医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評特集


古武術介護入門[DVD付]
古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する

岡田 慎一郎 著

《評 者》西條 剛央(日本学術振興会特別研究員・心理学)

きわめて「科学的」な介護法

なぜ古武術と介護か
 介護に関する革命的な本が生まれた。この本は,甲野善紀氏の古武術(身体技法)の原理を介護に応用した技術をわかりやすく紹介したものである。

 雑誌・テレビなどを通して甲野善紀氏の活躍をご存じの方も多いだろう。独自の方法で探求を続けている甲野氏の身体運用は,スポーツやロボット開発など,さまざまな分野の人々から注目を集めている。

 私はその中でも,甲野氏の身体運用が最も普及するのは介護の領域だろうと予測している。そのように予測するには,それなりの必然的「理由」(構造)があるからに他ならない。

 世の中には,より機能的な枠組みがあっても広まらないことがある。それは「一部充足」している場合である。それなりにやれているとき,といってもよい。そういう場合,明らかにそれよりも優れた枠組みがあっても「いや,自分たちはこれでずっとやってきたし,それによって一定の成果もあげてきた」と現状肯定し,新たな試みを無視することができる。

 しかるに介護の現状がどうかといえば,岡田氏の講習会が毎回キャンセル待ちの盛況を極めている背景には,現状の介護技術では身体を壊してしまうという危機感,極端にいえば献身的な介護者ほど要介護者になりかねないような状況があるといえる。

 この点が,スポーツなどの他領域と状況が異なるところだ。こうした状況にある介護界では,古武術介護というオルタナティブが提供された以上,ユーザーは自然と,安全・安楽な方法を選択していくだろう。

介護技術の「科学性」とは何か
 一方,医療・介護現場の多くの方々が懸念されるのは,はたしてこの方法に「科学的根拠」があるのか,という点ではないだろうか。EBMの重要性が叫ばれる昨今,いくら機能的で,誰もが容易に習得できる方法であっても,「科学的」に「いかがわしいトンデモ法」とされてしまうと普及は難しい(実際,内容を吟味することなくそのような批判をする人もいるようだ)。

 筆者は2005年に『構造構成主義とは何か』を上梓し,池田清彦氏の構造主義科学論を継承した,人間科学の原理論を提案した。現代思想の最先端をゆく構造構成主義にのっとって本書を読み解くと「古武術介護」には十分に科学性が担保されていることがわかる。

 池田清彦氏の構造主義科学論によれば,科学とは「現象を構造化すること」であり,「現象をより上手に説明する構造を追求すること」と定義される。その意味で,古武術介護は,その「原理」や「技術」をきわめて論理的に「構造化」しているといえる。

 一方,科学性を担保するための重要な条件として「再現性」「反証可能性」が挙げられるが,古武術介護はいずれもクリアしていると考えられる。

 本書のDVDを見ればわかるように,古武術介護はいつでもどこでもその技術を再現することができる。講習会の参加者が次々と技術を習得していることも,学習することによって誰もが再現することができるようになるという点で,古武術介護の再現性を傍証している。

 また,「反証可能性」についても,提案されている技術はすべてオープンソースであり,誰もが実際に検証することができる。より優れた方法(構造)を思いついたならば,それを実際にやって見せることによって,従来の方法(構造)を反証することもできる。

 こうした科学論議を「抽象的だ」と忌避される方も現場にはおられるかもしれないが,医療臨床そのものも,実は「科学理論」という抽象に支えられている。実際,「非科学的」というレッテルを張られることは医療従事者であれば誰もが避けたいところだろう。その点,古武術介護は,上述のように科学性が担保されており,普及のための条件を満たしている。

世界に発信すべき介護法
 本書を通して,私は古武術介護に対して「新しい科学的な介護法」という印象をもった。本書で紹介されている方法のいくつかは,数十年後には,「古武術」という冠すら必要ないほど一般的方法として普及しているであろうと予測している。そしてそれが実現した暁には,日本の介護技術が世界の介護界をリードするのも夢ではないと思っている。身体は言葉の壁を超えるからだ。日本の学術界がしばしば「輸入学問」と揶揄され,海外の後塵を拝することの多い中,これほどのポテンシャルを秘めた領域は他にないだろう。

 これが大言壮語かどうか,この先駆的試みを手に取り,実際に確かめてほしい。そして,そのポテンシャルを実感した人には,是非とも岡田氏らとともに古武術介護の開発と実践に取り組み,「身体に優しい介護法」を世界に広めていっていただきたいと思う。

B5・頁128 定価3,150円(税5%込)医学書院

『構造構成主義とは何か』(西條剛央,北大路書房,2005年)。なお,構造構成主義の多領域への展開については,来春発行の下記書籍・雑誌をご参照いただきたい。
『現代のエスプリ』475号「特集:構造構成主義の展開-21世紀の思想のありかた」(編著:西條剛央,京極真,池田清彦/執筆:養老孟司,内田樹,甲野善紀,竹田青嗣,斎藤清二ほか/至文堂,2007年1月発行予定)
『現代思想のレボリューション:構造構成主義研究(1)』(編著:西條剛央,京極真,池田清彦/執筆:甲野善紀,黒須正晃,圓岡偉男,山本貴光,吉川博光,田中博ほか/北大路書房,2007年3月発行予定)


エビデンス老年医療

佐々木 英忠 著

《評 者》井口 昭久(名大大学院教授・老年科学)

老人に対する愛にあふれた老年医療の実践書

 本書は高齢者の食事から排泄といった日常基本動作にかかわる障害と周辺疾患について,最先端の医療と介護を内外のエビデンスに基づいて解説したものである。18年間にわたり要介護老人を最前線で診療されてきた佐々木先生による老年医療を集大成した一冊である。

 このような教科書的な本は多くの場合,複数の著者によるものである。それゆえ通読するのは時間的な余裕が必要であるのはもちろん,読みきるにはかなりの忍耐がいるものである。しかしこの本は佐々木先生が一人で書いているので,一息で読み終えてしまえた。

 エビデンスを基に医療,介護,看護,医療経済などが軽妙な語り口によって書かれている。エビデンスをあげ,解説し,著者の感想を述べるとした形式で,各々の節が一つの物語として読め退屈しなかった。

 医療や介護に携わる人以外の一般読者にもわかるように書かれている。例えば次のような記述がある。「アルツハイマー病の患者を介護している人の皮膚に傷をつけた場合,その治り方はそうでない人の場合より遅いという報告がある(頁81)」,「介護した人の達成感をもっている人はいくら仕事量が増えても落ち込みはないという(頁81)」これらの事実をエビデンスで示しているので説得力がある。

 そうかと思うと学生との交流のような個人的な体験が出てきて佐々木先生の人柄がわかるようにもなっている。また,医療と看護,介護,福祉の一貫性が無理なく連続的に記述されている。この連続性にこそ老年医学の本質があるのである。一貫して長生きは医療経済的に,むしろ安く済む,だからなるべく長生きすべきだという主張が貫かれている。老人をいとおしみ,優しく包む医療を書いた本である。老人に対する愛情に満ちあふれた本である。

 ぜひ一読をお薦めする。

B5・頁184 定価6,300円(税5%込)医学書院