医学界新聞


新年号特集 飛躍する「がん対策」

インタビュー

2007.01.01

 

【インタビュー】

新年号特集 飛躍する「がん対策」
チームで取り組む緩和医療

江口研二氏(日本緩和医療学会理事長/東海大学教授)


「早期から適切」な緩和医療

――「がん対策基本法」が成立し,緩和医療の充実に関する項目も明記されました(下掲)。そこには「早期から適切に行われるようにすること」という文言が入っています。

がん対策基本法第16条
「がん患者の療養生活の質の維持向上」

国及び地方公共団体は,がん患者の状況に応じて疼痛等の緩和を目的とする医療が早期から適切に行われるようにすること,居宅においてがん患者に対しがん医療を提供するための連携協力体制を確保すること,医療従事者に対するがん患者の療養生活の質の維持向上に関する研修の機会を確保することその他のがん患者の療養生活の質の維持向上のために必要な施策を講ずるものとする。

がん対策基本法案に対する附帯決議12
緩和ケアについては,がん患者の生活の質を確保するため,緩和ケアに関する専門的な知識及び技能を有する医療従事者の育成に努めるとともに,自宅や施設においても,適切な医療や緩和ケアを受けることができる体制の整備を進めること。

江口 これまでは「早期から適切」な緩和医療の取り組みが不十分で,「緩和医療=終末期医療」のように捉えられていました。たしかに,終末期は緩和医療の総力を絞るところです。けれど実際は,「がんの疑いあり」と診断された患者さん,早期がんで手術して治ったと思われる患者さんでも,身体的・精神的な負担がかかっています。患者さんの負担をできるだけ軽くしようというのが緩和医療ですから,診断時から緩和医療は始まるのです。

 そして,抗がん剤や放射線治療,あるいは手術で一時的に体の機能が損なわれるとか,そういう治療に伴う副作用の軽減も緩和医療の大きな目標です。狭義には治療に伴う副作用の治療は「支持療法」とされますが,これも緩和医療の中に含めて考えるのが現在の世界的風潮です。

――そういった考え方が,医療者間ではなかなか認識されなかったのでしょうか。

江口 認識は持っていても,実際には病院組織も地域医療も分業になっていたのです。「終末期になったら緩和医療の先生にお願いしよう」というかたちで,医師同士の連携も個人プレーでしかなかったわけです。

――がん診療連携拠点病院の指定要件で緩和医療は重点項目ですが,その中でもチームによる緩和医療提供体制の整備が求められていますね。

江口 昔の緩和医療はある意味,赤ひげ先生のような「患者さんに全力を尽くす」という人たちの善意で成り立っていたところがあります。しかしいまは,医師・看護師はもちろん,栄養士やソーシャルワーカーなど院内のいろいろなスタッフが各々の専門的知識を出して協力しあう体制が整いつつあります。がん対策基本法が成立して,いままでの個人プレーではなく,組織として緩和医療の提供体制を充実させることが大事になります。

在宅における情報共有体制の構築

――地域での緩和医療に関してはいかがでしょうか。

江口 地域医療で考えてみると,これもやはりチームでの役割分担があると思うのです。在宅介護支援センター,在宅療養支援診療所の医師,ホスピス,大学病院や地域の基幹病院といったところが役割を分担してネットワークでやるのが,患者さんにとっていちばんいいですし,それも広い意味でのチームです。

――役割分担すると司令塔が必要ですが,それはどこが担っていくのでしょうか。

江口 がんの治療は臨床腫瘍医が担うことになりますが,緩和医療医は専門性を活かして積極的に診療をサポートします。そして,緩和ケアの地域ネットワークを最大限に活用してもらうことが目標です。臨床腫瘍医と緩和ケアチームとが連携して,患者さんに必要な方針を決めていくことになります。

 在宅緩和ケアを考えた場合,実地医家の緩和ケアへの積極的な取り組みが患者・家族のニーズを満たすことにつながります。特にがん患者は高齢者が多いですから,進行するがんとともに糖尿病や心臓病など他の病気も患っています。在宅でそういう患者さんの診療を進めるには,在宅診療医師のチーム化が望ましいと思います。また,地域にどういうスペシャリストがいるのか,容易にわかるような方策が必要です。

――医療者間の情報共有は,緩和医療だけでなく医療界全体に言える課題ですね。

江口 そうですね。例えば郡市医師会でも,終末期の方に対して各診療所でどういうことができるかを登録する取り組みを,数年以上前から行っている地域もあります。医療機関自らが申告し,それを医師会がリストアップしてホームページに載せていて,「あの診療所は点滴静脈注射も管理してもらえる」などと検索ができて便利です。自分たちの地域の医療機関は何ができて何ができないのか,いままではわかりづらかったのですが,在宅医療において知りたい情報はそういうものだろうと思います。

人材育成が課題

――緩和ケアチームに関しては,2002年に「緩和ケア診療加算」が新設されました。

江口 算定には,患者さんの身体症状に対処する医師,精神科医,認定資格を持った看護師の3人がコアメンバーとして必要ですが,全国的にみると,がん患者を診ることができる精神科医や認定資格を持った看護師が少ないなど人材不足がネックとなっています。実際,算定できている緩和ケアチームは,全国で60ぐらいしかありません。

――理想はあっても,人材がなかなか追いつかない現状でしょうか。

江口 緩和医療の充実に向けては,人材の育成が最大の課題です。中でも,大学に緩和医療学講座がないという根深い問題があります。腫瘍内科は少しずつ増えてきましたが,緩和医療科にいたっては永続的な正規のものはありません。まず,卒前から卒後,専門教育までの一貫した緩和医療教育プログラムを作る必要があります。緩和医療学会では教育体制を整えつつありますが,将来は関連組織とも連動しながら,資格認定も含めて考えています。

――日本緩和医療学会は会員が5千人に達し,中でも看護師が全体の3割を占めているそうですが,看護師の今後の役割についてはいかがでしょうか。

江口 日本看護協会の専門・認定看護師養成プログラムなど,現状では看護師のほうが教育システムはしっかりしています。問題は,資格を持った人が専門性を十分活かせないような分野に配置されてしまうことです。数が増えてくればそういうエキスパートの適材適所での配置が可能でしょうし,各病院執行部の緩和ケア整備についての理解も大事になります。

追い風を逆風に変えないために

江口 主治医の先生方にぜひお願いしたいのは,自分だけで対処するのではなく,他の専門職の知恵を借りるようにしてほしいということです。緩和ケアチームが院内にできても,「自分のところで痛みを減らせる」という姿勢で一切コンサルトしない主治医もいます。果たしてそれで患者さんが本当に満足しているのかどうか。各所でそういうことはいくらでも起きています。個人プレーでなくて,組織として緩和ケアができる体制になってほしいと思います。

 それとは逆に,緩和ケアに関わる医師も,やはり独りよがりになってしまうところがある。がん治療自体がどんどん進歩していますから,セミナーなどで勉強して意見交換することも必要だし,がん医療に関わる者の常識として最低限のことは知っておいてもらいたいです。

――がん対策基本法成立の過程では,緩和医療の充実に関して患者側の要望がすごく強かったそうですね。

江口 患者さんはもちろん,医療者も痛切に感じているところでした。それが法律で決まるとなると,患者さんと医療者,行政など,国を挙げて緩和医療の充実に向けて取り組むことになるわけで,追い風になると思います。

 やるべきことが多くて大変ですが,学会の理事・評議員たちも,追い風を感じているので,みな張り切っています。私はよく言うのですが,「あと2-3年で緩和ケアをきちんと提供できる体制を整えないと,期待が大きいだけに今度はまた逆風になってしまう」と。そうならないためにも,みんなで力をあわせてがんばっているところです。

(了)


江口研二氏
1973年慶大医学部卒。国立がんセンター病院レジデント,同内科,国立病院四国がんセンター副院長などを経て,2002年より現職。1996年に創設された日本緩和医療学会では,2004年より理事長を務めている。専門は呼吸器内科学・臨床腫瘍学。

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