医学界新聞

 

【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

桝井 良裕
箕輪 良行田中 拓
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case9]   心電図は正常だけど……?


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
胸痛,心筋梗塞,心電図,急性冠症候群(acute coronary syndrome;ACS)

Case

 秋もそろそろ終わり。夜間の冷え込みも厳しくなってきた。当直の河田君が「こんな寒い日はコンビニのおでんをつまみに熱燗でも一杯やりたいな」と年寄りみたいなことを考えていると,近所に住む60代男性が「20分ほど前から急に胸が痛くなった」と救急外来にやってきた。患者の太った身体を見て「季節の変わり目だし,心筋梗塞かな?」と考えながら,すぐに診察した。

 胸痛は今回が初めてで,労作などで胸痛を自覚したことはない。夕食の際に日本酒を2合ほど飲み,テレビを見ていたら急に前胸部中央が締め付けられるような痛みが出現し,来院時も持続しているという。痛みはかなり強く,患者は冷や汗をかいている。

 既往としては15年ほど前から高血圧,高脂血症,高尿酸血症が指摘され,最近は糖尿病の傾向もある。近医からの紹介で4年前に当院の循環器内科で心エコー,運動負荷心電図検査を受けているが,この時に異常は指摘されていない。家族歴は,父親が心筋梗塞で死亡しており,生活歴は喫煙30本/日,飲酒日本酒2合/日である。

 身長165cm,体重88kg,BMI32.3,意識清明,体温36.6°C,脈拍90/分整,呼吸数28/分でルームエアーでのSpO2は98%,血圧178/90mmHgで,四肢で測定しても大きな差は認めない。他の身体所見に大きな異常はない。

 河田君はとりあえず酸素投与,ルート確保,心電図モニターの装着を行い,12誘導心電図を記録してから,採血と胸部X線写真の結果が出るまでの間に指導医である栗井先生に相談した。

■Guidance

栗井 胸痛が持続しているんだね? 来院から10分程度経過しているんだよね? 急を要するから今日は冗談はなしだよ。すぐに酸素投与,ルート確保,心電図モニターを開始したのはすばらしいね。僕も一緒に診るから患者さんのところに行こう。胸痛の性状や放散痛の有無は?

河田 胸骨裏面の圧迫されるような重苦しい痛みだそうです。放散はありません。

栗井 鑑別すべき疾患はなんだろうね?(Check point 1

河田 急性冠症候群(acute coronary syndrome;ACS),急性大動脈解離,肺塞栓などの血管疾患をまず考えましたが,食後の突然発症であることから食道破裂も否定できません。その他としては気胸や胸膜炎などでしょうか?

栗井 OK。心電図所見は?

河田 それが,真っ先にACSを疑って心電図を取ったのですが,明らかな異常がなかったんですよ。

栗井 ふーん……以前当院で取った心電図と比較はした?(Check point 2

河田 あ……以前のは見ていません。

栗井 問診の内容を聞くと冠危険因子の塊だね。ところで,出血性疾患の既往,現在処方されている薬剤の内容,薬剤アレルギーの有無などは聞いた?

河田 えっ? 出血性疾患は考えもしませんでした。肺出血などによる胸痛の可能性,ということですか?

栗井 既往歴は診断のためだけでなく,治療上問題になる可能性を考えて聴取すべきこともあるんだよ(Check point3)。ともかく,現時点では心電図を以前のものと比較することが重要そうだね。

Disposition
 心電図を以前のものと比較した栗井先生は,採血結果を待たずに循環器内科にコンサルトした。以前のものと比べてみると,今日の心電図はV1-V4でR波とT波が増高していた。再度取り直してみるとV1-V4の明らかなST上昇が確認され,心エコーでも前壁-中隔の壁運動低下を認めた。急性前壁中隔心筋梗塞の診断の下に行われた緊急冠動脈造影では前下行枝#7の完全閉塞が認められ,すぐに経皮的冠動脈形成術が施行された。

Check Point 1

killer chest pain
 胸痛は,胸部を構成するあらゆる臓器,組織に由来する疼痛の他に,腹部や脊椎からの放散痛などが原因となることもあるため,その原因は多岐にわたる。しかし,胸痛を呈する疾患で重症度・緊急度ともに高いのは何と言ってもACS,急性大動脈解離,心筋炎(特に劇症型),肺塞栓,気胸(特に緊張性),食道破裂である。さらに胆嚢炎,膵炎,腸間膜動脈塞栓などを含めた,これらを原因とする胸痛は“killer chest pain”と呼び,絶対に見逃してはならない。

 その他の原因としては,気管支炎・肺炎,肺癌,胸膜炎など気管支・肺・胸膜疾患,食道炎や食道痙攣などの食道疾患,帯状疱疹,肋間神経痛,肋骨骨折,Tietz病,骨腫瘍などの神経・骨疾患などがある。また,腹部の疾患でも胃炎や胃潰瘍,胆石,胆嚢炎,膵炎などは胸痛を訴えて来院することがあり,注意を要する。

Check Point 2

心電図が正常でも……
 心電図に一見異常がなくてもACSは否定できない。2000年に発表されたAHA(American Heart Association)guidelines2000ではACSが疑われた場合,初期心電図に基づくリスクの層別化(risk stratification)が図られている。これによると,心電図が正常もしくはST部分やT波の変化が非典型的な場合においても,ACSのリスクは中-低程度ある(ACSの5%程度を占める)ため,経過観察や心電図,採血を繰り返し行う重要性が強調されている。特に,急性心筋梗塞の超急性期(発症から30分程度)には往々にしてST変化は認められず,R波およびT波の増高(injured R,acute hyper-Tと呼ばれる)だけが所見という場合がある。また,ある種の心筋梗塞では前胸部誘導の一部に巨大陰性T波(giant negative T)を認めるだけというケースがあり,見逃しに注意する。こうしたケースの場合に重要なのは,以前の心電図と比較すること,以前の心電図がなければ経過を観察することである。

 一方,ST変化を有する胸痛は一般的にはACSを示唆する重要な証拠であるが,食道裂孔ヘルニアや胆嚢炎,膵炎などでも,主にST低下のような心電図異常を呈することがある。また,SI QIII T IIIは右軸偏位や右脚ブロックよりも特異度の高い急性右心負荷の所見であり肺塞栓を示唆する所見であることは“killer chest pain”を見逃さないためにも知っておかねばならない。

Check Point 3

問診で聞くべきこと
 他の多くの疾患と同じく,胸痛の鑑別でも重要なのは問診である。ただし,胸痛患者の診察においては病歴,身体所見,血液生化学的検査,心電図,画像診断はすべて並行して短時間に行うべきであり,病歴の聴取に時間をとりすぎて治療が遅れることは避けなければならない。

 一方,検査および治療上問題となる既往歴の聴取も忘れてはならず,代表的なものとしては,血管疾患や薬剤アレルギー,胸部手術の既往等が挙げられる。膠原病や梅毒では血管病変が合併している可能性があるが,特に大腿動脈,上腕動脈,橈骨動脈など,冠動脈造影のカテーテル挿入に使用する血管に病変が及んでいる場合は冠動脈造影そのものがリスクとなる。また胸部の手術歴がある場合は癒着のために,冠動脈バイパス術が困難となるため,治療法が限られてしまうこともある。

Attention!
●心電図が一見正常に見えてもACSは否定できない!
●胸痛患者を診たらkiller chest painを見逃さない!

次回につづく