| 教養としての Arztliche Umgangssprache als die Allgemeinbildung 医 者 語 |
| 〔 第10回 〕 | 症状・身体所見 |
(前回よりつづく)
今回は症状や身体所見に関する医者語の特集だ。とは言っても網羅的に書く知識などあろうはずもないので,内科の初診外来で出てきそうな語のうち,独断と偏見でドイツ語らしい響きのものを思いつくままに並べてみよう。
| 【例文】
(1)1か月前からallgemeine Mattigkeit,Abmagerung,Herzklopfenを自覚し来院。診るとSchilddrüseも腫れており,バセドウ病が疑われる。
標準的な日本語に訳すと:
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続く「やせ,るいそう」(英:emaciation)を意味するドイツ語系医者語として,辞書にはAbmagerung(アプマーゲルンク)とMagerkeit(マーゲルカイト)が出ているが,カルテ診でよくみかけるのは前者のほうだったように思う。どちらも形容詞mager(マーゲル:やせた)から派生している。
さて,前頚部にある内分泌臓器Schilddrüse(シルトドゥリューゼ)。Schildはもともとshield(英:武具の盾)だがドイツ語では動物の甲殻,甲羅の意味も派生しており,それに形状が似ているDrüse(ドゥリーゼ:腺),というのだから,「甲状腺」は逐語訳といえよう。ここで医者語から話題がそれてしまうが,例文の症例でバセドウ病を疑うのはよいとして,採血で甲状腺ホルモンが高いことがわかった途端に「診断確定」と抗甲状腺剤を投与したりしてはいけませんよ(註)。
ドイツ語混じり文の中にあっても例文に出したNausea(ナウゼア:嘔気)やDiarrhöe(ディアレー:下痢),あるいはDysphagie(ディスファギー:嚥下困難)などはラテン語そのままないし綴りがちょっと変化しただけなので辞書を引くまでもない。これがドイツ語固有の語彙となると新たに覚えないといけないという負担はある。それでも「エルブレッヒェン」が嘔吐(vomit)で,「フェアシュトップフンク」が便秘(constipation)か,ふーん,それぞれbrechen(破る),stop(止まれ! という間投詞,英語からの外来語)と関係あるのかな,などと想像を巡らせるのは面白かった。ちなみに前者は当たっていたが,後者は外れ。辞書によればドイツ語にもともとstopfen(シュトップフェン:詰める,いっぱい入れる)という動詞があり,Verstopfungはその派生語だった。最後のneigenとは「~に傾く」という動詞。
ちなみに,下部消化管透視すなわち注腸造影を示す古い医者語はEinlauf(アインラウフ)。一般ドイツ語としては広く「到着,流入」などを表すが,ここではバリウム液による「浣腸」の意味で使われている。
例文3の症例ではSchwindel(シュヴィンデル:眩暈),Ohrensausen(オーレンザウセン:耳で雑音がすること,つまり耳鳴),Heiserkeit(ハイゼルカイト:声のかすれたという意味の形容詞heiserからの派生名詞),Dyspnoe(ディスプノエー:呼吸困難,ラテン語由来)と内耳症状+上気道症状があるらしい。ひとつの病気でこの両方が来る状態は簡単に思いつけないが,もちろんはじめから「気のせい」などと決め付けず系統だって身体所見を調べねばなるまい。usw.(u.s.w.とも書く)はれっきとしたドイツ語で,und so weiter(ウントゾーヴァイター:うんぬん,等々,以下同様)の略。英語ならand so on,ラテン語のet cetera(etc.)に当たる。
(つづく)
註:甲状腺ホルモン中毒症(thyrotoxicosis)とびまん性甲状腺腫大(diffuse goiter)を来たす疾患としてはバセドウ病がもちろん最も頻度が高いが,無痛性甲状腺炎でも同様の症状所見が起こりうるので注意が必要だ。自分が専門とする核医学検査の宣伝のようで恐縮だが,両者の鑑別手段のひとつとして放射性ヨードや過テクネチウム酸の甲状腺摂取率が役立つ。
| 次回予告 今度は癌以外の病名と投薬にまつわる用語について語ってみたい。「この粒状影を見たらまずミリテーを考えるだろうけど,他に甲状腺のメタや肺野型のサルも鑑別に挙げないとだめだよ」 |
D・ゲンゴスキー
本名 御前 隆(みさき たかし)。
1979年京都大学医学部卒業。同大学放射線核医学科勤務などを経て現職は天理よろづ相談所病院RIセンター部長。京都大学医学部臨床教授。専門は核医学。以前から言語現象全般に興味を持っていたが,最近は医療業界の社会的方言が特に気になっている。