医学界新聞

 

頼れる先輩が教える
「内科レジデントの鉄則」

豊原敬文氏
(東北大学・腎高血圧内分泌科/聖路加国際病院2004年度内科チーフレジデント)


 「このぐらい当たり前にできるだろう」と指導医が思うことも,研修医にとってはなかなか難しいもの。そんな時,研修医にとっていちばん頼りになるのは,数年違いの上級医ではないだろうか。

 聖路加国際病院では,「新人は何がわからないのか」を知りぬくチーフレジデントが,研修医教育の一環として「内科コアカンファレンス」を発案。好評を博したこのカンファレンスをもとに刊行された『内科レジデントの鉄則』(医学書院)では,症例を通して,類書には見られないユニークな“鉄則”を学ぶことができる。筆者のひとり,豊原敬文氏(東北大)に聞いた。

新人研修医が学ぶべき鉄則(『内科レジデントの鉄則』全132の鉄則より一部抜粋)
「発熱=感染症」ではない。
「Wheeze=気管支喘息」ではない。
血糖降下薬(特にSU剤)による低血糖は,一時的に血糖が改善しても経過観察。
「麻痺などの局所症状+意識障害=脳梗塞」とは限らない。
喘息を疑ったら心不全を除外しよう。
腎機能障害をみたら,まず以前の腎機能を確認しよう。
高齢者の入院時は,普通のADL,家庭環境を確認しよう。
患者の栄養状態を気にかけよう。ポイントは病歴と身体所見。
嘔気をみたらまずアセスメント。安易な投薬に走らない。
不眠の陰に他の問題が隠れている。


成長の実感が持てる「内科コアカンファレンス」

――まず,聖路加国際病院で「内科コアカンファレンス」を始められた経緯をお聞きしたいと思います。新医師臨床研修制度が始まった2004年に,当時内科チーフレジデントだった豊原先生と,児玉知之先生,和田匡史先生の3人の発案で始められたということですね。

豊原 聖路加は以前から上級医が教育熱心で,特に各科のチーフレジデントは研修医教育を担当します。自分たちの知りたいことや知識の足りない点などを考えながら,カンファレンスを計画し,開催していました。

 ちょうどその頃は,新臨床研修制度によって内科研修の期間が短くなり,各研修医の担当症例数が少なくなりました。また,ある程度勉強時間も確保しつつゆとりある研修ができる一方で,そのぶん上級医のサポートも増えたことから,本人の責任において診ることのできる部分が少なくなるという危機感がありました。そこで“量”の足りないぶんは“密度”で補おうと,当時の内科チーフレジデント3人で考えて,カンファレンスを開くようになったのです。

――聖路加では,内科だけでも教育カンファレンスが月間40以上あって,その中でも内科コアカンファレンスの出席率は断トツだそうですが,どういう特色を出されたのですか。

豊原 専門医の先生方によるカンファレンスもすごくタメになるのですが,我々チーフレジデントが特に気にしたのは,「研修医がわからないところ」です。研修医がわからないような問題点は経験のある医師にとっては些細なことかもしれませんが,研修医にとってはすごく重要です。その些細なことを解決できる道しるべになるカンファレンスにしたいと思いました。

 ですから,カンファレンスの前にはこういう患者さんは診れなかったけれども,終わったあとには診れるようになっている。そういう“成長の実感”が持てるカンファレンスにしようというのが目標でした。

――当たり前のことを当たり前にやる,この難しさがあるのですね。

豊原 病棟で患者さんの不利益になるような重要なことを逃さずに受け持ちの患者さんの話を聴いて,身体所見をとって,薬を処方する。その当たり前の部分を研修医が当たり前にできるかどうか。指導医は外来を持って,他にも多くの患者さんを診ていたりするので忙しいですし,どうしても患者さんにいちばん身近な研修医の,患者さんへの役割はすごく大きいのですね。ですから,絶対にやるべきことはきちんとできるようにしたいと思って,カンファレンスの内容も研修医とも相談しながら,研修医が疑問に思うことが多い,できるだけ頻度の高い疾患・症候を挙げていき,最終的には偏りのないカンファレンスにしていきました。

――カンファレンスはどういう手順で行うのですか?

豊原 まずはカンファレンス全体の流れを把握してもらって,「この点だけは外してはいけない」という点を最初に強調します。それに応じて症例を考えます。この,症例を挙げるのがポイントです。

 病棟で経験する症例がいままでよりも少なくなっていますが,大事なのはやはり,実際の症例を診てどうするかです。頭でいくらわかっていても,患者さんを目の前に何も動けなかったら意味がない。それができるようになるためのカンファレンスをしたいということで,症例に沿って考え,かつポイントを押さえられるようにしました。実際は最初からこうした形式ではなく,皆の意見をとり入れながら試行錯誤して,だんだんとこうなりました。

――『内科レジデントの鉄則』をみると,挙げられた症例が簡にして要を得るシンプルなものですね。カンファレンスもやはりそうですか?

豊原 皆が忙しい時間を割いて集まっているわけですし,必要な情報の取捨選択も非常に大事です。情報が多すぎて研修医が混乱しないように,絶対に忘れてはいないポイントを強調して伝えるようにしました。

実践力は症例を通して身につけるもの

――新人研修医のつまずきどころ,陥りがちな問題にはある程度パターンがあるのでしょうか。

豊原 例えば,国家試験の勉強では「糖尿病ならインスリン,肺炎なら抗菌薬」というように覚えます。しかし現場で実際に困るのは,糖尿病ならば「これぐらいの血糖の人にはどれだけのインスリンを使うのか」ということで,私も最初はわからなくて上級医に聞いていました。また,肺炎にも種類がいろいろありますし,肺炎だけでなく腎機能も悪い患者さんなら抗菌薬は減らさなければいけない。

 そういう具体的な薬剤の使い方はすごく難しくて,各症例を通して上級医と一緒に診ながら少しずつ身につけていくことになります。でもこの第一段階の勉強も,症例が少ないとどうしても不足する。それを補おうとしているのが,この内科コアカンファレンスの意味でもあるのです。

――大学時代に習った教科書的な知識を整理し直す感じでしょうか。

豊原 そうですね。実際の症例を通して実践的な知識を身につけていくわけですが,それがまず大変です。同期の和田先生も言っていましたが,対応のプロセス,患者さんの病状,今後どういうふうに病状が動くかという経過の予想,情報の取捨選択といったところが非常に難しいですね。

――『内科レジデントの鉄則』の腎機能障害の項目では,最初に「腎後性,腎前性,腎性と大学では習ったけど」というセンテンスがありますね。

豊原 大学では,腎機能障害に腎後性,腎前性,腎性があるというのは習います。しかし,実際にそれらをどういう順番で診ていけばいちばん効率がよいのかとか,腎障害の評価や薬剤の選択などは臨床で症例を通して学ばないとわかりません。

――そして最初の鉄則が「腎機能障害をみたら,まず以前の腎機能を確認しよう」。次に「急性腎不全の鑑別は,腎後性⇒腎前性⇒腎性の順で」となっています。

豊原 「以前と比べる」というのは,腎機能障害に限らず,すべての疾患において絶対に外してはいけない当たり前のことですが,新人研修医にとっては意外に難しいのですね。そういうことを常に頭に入れておかないと,見落としも多くなります。

――先生ご自身も,症例を通して勉強して実力をつけていったのでしょうか?

豊原 そこが第一段階ですね。上級医と一緒に診て,その経験を通して対応の仕方がおおまかにわかってくる。そして,第二段階の勉強は,経験のフィードバックです。聖路加は屋根瓦式になっているので,2-3年目が1-2年目を教えます。経験したこと,上級医から教わったことが最善の方法だったのか,別の方法もあったのか。自分で勉強してまとめたことを下に伝えます。そこで質問を受ければ,どうしたらわかりやすいかをまた考えます。そうやって教えていくことが実はいちばん勉強になるところで,内科コアカンファレンスも自分たちチーフレジデントが勉強する機会でもありました。

指導医にとっての当たり前も,研修医には当たり前ではない

――そのコアカンファレンスの成果がこの本(『内科レジデントの鉄則』)となるわけですが,目次を見ると,「当直で病棟から呼ばれたら」「内科緊急入院で呼ばれたら」というように,項目の羅列ではなく研修医が呼ばれる状況で分類していますね。

豊原 何か緊急のことで研修医が呼ばれた時に,患者さんにとって不利益がないようにマネジメントできるかどうかがいちばん大切です。だから,その時に「このページを開けばわかる」というふうになっていないと,実践的な本にはならないと思ったのですね。

――例えば,発熱をカンファレンスで取り上げる場合は,この本にあるように最初に「早く抗菌薬を始めなきゃ,でいいの?」と,まず問題提起するのですか?

豊原 踏み外しやすい点はどういうケースにもありますから,できるだけそういう問題を冒頭で投げかけます。熱があったら抗菌薬を,痛みがあったら鎮痛薬をやみくもに使えばいいというわけでもありません。間違って薬剤を使ってしまったことで,後になって患者さんにいろいろな不利益が生じてくるということもあります。そこで研修医が必ず押さえなければいけない点を,最初に持ってきます。

 経験がある先生だと,「こんなにまどろっこしいことを教える必要があるのか」と思われるかもしれません。しかし,我々もそうでしたが,研修医は外してはいけないポイントがまだわからない状態です。指導医が当たり前だと思うことも,研修医にとっては当たり前ではないのです。

――専門医がなかなか気づかない指導上のポイントも,研修医と年が近くていつも身近にいるチーフレジデントだからこそわかるのかもしれませんね。

豊原 チーフレジデントは,専門医に比べれば知識が足りない面は確かにあります。しかし役職柄,内科の入院はすべてチーフレジデントを通していますし,いろいろな科の知識をまんべんなく,それなりの深さをもって勉強できる立場にあります。ですから,そうした知識と経験を研修医に伝えることができると思っています。

病院にいればいるだけ,勉強になることはいくらでもある

――研修医には,どういう態度で臨床研修に臨んでほしいでしょうか。

豊原 患者さんをいちばん身近で診ているのは研修医です。ですから,「自分がいちばん診ているのだから,いちばんよく知っている」という気概と責任感を持って患者さんを診てもらいたいですね。時には,患者さんのためを思って指導医に対しても積極的に,「自分が診察をした時にはこうだった」と言えるぐらいであってほしいと思います。

――知識と経験は足りないかもしれないけれども……。

豊原 そうですね。患者さんがおなかの痛みを訴えたとしたら,痛みの部位や種類を最初に診るのは研修医ですし,患者さんも研修医のほうが話しやすかったりします。いちばん情報が集められる立場なので,その立場をできるだけ患者さんがよくなる方向に活用してほしいと思います。

 それと,少ない症例に満足しないでほしいです。私も1年目の頃は,病院にいること自体ですべてのことが勉強になりました。それこそ,いまは電子カルテですが,当時カルテを運ぶ自走台車があって,その使い方を助手さんに教わったり,技師さんが写真を撮っているのを見学して調節を覚えたりしました。それで,コメディカルの人たちとの共通の話題ができて,得る情報が増えることもあります。病院の至るところに考えさせられる点,医療の美学があります。ですから,すべてのことに興味を持ってもらいたい。

 私の場合,各科をローテートする時には一生その科を専門にしていくつもりで研修していました。例えば外科であれば,将来内科を専攻する私には関係のない手術の手順なども興味を持って見るように心がけていました。特にローテートする科が多い新臨床研修制度では一つひとつの科での勉強を大切にする姿勢も大事なのではないでしょうか。

――与えられた症例だけやっていればいいというわけではない,と。

豊原 病院にいればいるだけ,勉強になることはいくらでもあると思うのです。この本を執筆したチーフレジデント3人も,自分の患者さんだけじゃなくて,ほかの人が担当している患者さんでも,迷惑にならない程度に診させてもらったりしていました。

――新制度で研修医の労働環境が整備されて,定時で研修医が帰宅することも多いようですが,かつてのハードワークの時代からの揺り戻しがあるのかもしれませんね。

豊原 そのへんはすごく難しい問題で,聖路加でもすごく考えた時期があります。早く帰って勉強できる人ならそれもいいかもしれないのですが,私はやはり病院での経験を大事にしてもらいたいし,聖路加においても,定時で帰るよりも,少し余裕があったら救急部などで勉強している研修医も多いと思います。ただ,そこで忘れてほしくないことは,無理をしすぎて,逆に患者さんに対して不利益にならないようにすることです。自分が体調を壊してしまったら本末転倒ですから。

――生きた知識は病院の中にある。

豊原 やっぱりそうだと思います。もちろん本から勉強できる面もあるのですが,それ以上に情報量は多いです。現場で目の前で見る経験や感動は,本に表現しつくすことはできません。

 それに,病院で他のことをやっている時も,思いがけず自分の知らない症例を経験することがあります。そういう時の指導医の対応やちょっとした助言が,将来すごく生きてきます。この本もそうやって上の先生方にいろいろ教えてもらって,さらに下の研修医が「こういうことを知りたい」と言ってくれて,同期の児玉先生,和田先生といっしょにつくることができました。コメディカルの方々も含めて聖路加のすべての人のおかげでできた本だと思うので,感謝を伝えたいです。

 私自身は,常に初心に帰ることが大事だと思うので,そういう気持ちを忘れないためにも,自分が指導医になった時にこの本を読み返してみたいと思います。それと,これから研修医を教えてくださる先生方にも,実際に研修医がどういうことがわからないのかを知る意味でも使ってもらえたらと思います。

――ありがとうございました。


豊原敬文氏
2002年東北大医学部卒。同年,聖路加国際病院研修医。2年目の初期研修医終了時にベストレジデント賞を受賞し,聖路加国際病院より米国のMayo clinic,UCSDなどの見学の機会を得る。内科チーフレジデント,腎臓内科後期研修を経て,05年10月より東北大腎高血圧内分泌科大学院に入学。現在専門研修と基礎研究を行い,今後の医師としての基礎を勉強中である。