医学界新聞

  ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第7回 ラインによるケア(2)マネジャー自身のストレスマネジメント ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 医療現場におけるナースは,仕事の量的にも質的にも多くのストレスを抱えています。ただでさえストレスフルなナースの仕事をプレイイングマネジャーとしてこなしながら,師長にはマネジャーという立場からくる特有のストレスが加わります。マネジャー自身がストレスに押しつぶされ,疲弊していては,スタッフへのケアどころではありません。しかし,スタッフへのケアができていなければ,対応すべき新たな課題が生まれ,ストレス要因も増え,さらに疲弊していってしまいます。

 今回はそんな悪循環を断ち切るための視点を探る意味から,マネジャー特有のストレス要因を業務の量的側面(タイムマネジメント)と質的側面(師長のかかえる葛藤とジレンマ)から整理してみましょう。

スタッフ業務とマネジャー業務のバランス

 忙しい師長がラインによるケアを実施できるかどうかは,タイムマネジメント能力にかかってきます。「日々の業務の中でいかに時間をつくりだすか」という現実的な視点で師長の業務をみてみましょう。

 師長のマネジャー業務の象徴とも言える毎月の勤務表に,ヒントがあります。急な欠勤者,休み時間,急変時等の多忙時といった一時的なスタッフ業務はともかくとして,勤務表作成の段階から,師長自身をスタッフ要員として組みこむ事例を時々みかけます。もちろん,抜き差しならない事情からくる場合がほとんどでしょう。4月の時点では充足されていたはずの人員も,産休や病欠等さまざまな事情で欠員が出てしまい,人員の補充もままならないといった話もよく耳にします。ただ,当該部署においてスタッフから実践経験を積み上げてきた師長の場合ほどその傾向が強いのが気になります。

 スタッフの勤務希望の調整や他部署からの助勤を依頼するくらいなら,自分がスタッフ業務に入る選択をしたほうがある意味楽なのかもしれません。しかし,一口にマネジャー業務とはいっても年々多様化,複雑化しており,スタッフ業務の片手間でできるような内容ではありません。日々の入退院,転科・転棟で出入りの激しい患者の把握や対応はもちろんのこと,それに付随する膨大な書類の確認,毎日のように上司から降りてくる情報の整理とスタッフへの周知徹底,ヒヤリハット・インシデントへの対応,患者や家族のクレーム対応,各種会議への出席,スタッフに委譲している委員会活動の把握と支援,そしてスタッフ一人ひとりへのケア……と,まだまだやるべき業務を挙げていけばきりがないでしょう。

 その結果,「自分さえ犠牲になればスタッフの負担も軽くなる」という思いからの選択が,自分自身を追い込み,ひいてはマネジャー業務をこなしきれていない師長に対するスタッフの不満も徐々に溜まっていくことにもなりかねません。「とってもいい師長さんなんだけど,いつもいっぱいいっぱいで,相談しにくくて……」という声が聞こえてきそうです。

 一方,マネジャー業務に徹することを勘違いしているのか,会議ばかりでろくに病棟にいない,たまに病棟にいるときも奥の机でひとり書類に向かいナースコールひとつ取らない(ここまで極端な師長さんはいないとは思いますが)となると,別の意味でスタッフの不満も爆発してしまいます。こちらは,「仕事はできるのかもしれないけど,業務のことはどこまでわかってくれているのだろうか」という声が聞こえてきそうです。

 現実的には,この両者のバランスをとりながらも,それぞれの業務の関係性を大切にする視点を持つことが重要になってきます。例えば,点滴の準備をしながら院内の医療安全に関する手順が守られているか確認したり,ケアに参加することで,ケアをともにするスタッフの技術の高さや看護観を再確認できるといったふうに。こうしたスタッフ業務を行うことで逆に,マネジャー業務の記録監査では「せっかく実践しているケアが記録に反映されていない」という気づきにつながり,看護実践を記録に残す重要性を肯定的に伝えることが可能になってきます。

 こうして両者のバランスをうまくとりながら,それぞれの業務が有機的につながり,効率的に進んでいけば,師長自身のタイムマネジメント能力も高まり,気持ちのゆとりも生まれてくるのではないでしょうか。

看護師長のかかえる葛藤と倫理的ジレンマ

 看護師長は,組織内において上司との関係,部下との関係,同僚や他部門(最近はチーム医療推進により部門の数も増加の一途でしょう)。そして患者やその家族等の複数の対立するグループの要求に板ばさみになることが多いと言えます(図)。

 それに加え,医療の現場で働く看護職として直面する倫理的問題がその状況を複雑化しているのです。おまけに,医療制度の変化に医療提供システム自体の整備が追いつかない現状では,「医療における情報提供」,「医療への参加」「生死の決定」「快適な療養環境」「不当な心身への侵害」2)といった看護職として臨床場面で直面する倫理上の問題について,冷静に向き合い,よりよい選択を(患者や家族も含めた)チーム全体で共有し,じっくりと話し合うことは難しくなってきています。

 ほつれた糸をていねいにほどく時間もないまま,様々な葛藤やジレンマを抱えたままで,対立するグループや患者の家族の怒りの矛先となってしまい新たな葛藤を抱えることも少なくありません。そのうえ,病院の経営者は生き残りをかけて変化する制度に柔軟かつ戦略的に対応し続け,そのたび現場の師長にはスタッフそして患者への説明が要求されるのです。そんな時,「病院の方針だから」「院長が決めたことだから」と伝えていませんか? それはある意味とても正直で楽な方法でしょう(筆者自身も時々していた覚えがあります)。しかし,そのような環境でスタッフは意欲的に働くことができるでしょうか?

 それは,患者への説明でも同様です。今春の診療報酬改定の影響で転院先のなくなった患者,リハビリを打ち切られた患者や家族に対して,「国の方針だから仕方ない」とか「病状が悪化したらまた診ましょう」と突き放す主治医,一方患者に言われるままに入院中に諸検査を済ませようとする優しすぎる主治医。そんな医師の対応を横目でみながら,当該部署を管理するマネジャーとして,患者の擁護者である看護者として,どのような倫理的ジレンマを感じ,どのような対処をしていくのか……,自分自身の立ち位置が問われているとも言えるでしょう。

 師長には,病院の方針を理解し,部下である看護スタッフの労働者としての権利も守りながら,患者へのケアの質を保証していくこと,そしてその具現化のためにも他部門との垣根を越えて協働していく環境創り(調整能力)が求められています。

 師長自身が看護職のマネジャーという立場に縛られることなく,病院全体のシステムの機能を理解し,本質的には,どこで,誰がするべきなのか,それができないのはマンパワーの問題なのか(代替案として機能分化は可能なのか),前例主義からくるものなのかといった視点で冷静に現状を分析,整理することから始まります。

 その分析結果をもとに行動化していく過程こそが,マネジャー自身の効果的な対処行動と言えるのではないでしょうか。

つづく

引用,参考文献
1)中西睦子編:看護サービス管理第2版,「看護倫理と看護サービス管理」,185-197,医学書院,2002.
2)横尾京子他:日本の看護婦が直面する倫理的課題とその反応,日看科会誌,13(1),32-37, 1993.
3)勝原裕美子:看護部長の「倫理的ジレンマ」をもたらす道徳的要求,日看科会誌,23(3),1-10, 2003.
4)松浦正子,林千冬:看護師長のコンフリクト対処行動,日看管会誌,8(2),21-29, 2005.


久保田聰美
保健師として働く人の健康づくりに関わったのち,近森病院で看護管理者として勤務。同時に産業カウンセラーとしてメンタルヘルス対策事業に取り組む。現在は病院を休職し,研究に専念。