医学界新聞

  ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第8回 ラインによるケア(3)グループ・ダイナミックスへの配慮 ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 ナースは,教育課程でも看護実践においてもチーム(グループ)で行動することが多い職種です。そこで師長には,チームとしてのグループ・ダイナミックスを冷静に分析し,チームメンバー1人ひとりとそのグループとの関係性に配慮したケアが求められます。

場の空気を読む力

 病院という組織はおもしろいところで,病棟や部署単位でまったく別の病院かと思わせるような風土を持っている場合も少なくありません。

 例えば,A病棟に異動したあるB師長は以前のC病棟と同様に,申し送りや会議の時などを活用してスタッフを褒める場を積極的に創ってみましたが,スタッフの反応があまりよくありません。おまけに「医師に対してはっきりと意見を述べる」行動が,C病棟では当然のことであったのに,A病棟ではご法度のようです。

 そのような風土を形成する要因として,診療科やそれに伴う患者さんや医師の体質等も考えられますが,その部署での最大規模のグループメンバーであるナースのグループ・ダイナミックスは,主要因のひとつと言えます。B師長はA病棟のグループ・ダイナミックスへの配慮を忘れ,C病棟でのマネジメントスタイルをそのまま実行してしまったのが失敗の一因と言えるようです。

 それでは,病棟のグループ・ダイナミックスとは,どうすれば理解できるのでしょうか? 換言すれば,「場の空気を読む力」とも言えるでしょう。申し送りの時の立ち位置,姿勢,質問の応対の仕方,目配せ。フォーマルな申し送り後の雑談(インフォーマルの時)の内容と表情およびフォーマルな時との格差。会議の時の発言の数,順序,特定の人の発言を待つ雰囲気。そしてなんといっても自分の発言に対する相手の反応を見逃さないことが重要でしょう。五感を研ぎ澄まして,見回してみると情報はたくさんあります。

 そこで,B師長もジグソーパズルをひとつずつはめていくように,そうした情報をインプットしていくと,ひとりの気になるスタッフの存在に気づきました。Dさんという10年以上の経験を持つ30代半ばのナースで,仕事はよくできるのですがちょっときつい印象が最初から少し気になっていたスタッフです。

 そのDさんがいない時はなんだか病棟の雰囲気が明るく,若いスタッフがのびのびと仕事している印象を受けます。さらに注意してみていくと,Dさんとのいっしょの夜勤をチェックしては休み時間にこそこそと耳打ちしているのです。「Dさんに申し送りする夜勤のスタッフは胃が痛くなるほど緊張する」という話も聞こえてきました。

主観的判断を裏づけする事実

 「これは由々しき問題だ,Dさんに注意をしなければ」とB師長は思い,そのタイミングを計り始めました。しかし,これといって注意する事実がありません。まさか「勤務表をみて,あなたと夜勤がいっしょになる日を病棟の皆が嘆いているのよ」などと言うわけにもいきませんし,言ったところで何の意味もありません。

 そんな時に大切なのは,師長自身の主観的判断を裏づけする事実です。前任の師長や場合によっては,上司(管理師長や看護部長など)に確認するのも一案でしょう。注意したいのが,医師や当該病棟スタッフからの情報収集です。Dさんのようなナースは,幅広い情報網を持っていることが多く,聞き方一つ間違えると逆効果になりかねません。DさんへのB師長の評価を断定的に述べることや他者からの噂レベルの内容を無防備に口にすることは絶対に避けます。そして,できるだけ多方面から情報を集めて,B師長自身の判断が独りよがりのものでないことを確認することが重要です。

 そうした情報をもって,再度病棟での業務を注意深くみていると,Dさんが「今年の新人は覚えが悪くて,自分の仕事ばかり増えて大変」と医師と大声で話しているのが聞こえてきました。

面接場面での禁忌

 こうした事例の場合に重要なのは,師長自身が把握している場面をもとに注意することです。この事例の場合,その場で注意するのは,Dさんのプライドや業務時間との関係から難しいでしょう。ただし,できるだけ早い時期にDさんと話をする機会を設定することが重要です。

 新しい師長の前で,Dさんはどんな態度をとるでしょう。「もう二度と新人を傷つけるような言動は慎みます」と言うでしょうか。必死で自分を取り繕うでしょうか。そんな時,あなたがB師長ならどう感じますか? 相手によってがらりと態度を変えて,口先だけで詫びて……と思うでしょうか。しかし,それは当然のことです。上司に少しでもよい評価を得たいと思うのはおかしなことではありません。スタッフにみせる顔も師長に見せる顔もきっとそれぞれがDさんの一面なのです。その時の言葉をいったんは信じるというのも大切な選択と言えるでしょう。

 しかし,素直に詫びる様子もなく,「そんなこと皆が思っていても口に出していないだけ,事実を言って何が悪い」ときり返されることもあるでしょう。そんな時「あなたがそんなふうだから,皆があなたとの夜勤を嫌がるのよ」などとつい言い返したりしていませんか? 繰り返しになりますが,面接の場面では自分が見た事実や自分の思いを伝えることが原則です。つまり,他者の評価などの情報を不用意に出すことは禁忌とも言えます。下手に他者からの情報を出して,怒りの矛先が当該病棟の弱い立場のスタッフに向かい最悪の状況に至った事例をいくつもみてきました。

 B師長自身が見た事実に基づき,「新人の立場を考えるととても悲しくなった,あなたもナースならきっとわかってもらえると思って」と,アサーティブな表現に徹します。面接に入りこんでDさんを追い詰めてしまうと逆効果の場合もあるからです。ここで,Dさん自身の過ちを師長の面接技術で気づいてもらおうなどという気負いは禁物です。それよりも他のスタッフへのメッセージ,すなわちA病棟へのグループ・ダイナミックスへの配慮が重要なのです。

 つまり,Dさんの問題を師長自身も認識して,他のスタッフを脅かすことなくきちんと対処をするという毅然とした態度をみせること,それが混沌とした現状を整理する一石にもなるはずです。もちろんDさんとの面接はプライバシーに配慮した場所で行いますが,不思議とスタッフには伝わります。自分たちの悩みの種であるDさんを新任の師長が呼んで面接しているのですから。

スケープゴートを生まないために

 一方まったく逆の場合も考えられます。急性期化が進む昨今の病院では,真面目だけれど要領が少し悪い不器用なナースは,スケープゴートになりがちです。医療の高度化,電子カルテ等のIT化の進んだ医療現場においては,アナログ人間のベテランナースが若いスタッフからスケープゴートにされてしまうことさえあるようです。ストレスフルな環境になればなるほど弱いところに向かっていく,現代社会のいじめの構造にも通じるところがあるかもしれません。

 前述のDさんの事例も,逆説的な意味においてスケープゴートなのかもしれません。そんな病的なグループ・ダイナミックスに一石を投じることもマネジャーに求められる役割です。スケーブゴートを生まない環境創りこそが,ストレスマネジメントの原点かもしれません。

つづく

参考文献
1)吉田道雄:人間理解のグループ・ダイナミックス,ナカニシヤ出版,2001.
2)武井麻子:「グループ」という方法,医学書院,2002.
3)武藤清栄他:師長・主任のこんな時どうする!?,医学書院,2005.
4)勝原裕美子:ビー・アサーティブ!現場に活かすトレーニングの実際,医学書院,2003.


久保田聰美
保健師として働く人の健康づくりに関わったのち,近森病院で看護管理者として勤務。同時に産業カウンセラーとしてメンタルヘルス対策事業に取り組む。現在は病院を休職し,研究に専念。