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第2722号 2007年3月5日


〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第17回 この冬の世界の鳥インフルエンザは

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

ナイジェリアにおけるヒト感染

 2007年2月初旬の時点で,日本国内では今冬4例目となる鳥インフルエンザウイルスA/H5N1感染が宮崎県新富町の養鶏場で検出され,現場では緊張した対応が続いている。世界に目を向けると,ついに,という感じであるが,サハラ以南では初となる鳥インフルエンザウイルスA/H5N1感染患者がナイジェリアより報告され,世界中の公衆衛生関係者に大きな衝撃を与えている。

 ナイジェリア南部に位置するラゴス州在住のこの22歳女性は,鳥インフルエンザ感染を疑わせる症状を発症したのち,今年1月16日に死亡した。女性の母親も同様の症状を先だって発症後,1月4日に死亡しているが,母親からの臨床検体は採取されていない。接触者は追跡されているもののこれまでに有症者はなく,検査結果はすべて陰性だったという。また,死亡例を含む他の疑い症例(3人)も暫定的にすべて陰性であったようだ。以上は2月3日現在でWHOが確認している公式の情報である。メディアは,家族内に回復過程にある別の鳥インフルエンザ疑い患者がおり,他地域においても複数の重症患者発生(死亡例等)がある,等の情報を寄せている。これらの情報の真偽や公式情報との重複は十分に確認されていないが,本稿が出る頃には,今回の事例の概要を含む,現在のナイジェリアにおける鳥インフルエンザのヒト感染の全体像がさらに明らかになっていることを期待したい。

世界各地から報告される新たな鳥インフルエンザ感染事例

 北半球では冬となり,本格的なインフルエンザシーズンを迎えた。その状況下で,さらに多くの鳥インフルエンザウイルスの鳥への感染,ヒト感染疑い例の報告が相次いでいることが懸念される。2007年のみの情報を見ても,アジア地域における鳥の感染に関して,日本を含め,先だっての韓国,タイやベトナム,そして当然インドネシアなどからも情報があり,これらはWorld Organization for Animal Health(通称OIE)のホームページより参照することができる(URL=http://www.oie.int/eng/en_index.htm)。現在,鳥におけるこの問題が公式に継続している地域が地図上にくっきりと描かれており,中東の一部地域~ナイル川流域,ナイジェリア北部は潜在的なリスクが高いと読み取れる。

 本稿を書いている最中の2月3日,イギリス南東部サフォーク州の農場で七面鳥2600羽が死亡し,鳥インフルエンザウイルスA/H5N1が検出されたとの情報が飛び込んできた。EU加盟国としては,1月下旬のハンガリーからの鳥インフルエンザ事例に続くものである。今後,ヨーロッパのどの地域においても例外なく注意が必要ということであろう。

 日本の宮崎や岡山でもそうだが,鳥インフルエンザウイルスの伝播経路が大きな関心を持って取り沙汰されることがよくある。報道などを見ると,日本の事例においては,中国大陸方面から渡り鳥がウイルスを伝播したとの見方が強まっているようだ。その調査結果を待たずとも,少なくとも冬季においては,全国の養鶏場・家禽飼育農家における野鳥からの隔離,従業員-鳥間の感染防御策の実施,鳥の異常に関する徹底した監視と連絡体制の確保を行うことが必要である。加えて,人の健康にも関わる問題として,地域医療機関におけるサーベイランスの強化や感染が疑わしい患者発生時の対応についてのトレーニングが行われなければならない。例外的に安全な地域はない。

2007年のヒト感染例の情報

 2007年のヒトの感染例の状況については,WHOのホームページ上では2月3日までに,インドネシアの6人(5人死亡),エジプトの1人(死亡),そしてナイジェリアの1人(死亡)が公式情報として掲載されている。特にインドネシアからは毎週のように,首都ジャカルタ近郊を含むジャワ島からの患者が報告されてきた。インドネシアの首都ジャカルタでは収まる気配のない鳥インフルエンザウイルス感染対策として,先日来,庭先での鳥の飼育が禁止され,一戸ずつ当局により確認しながらの,推定100万羽を超える鳥の殺処分が行われつつあるという(現在ジャカルタは大規模な洪水の災害下にあり,洪水自体の被害とともに鳥の処分がどの程度完遂されるか懸念される――筆者注)。

 なお,2月2日にヨーロッパ方面から入ってきたニュースとして,昨冬12人の確定例(うち4人が死亡)を報告したトルコから,死亡例を含む複数の肺炎患者が鳥インフルエンザ感染疑いとして調査中との情報がある。これらの情報についても,筆者らのチームの中では,直ちに担当者よりヨーロッパの関係者を通して情報の内容を精査する活動が行われつつあり,必要なら確定診断に関してもサポートを調整することになる。しかし,メディアによると数人はすでに退院しているようである。

われわれはどれくらい情報を見ているか

 トルコからのニュースは,この一両日に出てきたばかりの情報につき,早計は禁物である。しかし個人的な印象として,実際のリスクに加え,昨冬の経験を経た,鳥インフルエンザ感染に対する検出システムの感度が向上した結果を見ている可能性がある,と感じている。2006年の後半,ベトナムやタイなどから疑い事例が相次いで報告されたが,2006年8月の死亡例として報告されたタイの一事例を除いてはすべて除外されたことに筆者は注目している。かつて患者の集積が見られた地域では,サーベイランスの感度も高まってきていることだろう。

 この逆の現象もあるのではないか。われわれはリスクの特に高い地域で,相対的にサーベイランス感度の低い地域から,適切な内容の情報を見ることができているか,という懸念は消えない。例えばインドネシアやナイジェリアという国々は,各家屋の裏庭で鳥を飼育し,食べる直前に屠殺する。いわゆるWet marketから各家庭において,鳥は生きた状態で売買・輸送されるのが一般的である,と聞く。メディアの情報も参照する中で,特に所得の低い人々の中で病鳥は十分に排除されているとは言えないようで,感染した鳥との接触リスクが非常に高いことが予想される。このような状況下で,ヒト感染疑い例の報告は,サーベイランス・システムの良好な地域に偏っていないか。検査の頻度は十分か。その前提として,住民は十分に医療機関を受診できているか。

 ナイジェリアにおいて初のヒト感染報告となった今回の事例がどのような経緯で検出されるに至ったのか,十分に検証される必要がある。これらの国々においては,とにかく地域ごとの鳥インフルエンザのヒト感染サーベイランス・システムの評価を行うことが重要である。筆者自身も情報をきめ細かく評価していきたいと考えている。

つづく

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