・共有)と,看護用語の標準化が肝要であると指摘。共通言語が得られれば,多くのデータ,情報の電子化は可能であるとの見解を述べた。

 前田樹海氏(長野県看護大)は,「データ」「情報」「知識」「知恵」のさまざまな定義から,これらの階層構造を説明。それをふまえて,同じ「顔が赤い」からはじまるがまったく異なる帰結をたどる3つのケースを例に取り,最終的な看護援助に結びつくデータの集まりが看護における「情報」であると説明。「データを情報に変える営みそのものがアセスメントである」とした。

「診る」と「看る」の違い

 柳修平氏(東女医大)は,医療面では電子カルテなど情報の電子化が進んでいるが看護では進まなかったことについて,医療と看護における「診る」と「看る」の違いが原因にあると指摘。

 前者は症状・検査結果などを見て判断する(視覚的データ)のに対し,後者は訴え・伝達・指示などを聴いて判断する(聴覚的データ)ことが多いためではと意見を述べた。また,そのうえで「看護情報には患者の個別性が大きく関わる。そのためには自分の行った看護をきちんと表現できる必要がある」としめくくった。